第4話 少女の喜び(前)
◇◇◇
こうして娼婦の肩書きに"元"がついたリズリアは、国王陛下と、件の第三王子の前に連れてこられたわけだが──。
一連の説明を受けた国王陛下は困惑している様子で、当の第三王子は不服そうにしている。
「……お前のミスで俺に娼婦を抱けと言うのか? それも、お前が手をつけた小娘を?」
(小娘……)
聞けば、第三王子はルーファウスという名前で、リズリアの一つ歳上らしい。
こちらが小娘なら自分は小僧ではないのか、ということはさすがに口にはしない。事前にマルディアスから「お前は膝をついて黙っていろ」と言われていたので、リズリアはただ口を噤んでいた。
「ミスと言えばミスなので、そこは弁明致しませんが……。ただ、魔術においても魔導においても、肉体を繋ぐことが最も効率良く魔力を循環させることはルーファウス殿下もご存知でございましょう?」
「──っ! そ、れは……そうだが……」
「それに、妃を娶る前の指南役も必要なはず。この娘ならば兼任することが可能です。行為には慣れておりますし、霊獣の存在がありますゆえに、無駄に孕むこともございません」
マルディアスの淡々とした言葉に、リズリアは小さく首を傾げる。「孕む」という言葉が、子を宿すことだと察したからだ。
この男は霊獣の存在があるから、リズリアが子を宿すことはないと言ったのだ。それは、まだ彼女が聞かされていなかったことだった。
「ねぇ、オジサン。私、妊娠しないの?」
男の名を知りながらも、リズリアは彼を「オジサン」と呼んだ。呼びにくい名前なのでそう呼んだのだが、咎められたら「マルオジサン」と呼んでやろうと思っている。
しかしマルディアスの方はそこには触れず、小声でつんつんと腰をつついてきたことの方を咎めた。
「言ってなかったか? あとでもう一度説明してやるから、今は静かにしていろ。王の御前だぞ」
「……そっか。ほんとなんだ」
そのとき、リズリアが見せた表情にルーファウス第三王子と国王の両方が目を見開き、肩を強張らせた。
自分が子を宿せない身体になってしまったのだと知って、少女が浮かべたその表情は──紛れもない安堵だったからだ。
王族の知る"普通の女"にとって、子を産み、育てることは純然たる喜びであり、責務でもある。ましてや、下賤の身でありながら王族と身体を交えようという女ならば、己の子を使って下克上を目論むことなど自明の理である。
それが、どう考えても碌な暮らしをしていない娘は、子ができないということに安堵しているのだ。
何が狙いなのだと訝しむ視線には気づかず、リズリアは頬が緩むのを抑えきれずにいた。
(娼館の姐さんたちはいつも堕胎剤飲んでたし、できちゃったときもすごく困ってたし、私はそんな思いしなくていいってことだよね。処分にも困っちゃうし、良かったぁ)
マルディアスには「娼婦は卒業だ」と言われたが、この様子では王子には拒まれる可能性の方が高い。また娼館に逆戻りか、あるいはマルディアスに囲われるか、いずれにせよ子を宿す可能性がなくなったことは、リズリアにとっては僥倖でしかなかった。
国王と第三王子は互いに顔を見合わせ、そして王子の方がためらいながらも口を開く。
「……お前、子が欲しくはないのか?」
向けられた問いが自分に対してのものとは思わず、リズリアの反応が遅れる。
それに対しマルディアスが「おい」と小声で促し、リズリアは「へ?」と間の抜けた声でマルディアスと王子の間へ視線を往復させた。
まさか、視線さえ合わせようとしなかった王子が自分に声をかけようなどとは思ってもみなかったのだ。
「答えろ、小娘。お前は子が欲しくはないのか? なぜ安堵した? 仮に、万が一……他に手段がないがゆえに、俺がお前を抱いたとして、それで子ができたとしたら──それは、王家直系の血を引く子供ということになるのだぞ。よもや、王家の血を拒みたいわけではあるまいな」
ただの例え話に随分まわりくどい言い方をする。娼婦を抱くのが余程嫌なのだろうと思いながら、リズリアはマルディアスの方に言葉を向けた。
「私、しゃべっていいの?」
「……王子がそれを望んでる。答えろ」
下手なことは言うなよ、と視線で釘を刺されるも、リズリアには何を言っても良くて何が駄目なのかが分からない。
なので、正直に答えることにした。
「食うに困って売られた娘ですよ。子を孕んだりしたら、今度は私の食い扶持が減るじゃないですか」
「……ここでは食い物には困らんぞ。それでも、子を宿せんことを悔しくは思わんのか」
言葉を返され、「そういえばそうだったな」と思いながらも、リズリアはさらに言葉を返す。




