第1話 口減らしの少女(前)
◇◇◇
「聞いていた話といささか異なるようだな、マルディアスよ」
目の前には荘厳な金色の玉座。
そこで尊大に足を組み、金糸の髪と同じ色の立派な髭を撫でながら肘をついてこちらを鋭く見下ろすのは、まごうことなきこの国の頂──国王陛下。
本来ならば、場末の娼婦には一生お目にかかることのない、雲の上の存在。
その隣に立ち、不機嫌そうに見下ろしてくる少年が一人。
金糸の髪は同じだが、国王の白い肌とは違う、赤褐色の肌をしている。母親似なのだろうか。目が合うと、ぷいっと顔を逸らされた。下賤の娘とは目を合わせることもしたくないらしい。
王族なんてそんなものなのだろう。そう思いながら、少女はただぼけっと大理石の床を眺める。
「いやぁ……ちょっとしたトラブルがありましてな。しかしながら、目的の品はこの娘が持っておりますゆえ、問題はございません」
マルディアスと呼ばれた男が軽い口調で答えた。
(……なんでこんなことになっちゃったんだろう。処刑とかされないといいな……)
難しい大人の話を聞き流しながら、少女はここに至るまでの己の身の上を思い出し始めた。
◇◇◇
初めて男に抱かれたのは、いつのことだったろうか。
抱かれたというよりは、貫かれたという方が正しい。抱かれたなんて優しく温かい言葉など、あの行為には似合わないだろう。
口減らしのために十歳で親に娼館へ売られたときから、自分の行く末は分かっていた。抵抗しても無駄だということも。文字も読めない、なんの取り柄もない自分には、一人で生きていく道などない。それが分かってしまう程度には、達観した子供だった。
誇りや尊厳なんてものはない。
自分を買う男たちや、行為への恐怖もない。
ただ飢えて死ぬことだけは怖かった。
いくつかの季節を巡り、下働きを経て迎えた初めての客に対して抱いた感情は、
(薄荷でも噛んどけばいいのに……)
だった。
荒々しい吐息が臭かったのだ。不快だったので、仕事が終わった後のご飯のことだけを考えていた。
その後は先輩娼婦が色々と教えてくれた。
幸いなことに、人気第一位の先輩娼婦は面倒見のいい気質をしていた。彼女もまた、同じように親に売られたらしく、同じ境遇の少女を放っておけなかったようだ。
同じ娼館の娼婦は同僚であり商売敵でもある。そんな相手に惜しみなく技巧を仕込んでくれた姐さんは、美貌だけの女性ではなかった。
ある意味では、人に恵まれたなと少女は思う。
一晩に何人か客を取り、その都度男を悦ばせる手法を学ぶ日々が続いた。
そうして、またいくつかの季節が巡った。
物覚えが良かった少女は、その頃には店で二位の売り上げを出すようになっていた。
姐さんの教育の賜物である。
少女は客の顔と好みを全て覚えていた。客はそれに歓喜し、皆それぞれが少女を自分の手で育てたと思っているようだった。
くだらない。
一体何人のケダモノに汚されてきていると思っているのか。
なぜ娼婦を相手に自分だけだと思えるのか。
そんなくだらない日々の中、その客は訪れた。
(……おじいちゃんじゃん)
通された部屋で対面したとき、真っ先にそう思った。
おそらく五十~六十代の白い顎髭を蓄えた男性は、少女にとっては祖父と同世代の老人にしか見えない。髪も元は金糸だったのだろうが、白い面積の方がよほど多い。
今までの少女の客の中では最高齢だったように思う。
お土産だと言ってなぜか甘い果実水を飲ませてくれたせいもあってか、いっそう「おじいちゃん」だと思ってしまった。
だから驚いた。
外套と服を脱いだ姿があまりに逞しい肉体をしていたことも、その体力も。
──そして、得体の知れない何かを持ち込んでいたことも。
事が終わり、ぐったりした少女の視界の隅で、男の荷物から何かが飛び出してきたのだ。
「えっ!?」
少女が上げた驚きの声に、男がその気配に気づいた。
その何かは床を跳ね、素早い動きでこちらへ向かって跳んできた。一瞬だけ見えたその姿は、白い小型の蛇のような見た目をしていた。
ちっちゃな手足も見えた気がしたけれど。
「くそっ! 俺の封印具を破ったのか!?」
男は素早く身を起こし、向かってくる何かを捕まえようと腕を振った。しかしそれは一瞬遅く、白い何かは空中で身を翻して男の手を避けた。
そしてあろうことか、少女の腹部へと飛び込んだ。
「んぇえっ!?」
腹をすり抜けた何かが体内で蠢く気配がする。
「──あっ!」
男が「やばい」という顔で目を見開く。慌てて少女の腹に手を当てるも、白い何かはもう姿を現さなかった。
「っや、やだ……なに? 何か入ってきた……」
恐怖と不安で呆然と涙を零す少女に、男は盛大なため息をついて肩を落とした。
基本的には1日1エピソード。
文字数が長くて分割している場合は同じタイミングで投稿しますが、その話数分、日数を開けて次話を投稿していきます。




