第2話 口減らしの少女(後)
「……苦労して捕まえたってのに、まさかガキんちょの中に入っちまうとはなぁ」
何がガキんちょだ。
そのガキんちょを買ったのは自分ではないか、という言葉が喉まで出かかった。それを呑み込み、少女は代わりの問いを口にする。
「今の……なに? 蛇……?」
男が「捕まえた」というからには、やはり生き物なのだろう。
親に売られた身の上で生きていくからにはと、この仕事のことは受け入れてきたが、まさか蛇のような生き物にまで侵入されるとは思ってもみなかった。
ましてや、そのまま体内に滞在されるなど、想定できるはずもない。
しかし声を震わせる少女の問いには答えず、男は己の問いを向けてきた。
「おい。体に異常はないか? 痛いとか、苦しいとか……」
「べ、別にないけど……」
「……ふぅん。拒否反応なしか……」
意味ありげに呟き、男は少女の腹を撫でた。
しかしその行為は優しさなどではなく、内部の様子を探っているようだった。それこそ、患者の容体を診る医者のように。
(お医者さんなんて会ったこともないけど)
実家にいた頃もそうだったが、医者にかかる金などあるはずもない。幸いにも、身体が丈夫だった少女は医者を必要とすることもなかったが。
やがて男はおもむろに手を離し、何やら納得したように頷いた。
「……うん。やはりお前は魔力を一切持っていないようだな。それでもアレを──いや、だからこそか。だからこそアレを受け入れられたのだろうな。特異体質であることに変わりはないが」
「何なの? ちゃんと説明してよ。人の身体に変な蛇みたいなモン入れといて……男衆に訴えてやるから!」
娼館には客とのトラブルがつきものだ。売り物である娼婦に乱暴しようとしたり、回数をごまかして代金を支払おうとしない客もいる。
そんなときのために、全ての娼館には用心棒となる男衆がいた。皆体躯が良く、目の前に立たれるだけで威圧感を放つような強面の男ばかりだ。
この男も随分と体格がいいが、男衆たちよりも遥かに年寄りだ。数人の男衆に囲まれれば、きっと怯えるに違いない。
だが、鼻息荒く唸る少女に対し、男はそれを意に介することもなく言い捨てた。
「訴えるのは別に構わんが、意味ないぞ。俺は魔術師だ。場末の娼館の男衆程度、どうとでもできる」
「……まじゅつし?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、男は立ち上がり、床に脱ぎ捨てていた下衣を拾い上げた。
「知らんのか? この国じゃあ珍しくもない上に、王族にだって魔術師がいるぐらいだぞ。あと、お前の中に入ったのは霊獣だ。蛇じゃねぇ」
「れーじゅー? ……なにそれ? 学があったら、こんなとこで働いたりしてない」
「それもそうか。じゃあ、男衆に訴えたところで意味がないってことだけ理解しておけ。それと、お前の中に入ったやつは俺にとっては商品だったんだ。それも、とびきり貴重で、とびきり金になる商品だ。こんなことになってんのは、俺にとっても不本意なんだよ」
下衣を履きながらため息をつく男に、少女は「私のせいじゃない」と唇を尖らせた。その呟きを聞いているのかいないのか、男は再びぶつぶつと独り言を漏らし始める。
「どうするかなー……。しっかり入っちまってるから俺では取り出せんし、下準備もなしに腹開くわけにもいかんしなぁ」
(お腹開くって何……? なんか怖い……)
「そもそも、取り出したところでどうする? 一度破られた俺の封印具ではもう通用せんし、他のやつではもっと無理だ……。俺が知ってる中で封印に長けた魔術師はとうに死んじまってるし……」
男が服を着始めたからには、もう仕事は終わりなのだろうと思い、少女も服を着始めた。
問い詰めたい気持ちは多々あるが、この男はまともに答えてくれなさそうだ。学がない少女には理解できまいと踏んでいるのか、あるいは自分勝手なだけなのかは分からないが、おそらく両方だろう。
聞こえてくる独り言から、彼には少女の身体に入り込んだ霊獣というらしいあの生き物は取り出せないことが分かる。
(私の身体……どうなっちゃうんだろう)
漠然と、"死"という概念が頭をよぎる。
腹の中に妙な生き物を入れたまま生きていけるとは到底思えない。学がなくとも、それぐらいのことは分かる。何のために今までこんな仕事を続けてきたのだろうか。生きていくためではなかったのか。
短い人生に少女が絶望しかけていると、男の「よし」という声が耳に届いた。
「取り出せんなら器ごと連れていくしかあるまい。幸い、歳の頃は同じくらいだろうし、指南役としてもちょうどいいだろう。一石二鳥というものよ」
「……オジサン、独り言多いって言われない?」
ついに突っ込んでしまったが、「おじいちゃん」と言わなかっただけ少女なりに気を遣ったつもりだった。男はそれを気にするでもなく──というよりも、少女の言葉は聞いていなかったようで、ニヤリと唇の端を吊り上げた。
次いで、少女が予想もしていなかった言葉を吐き出す。
「喜べ、小娘。お前は今このとき、娼婦を卒業するんだ」
言われた意味が分からず、少女は「え?」としか返せなかった。
男は笑みのまま言葉を続ける。
「まぁ、やることは変わらんが今までとは相手が異なる。それも、場末の娼婦にはお目にかかることさえできない相手だ。不特定多数を相手にすることもなくなるだろう」
「え? え?」
「待遇次第だが、今までよりはまともな飯も食えるようになるだろう。綺麗なべべも着られるようになるだろうよ」
困惑する少女に、男はさらに衝撃的な言葉を繰り出した。
「お前を、王宮に連れていってやる」
文字も読めないような場末の娼婦が人生で絶対に聞くことのないであろうその言葉。
それを吐いてからの男の行動は早かった。
自分の荷物と一緒に少女を脇に抱え、娼館の主人に金の詰まっているであろう麻袋を押しつけるように手渡した。そして主人の耳元に何かを囁くと、颯爽と馬車に乗り込む。
その間も、少女は脇に抱えられたまま目を丸くし、困惑し続けていた。
「そういや、小娘。お前の名は?」
「な?」
「名前だよ、名前」
少女を隣に座らせ、馬車が走り出すと男はようやくその問いを口にした。指名したのではなかったのかと問い返すと、男は事もなげに言い放つ。
「人気一位の女に空きがなかったんだよ。二位の女がたまたま空いていたから指名しただけだ」
少女は小柄である上に貧相な体つきだ。
幼女趣味ではなかったのか。口に出したつもりはなかったが、顔には出ていたらしい。男は不服そうに片眉を上げると、フンと鼻を鳴らした。
「別に俺は特別ガキが好きなわけじゃねぇよ。楽しめればそれでいい。まぁ、お前とのアレはなかなか良かったけどな」
太腿をいやらしく撫でてくる手を払い、鼻を鳴らし返す。
「オジサンはもうお客さんじゃないんでしょ? 触らないで」
「なんだよ、つれねぇな。一度は寝た仲だろ?」
「仕事だもん」
「一丁前に線引きしてんのかよ。……まぁ、いいさ。で? お前の名は?」
そういえばそんな話だった。
娼館に売られてからは、「嬢ちゃん」やら「ガキ」としか呼ばれず、存在意義さえ感じられなくなっていた自分の名前──。
「リズリア」
少女は数年ぶりに、それを口にした。
次回は明日、投稿します。
それ以降は第1話後書きの通りです。




