第46話 希望の光線(後)
宣言とともに、助けに来てくれたはずの相手に睨みつける。その目を見返したマルディアスはくつくつと笑った。
「遅ぇんだよ、ガキが。たかだか王家を捨てるだけの話だろうが。平穏に生きる道を捨てたその小娘の方が、よほど決断が早かったぞ」
「私はオジサンのことよりルゥが好きなの!」
「だから俺がフラれたみてぇな言い方すんなっての……」
リズリアが舌を出しながらマルディアスをキッと睨む。どうやらここに来る前に、マルディアスは既にフラれていたらしい。
元師匠の腹立たしい行動は、底意地の悪い猿芝居だったというわけだ。
(何だよ、もう……)
腰にガシッとしがみついたままのリズリアの頭を撫でると、不思議とルーファウスの中の炎も落ち着いていく。
「まったく……世話の焼ける……」
ため息をついたマルディアスは、半分以上がひしゃげた鉄格子の方へ視線を向けながら淡々と告げた。
「長くなるから詳細は端折るが、王太子の暗殺未遂は自作自演だ。犯人なんざ、いやしねぇ。敢えて言うなら、王太子自身が犯人だ」
「は!?」
衝撃の言葉にルーファウスとリズリアの驚愕の声が重なる。それにも構わず、マルディアスはさらに続けた。
「王太子の王位を揺るがぬものとするため、お前の冤罪は絶対に晴らされない。だから……安心して逃げるんだな」
「な、何を言っ……」
おいそれと信じられない言葉に抗議しようとしたルーファウスだったが、鉄格子の向こうに現れた気配を察知し、リズリアを背に庇った。
「おい、大丈夫か! 生きてるか!? 何なんだ、この惨状は!」
「気絶してるだけだ! それより、おい! 奥の第三王子の牢が……!」
先の轟音で駆けつけたであろう警備兵たちだ。聞こえてくる彼らの会話から察するに、地下牢の見張りとして立っていた兵は気を失っているらしい。道理ですぐに誰も来なかったわけだ。
見張りの兵は轟音と激しい揺れでというよりも、おそらくリズリアの放った砲撃とも言える魔力の余波にあてられたのだろう。非魔術師であるならば魔力耐性など持ち合わせていない方が当たり前で、リズリアのような高魔力耐性を持つ人間の方が珍しいのだ。
「まさか逃げたのか!?」
二つの足音が駆け寄ってくる。そして鉄格子の前までたどり着いた警備兵たちは、そこに在るはずのない存在に驚愕の声を上げた。
「マ、マルディアス様!?」
警備兵たちは眼前に立つ壮年の魔術師に気を取られ、ルーファウスの背後に隠された侍女の存在には気づいていなかった。
そしてすぐに、彼らは床に膝をつくことになる。
「ぅあっ! がぁああっ!」
「ぐぁあっ! な、何が起きて……!」
マルディアスが凄まじい速度で弾き飛ばした四発の魔鉱石が、彼らそれぞれの両の腿を鎧ごと撃ち抜いた。それがさらに壁まで到達し、そこを破壊する。
放たれた魔鉱石は小さく、彼の親指の先ほどの大きさだった。
しかしながらそれは、ルーファウスが以前から余剰魔力を流し込んでいた代物で、通常の魔鉱石よりも遥かに高密度の魔力を孕んでいた。
(……あいつ、俺の魔鉱石くすねてたのかよ)
十分に魔力を蓄積した魔鉱石はそれなりの資源となるため、金にもなる。今さらあの男に常識的な倫理観など期待してはいないが、王家の資財にまで手を付けるとは──。
とはいえ、リズリアと交われば彼の魔力は空になる。その対応策としての着服だろうと信じることにする。罪人を逃がすことに比べれば些末なことである。
「悪いがそこでおとなしくしていてくれ。であれば、命までは取らんでおいてやる」
そう言いながらもマルディアスはさらに魔鉱石を放ち、膝をつきながらも勇猛に剣を手に取らんとする彼らの肩を撃ち抜いた。
「オジサン、容赦ない……。こわぁ……」
ルーファウスの背に隠れ、リズリアがシャツをきゅっと掴む。その声は言葉とは裏腹に、どこか能天気だった。
ルーファウスもまた、この壮年の魔術師が敵でなくて良かったと心から思った。仮にルーファウスが牢に入る前にリズリアと逃げることを選び、彼が追っ手になっていたとしたら──。間違いなく逃げられない。
リズリアが上階から放った魔力砲はルーファウスにも放つことが可能だが、この男には通用しない。それを誰よりもよく知っているからこそ、彼がこちらについてくれたことを心中で深く感謝した。
「お前がもたもたしてるからだぞ、ルーファウス。これ以上兵が集まる前に、さっさとやれ。方角は東だ。そのあとはそのまま山に入る」
責められた上に雑な指示を出され、ルーファウスは昔を思い出して舌打ちしそうになった。これまで彼はルーファウスを「殿下」と呼び、王子に対するなけなしの敬意で接してきていた。
しかし彼に師事していた頃は幾度となく「馬鹿弟子」と呼ばれ、罵倒にも近い叱咤を浴びせられてきたのだ。王族に対する不敬だと泣き喚けば鼻で笑われる始末。
そんな不遜な男だったからこそ、ルーファウスはマルディアスという男を信頼したのだ。大変腹立たしい男ではあったが、彼こそが、ルーファウスを最初に「人」として扱ってくれた存在だったのだから──。
「うるせぇよ、ジジイ。言われなくても分かってる」
口角を上げたルーファウスの手に、光と風を織り交ぜたような魔力が集束していく。その表情は何かが吹っ切れたように晴れやかだった。
「ルゥ?」
「しっかり掴まってろよ、リズ」
戸惑うリズリアを柔らかく一瞥し、東の方向へと手のひらを突き出す。その中心へと全身の魔力を巡らせ、圧縮させていく。
王族として、王の血を引く王子として生きたこれまでの歳月。父や兄、母から教え込まれた王家としての心得と生き方に、幼い頃から言葉に表せないような違和感を覚えていた。それと同時に湧き上がった、己に対する異物感。
王族とは頂であり、頂とは天であり、人たる民草とは異なる存在なのだと説かれながらも、それを呑み込むことがルーファウスにはできなかった。
(俺はもう、王子じゃない。ここから出て、リズと一緒に……生きていく)
王子としての死を拒み、ただ一人の人間として、愛する唯一とともに生き抜くことを、誓う。
その想いを、意志を、全てを込めて魔力を一点に集める。
生きる。
絶対に。
罪人でも何でも構わない。
足掻いて、
生き抜いて、
生き切ってやる。
数分前にリズリアが放った魔力弾の優に五倍はあろうかという大きさの魔力の塊が、ルーファウスの手に育つ。
突き出した右腕がぶれぬように左手で強く押さえながら、ルーファウスは狙いの角度を定めた。
そして──。
地下より放たれて響き渡った二度目の轟音は王宮のみならず、王都全土の大地を震わせ、輝く光線が東の空へと突き抜けた。
今回はちょっと長かったですね。
次の更新は木曜日です。




