第3話 身請けの理由
◇◇◇
「俺の名はマルディアス。宮廷魔術師だ」
「きゅー……?」
「王族に仕える魔術師だよ。あぁ、お前は魔術師も知らんのだったな。めんどくせぇ。色々不思議なことができる人間だとでも思っておけ」
「魔法使いってこと?」
「そっちは知ってるのかよ。似て非なるものだが……まぁ、それに近いものと思っていい」
馬車に揺られている間、マルディアスと名乗った男はようやく説明を始めてくれた。
しかし、少女──リズリアの学がなさすぎて、どう言えば良いものかと非常に苦労している様子だった。
貧民が文字を読めないことは当然のことで、ましてや十歳で親に売られたリズリアに世の中の常識があるわけもない。
リズリアが知っているのは、親に売られた子供は身体を売ることでしか生きられないということと、そのためにどうすれば男を悦ばせられるのかということだけだ。
マルディアスは意外にも、物知らずなリズリアを侮辱するでもなく、ただ言葉を選びながら説明を続けた。
「この国の第三王子が魔力を無限生成しちまう厄介な体質をしていて、それが成長とともに顕著になってきた。あー……魔力ってのは、魔術を使うための燃料のことな。クッキー食うか?」
「食べる!」
「そういうところはガキなんだな」
頭を撫でようとする手を振り払い、差し出された甘い香りのする紙袋を奪い取るリズリア。しかし別にクッキーが好きなわけではなく、貧しい生まれ育ちのせいで、「食えるものは食えるうちに食っておく」という習性が身についているだけだった。
食えるものならば何に対しても同じ反応を示しただろう。むしろクッキーなど、食べたこともなければ見たこともなかった。
「王子の大量の魔力は、今までは魔術の修行や魔鉱石への貯蔵でなんとかなっていたが、それでは追いつかなくなってきてる」
「だめなの? 燃料って、ランプの油みたいなやつってことでしょう? いいじゃん、使い放題で。これ、美味しいね」
ボリボリとカスを零しながらクッキーを齧るリズリアを眺め、マルディアスは言葉を続けた。
「魔力を保有できる量ってのは人によって違う。お前が持ってるその紙袋、そこにこの馬車一杯のクッキーを詰め込もうとしたらどうなる?」
「……破れる?」
「そうだ。魔力も同じだ。多すぎる魔力は肉体を破壊しちまう。王子が保有できる魔力量は並の魔術師に比べりゃ桁違いだが、それでも限界がある。だから俺に白羽の矢が立った」
「しらはのや……?」
「選ばれたってことだよ。お前の中に入ったのはノクスレアという霊獣でな。魔力を餌にして生きる珍しい獣なんだ。俺は王子のために、あの霊獣を捕獲してくる任務を命じられた」
余剰魔力をその霊獣に喰わせれば、王子にとっても霊獣にとっても持ちつ持たれつの関係になる。マルディアスは一年ほど国外を旅して、ようやくそれを捕まえたらしい。
如何せん相手は魔力を喰う獣。得意の魔術も通用せず、物理で追い詰め、封印具を使用してようやく拘束することができたと語る。
リズリアのいた娼館に来たのはその帰りで、疲れていたから欲を発散させたかったとマルディアスは言った。
「それが、まさか封印具を破ってお前の中に入っちまうとは……。飢えたもん同士、波長が合っちまったのかもな」
「……私、獣じゃないもん」
飢えていることは否定しない。現に、貪り続けたクッキーは最後の一枚になってしまったが、リズリアには全然足りなかった。
娼館の食事は質素で、おやつなどもらえたこともない。普段の食事量から考えれば十分に食べているはずなのだが、満たされたという感覚はまるでなかった。
それを察したのか、マルディアスは空になった紙袋をリズリアの手から抜き取り、意味ありげに目を細める。
「腹いっぱいにならねぇんだろ?」
「……うん」
「気をつけろよ。お前の胃には、ちゃあんと今食ったクッキーが詰まってる。……満たされてねぇのは、こっちだ」
ぐい、と頭を引き寄せられ、唇が塞がれる。
「ん、っ……!?」
突然のことに驚き、思わず彼の胸を叩く。押し退けようとしても、がっちりと頭を掴まれ、貧相で非力な腕では抵抗することもままならない。
「ん、ぅ……っ、んん……」
唇を割り、ぬるりとした温度が侵入してくる。今さら嫌悪感などはないが、仕事でもないのに触れられるのはなんだか腹立たしかった。
かと思うと、熱い何かの奔流が喉を駆け抜けた。
(な、なに……!?)
マルディアスとのキスはこれが初めてなどではない。小一時間ほど前にも当然されていた。だが、そのときはこんな感覚などなかった。身体中の血管がざわめき、熱が洪水のように押し寄せる。
それに音を上げたのは、マルディアスの方だった。
「っは、はぁ……っ。くそっ……キスだけでこれか」
自分からしたくせに突き放すように唇を離すと、マルディアスは荒く息を吐き出した。
「……分かったか? 今のが魔力の流れだ。お前の中の霊獣が俺の魔力を吸い上げたんだよ。魔力を喰うってのは、そういうことだ」
「……へ、へー? ……大丈夫?」
苦しそうに脂汗を滲ませるマルディアスに、さすがにリズリアも少し心配になった。彼のことは全く好いたりはしていないが、美味いクッキーを惜しみなくくれた相手を案じないほど無情ではない。
手に持っていたままだった最後のクッキーを差し出し、元気づけてやろうと試みる。しかしそれを見下ろしながら、マルディアスはさらにため息をついた。
「それはお前が食え。……けど、さっきより腹は満たされたろ?」
「……そういえば、そうかも。あ」
腹の中に感じた気配に、リズリアは小さく声を漏らした。
「何だ?」
「今、中のやつ……ノク何とかが、けぷってした」
「ノクスレア、な。そんなことまで分かるのか。お前、思いのほか奴と相性がいいようだな」
「ふぅん……」
わけの分からない生き物と相性がいいと言われても嬉しくはない。だが、中にいる獣がほんの少し機嫌を良くしていることが分かるのは事実だった。
満腹ではなさそうだが、先ほどまでの飢餓感は少しばかりマシになっている。この生き物にとっては、マルディアスの魔力がおやつのようなものだったのだろうか。
「いいか? お前の胃がパンパンになっても、ノクスレアが満たされなければ満腹感は得られない。自分の食事量を間違えるなよ。食い過ぎて吐くことになるぞ」
「うげぇ……。それじゃあ私、一生お腹いっぱいになれないんじゃん。……今までもなかったけど」
「だから王子の相手をするんだよ。さっきも言ったように、王子の魔力量は桁違いだ。お前と歳の変わらんガキのくせにな」
王子様をガキ呼ばわりしていいのだろうかと思ったが、面倒なので聞き流すことにした。
マルディアスは続ける。
「それなりに飯を食って、王子に閨の指南をする。それでお前は満たされるし、王子も肉体を壊すことなく生きられる。分かったか?」
「えー……」
突如として身請けされたかと思えば、今度は王宮に売り飛ばされるらしい。
閨という言葉も初めて聞いたが、話の流れとしてはそういうことなのだろう。
不安しかなかったが、買われた身のリズリアには拒む選択肢などあろうはずもなかった。




