第47話 師弟(前)
◇◇◇
「どれだけ使った?」
「三分の二ってところだ。さすがに全ては出し切ってない」
「上等。ここからが本番だからな。直情馬鹿の割に、それぐらいの計算はできるようになったか」
「ばっ……!? お前、俺が王子じゃなくなった途端に失礼過ぎないか!?」
地下から東の地上へと撃ち抜かれた大穴を通り、三人は王宮外の森へと出てきた。
夜の帳が下りたそこは暗闇に支配されているかのようだったが、満ちた月の煌々とした輝きが空に浮かんでいる。
そんな中、王族と家臣という関係の切れた元師弟が、場にそぐわない言い争いを始めていた。
(ルゥとオジサンって、本当に仲が良かったんだなぁ……。だからオジサンはルゥを助けてくれたんだ……)
ぎゃあぎゃあと言い合う二人をどこかずれた感覚で眺めながら、リズリアはほっこりした気持ちになっていた。
「俺よりも、問題はお前だろう! あの魔力砲を撃つためにリズに、そ、その……魔力を……」
言葉尻がごにょごにょと小声になっていくルーファウスに、マルディアスは底意地の悪い笑みで返す。
「おー。相変わらずいい身体していたが、肉もついて以前より抱き心地のいい女になっていたな。お前が散々仕込んでくれたおかげで感度も良くなっていたし、魔力も九割以上は持っていかれたわ」
「お、前……っ!」
「俺が抱いた時点では、小娘は俺に下賜された状態だったからなぁ。まさか責めたりする気じゃねぇだろうなぁ?」
大人げなく挑発的な言葉を吐くマルディアスに、ルーファウスは唇を噛み締めながらリズリアを抱き寄せる。
思い起こせば彼は、舞踏会の夜にリズリアがバルニアの軍隊長と言葉を交わしていただけで嫉妬心を露わにしていた。そんな彼なのだから、マルディアスにリズリアが抱かれたと知って冷静でいられるはずもない。
しかしそれでもルーファウスは、歯ぎしりしながら懸命に殴り掛かりたい思いを堪えているようだった。
「そ、それについてはもう言うまいが……今後はリズに指一本触れるなよ!」
ルーファウスは怒りを露わにしながらも、それ以上責めることもできずに師へ吠えた。
(オジサンもなんでこんなにルゥを挑発するんだろ……)
これまでリズリアは、マルディアスが自分たちに対等に接してくれていると思っていた。だがそれはただ単純に、彼の精神年齢が同レベルに過ぎなかっただけではないかとさえ思えてきた。
唸り声を漏らすルーファウスに、マルディアスは羽織っていたローブを脱ぎながら、なおも大人げなく鼻を鳴らす。
「手前の女に触れさせたくねぇなら、二度と手放そうなんて思わねぇことだな。ほらよ」
「? 何だ?」
放られたローブを片手で受け取ったルーファウスは、リズリアから手を放し、それを広げた。
「妙なものを着ているとは思っていたが……魔術礼装か?」
「やっぱりオジサンには似合わないよね、これ。真っ白だし」
「な。性根が腹黒いからだろうな、このジジイ」
のほほんとした空気で悪口を囁き合う二人に対し、マルディアスのこめかみに青筋が跳ねた。
「馬鹿にしてんのか、クソガキどもが。手荷物にすんのが面倒くせぇから着てただけだ。元々お前に渡すつもりで用意してたんだよ」
「俺に……?」
ルーファウスが怪訝な表情を浮かべると、マルディアスは頷きを返した。
「王宮内の動きが不穏だったから、万が一のときはお前を逃がすつもりでいたんだよ。王太子に先手を打たれてしまったがな。そいつは隠れ身のローブだ。道中はこれを着ていろ。お前の異常なまでの魔力を隠してくれる」
「隠れ身のローブか……」
リズリアも驚きに目を丸くした。
マルディアスが事前にルーファウスを逃がそうとしていたことも、そのためにこんなものまで用意していたことも、二人にとっては全くの予想外なことだった。
本当にこの口の悪い壮年の魔術師は、意外にも世話焼きで、情の深い男なのだとリズリアの胸がしみじみと温かくなる。
やはりルーファウスは血の繋がった自身の家族よりも、幼い頃に師事した彼に似たのかもしれない。
「忘れるなよ。お前の際限のない魔力生成の体質は、魔術師にとって垂涎ものの研究材料なんだ。その体質については、絶対に他人には漏らすな。……いいな? お前を狙うのは、国の追っ手だけじゃねぇと思え」
──そのとき、頷きかけたルーファウスの双眸が見開き、彼の右手が素早く突き出された。
「危ない──っ!」
風切り音が耳に届いたかと思った刹那、三人の眼前に飛び込んできた数発の光の矢が見えない壁によって弾かれた。
魔術に関しては基礎知識しか与えられていないリズリアでも、自分たちが何らかの攻撃を受け、ルーファウスが咄嗟に張った防護壁によってそれが防がれたのだと理解する。
「ちっ! 夜中だってのに行動が早ぇな。俺の教育の賜物かぁ?」
「軽口叩いてる場合か! 三十人はいるぞ!」
二度に渡る轟音によって駆けつけた魔術騎士団の兵。ルーファウスがいずれ率いるはずだった臣下たちであり、マルディアスが練兵師範を務める──いわば教え子たちである。
彼らは王宮の外側を回り、地下牢から脱出した罪人である第三王子とその共犯者を追ってきたのだ。
ルーファウスが地下から撃ち抜いた大穴は途中で道を崩しておいたため、そこから追われることはなかったが、穴の方向と角度から位置を割り出したのだろう。
あるいはマルディアスに攻撃を受けた、あの警備兵たちの証言を受けたのかもしれない。
「に、逃げなきゃ……」
灯る数十の松明の明かりと、その下に浮かぶ武装した魔術兵の姿にリズリアが声を震わせる。
しかし壮年の魔術師は極めて冷静な口調で返した。
「このまま逃げても背を討たれるだけだ。俺が相手をしてやるから、お前たちはその間に逃げろ」
「何を言っている! お前の魔力はもうほとんど空のはずだろう!」
光の矢が続けざまに撃ち込まれる。それを同じ数の魔力弾で撃ち落としながら言う元弟子に、マルディアスは口角を吊り上げ、魔鉱石を指先に取り出した。




