第5話 少女の喜び(後)
「貧しい家では、子供は労働力です。私の親のように、いざというときは売ればいいですし。でも、ここではその必要もないんですよね? だったらなおさら、私が王子さまの子供を欲しがる理由がありません」
「王家直系の子供だぞ? あってはならない話だが、仮に……口に出すのも憚られるが、王家に厄災があり、他に王位継承者がいなくなってしまった場合は、お前の子が王位を継ぐ可能性もあったのだぞ。その望みもなく、王族と身体を交えることだけを喜びと捉えるのか?」
「いえ、ご飯が食べられることの方が嬉しいです」
つい、即答していた。
マルディアスがため息をつき、額を押さえながら頭を振っている。
男と身体を交えることを喜びだと思ったことはない。
その相手が王族になったからとて、むしろ粗相で処刑されたりしないかという不安の方が上回る。だからこそ、食の不安がないことの方が遥かに喜ばしいのだ。
そんなことをのたまうことが無礼などとは、リズリアは思いもしていない。ぐっと唇を噛み締めるルーファウス王子を見て、くいくいとマルディアスの服を引く。
「オジサン、やっぱりやめようよ。王子さま、すごい嫌がってるじゃん」
「お、おま……っ、何を言っているんだ! お前の中の霊獣は取り出せないんだぞ!」
「私のことはオジサンが身請けしたんでしょう? オジサンが魔力くれれば良くない?」
滅茶苦茶なことを言い出したリズリアに、マルディアスは国王と王子の前だということも忘れて声を荒げ始めた。
「馬鹿か! 俺の魔力じゃ無理だってことぐらい、もう分かるだろう! 足りないどころか俺が枯らされるわ! 大体、お前のことだけじゃないんだ! ルーファウス殿下の魔力のことだってあるんだぞ!」
「それはなんかこう……私がどうにか頑張れば、触らなくても魔力を吸えるようになるかもじゃん。オジサンが色々教えてくれればさぁ」
「魔術師でもないお前が魔力操作なんざできるわけないだろう!」
「やってみなきゃ分かんないじゃん。霊獣が私の中に入ったのだって予想外だったんでしょう? 嫌がる人に無理やりさせるのは良くないよ」
マルディアスが大人げもなくリズリアの頬を怒り任せに引き伸ばし、対するリズリアは仕返しだとばかりに白い顎髭を毟ろうとした。
そのとき──、
「はっはっはっはっは!」
太く高らかな笑い声が玉座の間に響き渡った。
リズリアはきょとんと目を丸くし、マルディアスはハッとして身を正す。
笑い声を上げたのは国王陛下だった。隣ではルーファウス王子がぎょっとした目で父王に視線を向けている。
「くっくっく。意に沿わぬ者を組み敷くは人道に悖るか。幼き下賤の娼婦にそう諭されるとはなぁ、ルーファウスよ」
「……娼婦に同情されるなど、王族として恥に御座います」
王子が悔しげに唇を引き結ぶ。
「そうではないさ。この娘は、ここにいる誰よりも意に添わぬ行為を強いられてきたであろう人間だ。それにも関わらず、意趣返しをするでもなく、同じ痛みを与えるでもなく、お前のために励もうと申すのだぞ。……のう? マルディアスよ」
「……返す言葉も御座いません」
気まずそうに答えながら、マルディアスはリズリアに視線を向けた。そしてコソコソと小声で問いかける。
「お前、俺とヤるの嫌だったか?」
「別に嫌も何も、仕事だし。娼婦はシないとご飯食べられないし。っていうか、オジサンは一回分の料金よりも高いクッキーくれたじゃん」
マルディアスの小声を台無しにするような声で答えると、王は金糸の柔らかそうな顎髭を撫でながら、なぜだか楽しそうに言葉を向けてきた。
「娘よ。お前の身体は菓子より安価であると申すか?」
「え? はい。娼婦なんてそんなものだと……あっ、高級娼館は違うって聞いたことあります。柔らかくて白いパンとか、お肉も食べられるって」
「左様か。お前はそれを羨むか?」
ふるふると首を振るリズリア。
「高級娼館の娼婦は学が無ければいけないらしいけど、私は文字も読めませんから。得られないものを羨んでも意味がないです」
王はさらに笑みを深めると、「相分かった」と頷いた。まるで好々爺のようにも見えたが、すぐにその笑みを消し、マルディアスに向けて威圧に満ちた太い声を放つ。
「この娘は、王命により第三王子ルーファウスの傍女として王宮に召し上げる。──異存はあるまいな、我が手足たる宮廷魔術師マルディアスよ」
「……あろうはずも」
有無を言わせぬ声色に片膝をついたマルディアスが頭を垂れる。
そもそもリズリアを王子に献上することはマルディアスが言い出したことだ。捕獲してきた霊獣の侵入事故がなければ、彼がリズリアを身請けすることもなかった。
それでも王が命ずるのは、下の者から献上されるより王命の形を取る方が、体裁が整うからだろうか。
リズリアがちらりとルーファウス王子に視線を向けると、彼は異論があるのは自分だと言わんばかりの顔で口をぱくぱくと開閉させていた。
だが、親子といえど、やはり国王には逆らえないものらしい。何か言おうと震える唇は何の言葉も紡げず、ただ虚しく空を食むだけだった。
「傍女をその手に収めるか否かはお前に任すとしよう。意に沿わぬ交わりは欲無き娘に情けを抱かれてしまうゆえにな」
なおも言葉の出ない息子に王は続けた。
「だが、忘れるでないぞ。小さき民草ですら己が運命を受け入れ、その命を全うせんと覚悟しているということを。──その覚悟に王族が応えられずして何とする」
再び唇を噛み締め、王子は拳を握りしめた。
項垂れた肩を上げ、無理やり姿勢を正す。
「我らが頂の勅命──委細承知致しました、国王陛下」
「そばめ」は本来、「側女」と書くそうですが、本作においては「傍女」と表記しています。
理由は、作者自身がしょっちゅう「そくじょ」と読んでしまうから。あと、字面がいいから。
ご理解、ご了承よろしくお願いいたします。
次回の更新は金曜日です。




