第44話 希望の光線(前)
◇◇◇
王宮内北側地下牢。地下故に窓もなく、三方を土壁に、残る一方を鉄格子に囲まれた空間でルーファウスは粗末な寝台に座り、膝を抱えていた。
(刑の執行までもつかな……)
両手首に嵌められた手枷によって、ルーファウスの魔力は制御されている。似たようなものを昔、マルディアスが魔導具職人に作らせたことがあったが、ルーファウスの異常な魔力生成の体質を抑えきれず、数日ともたずに吹き飛んだ上にルーファウスも死にかけた。
魔導具が耐えられないほどの魔力が蓄積されたということは、それが破壊された瞬間にルーファウス自身の肉体にそれだけの魔力が押し寄せるということなのだ。
今は当時よりも器は育っているが、魔力も育ってしまっている。手枷の丈夫さにもよるが、丈夫であればあるほど、壊れたときの反動は大きいだろう。
(できればこれで死ぬより、きちんと刑が執行される方がいいんだけどな……。リズに最後に幾分か渡したから、二〜三日はもつだろうけど……)
そこでふと、愛しい少女の泣き叫ぶ声が脳裏に浮かぶ。彼女はいつも物事を深く考えず、無理なものは無理と即座に諦め、切り替えの早い性格をしていた。
その彼女が、まさかあれほどまでに感情を露わにするとは予想外のことだった。
胸が張り裂けそうな思いとはこのことか。
すぐに駆け寄って、抱きしめてやりたかった。
もう泣くなと宥め、自分のことは忘れろと諭し、それでも最後にもう一度、「愛している」と告げたかった。
(リズはもう、マルディアスのもとへ返されただろうか……)
ルーファウスを牢に投獄した警備兵は、涙を堪えながら、少女の下賜は必ずマルディアスに伝えると約束してくれた。自分を捕らえに来た兵たちが情の深い男たちで良かったと心から思う。
王太子の命を救ったマルディアスのもとでなら、彼女はきっと生きられる。ルーファウスに巻き込まれて、罪人として裁かれることもないだろう。
(今となっては、リズのことで信頼できるのはマルディアスだけだからな……)
癪ではあるが、マルディアスも何だかんだで情の深い男で、リズリアのことも気に入っていたように思う。悪いようにはしないはずだ。
(あとは兄上に毒を盛った実行犯さえきちんと捕まれば……ん?)
ふと、天井の隅に視線を上げる。なぜ、というほどのことでもない、直感としか言いようのない感覚。魔力を練ることもできず、今のルーファウスは普段よりも気配察知の能力が下がっているはずだった。
それでも感じられた、膨大な魔力の気配──。
そして次の瞬間、轟音とともに王宮全体、それこそ地下に至るまで全てが跳ね上がったかのような凄まじい衝撃が響き渡る。
「──っ!」
粉塵が舞う。天井だったものなのか床だったものなのかも分からない、幾ばくかの土塊がルーファウスへと襲いかかる。
反射的に顔を逸らし、手枷を嵌められた両腕で防御した。
(敵襲か!? 上から!? 何が起きてる!?)
魔力封じの手枷が嵌められている状態では何もできない。それでもルーファウスは警戒心を最大限に高めて立ち上がった。
しかし耳に届いたのは、何とも気の抜ける声──。
「いったたたぁ……オジサン、大丈夫!?」
「痛いのはこちらだ、たわけ! 抱えてやってるのに暴れるからだ!」
薄らいでいく粉塵の中に、二つの人影。
直径、深さともに一メートル強だろうかという大穴の開いた床。抉り抜いたようなその穴の中心に、尻から嵌まるように仰向けに倒れた壮年の男と、その上に乗る小柄な少女。
宮廷魔術師マルディアスと、数時間前に自らが手放した傍女であり恋人──リズリアだった。
「……は? え?」
天井を突き抜ける大穴と、そこに一直線に繋がる床の大穴。その双方へ交互に視線を向ける。そしてルーファウスは困惑のままに、居るはずのない人物たちに目を白黒させた。
状況を順当に考えれば、上から突き抜けてきた穴から二人が落ち、マルディアスがリズリアを庇って下敷きになったのだと分かる。
(いや、分からん。意味が分からん。なぜ二人が落ちてくる? そもそもこの穴は何だ? 二人が開けたのか? どうやって? 東ならまだしも、ここの地下牢には結界が……)
混乱しながらもかつてない程の速さで思考を巡らせ、先ほど一瞬だけ感じた膨大な魔力の気配に思い至る。
結界術を破るのに最も適しているのは、膨大な魔力を限界まで圧縮して固めた魔力弾。ルーファウス自身がリズリアにそう説明したこともある。
現在、この王宮内でルーファウス以外に結界術を打ち破れるほどの魔力弾を放てるのは──。
(……リズが? いや、ノクスレアの力か?)
はたして宿主の中に居ながらにして魔力弾を放つことが可能なのか。なおも混乱するルーファウスに、粉塵の中から小さな影が駆け寄ってくる。
「ルゥ!」
「……っ、リズ!」
首に両腕を回して飛び込んできた彼女を抱き返してやることもできない。ルーファウスは唇を噛み締め、そして声を荒げた。
「なぜ……何をしているんだ、お前たちは! 自分たちが何をやっているのか分かっているのか!」
「分かってるからちょっと黙ってて! すぐに集中しなきゃいけないの!」
これまでは仕事中も口走りそうだからと、頑なに敬語を崩さなかったリズリアの口調と気迫。それに圧されたルーファウスは思わず「はい」と答えていた。傍女を解任した途端にこれである。
大きく息を吸い込んだリズリアがルーファウスの手枷の鎖を掴む。その背後からマルディアスが歩み寄り、彼女の背をぽんと叩いた。
ふと見れば、彼は見慣れぬ白い礼装のようなローブを身に纏っていた。それを問う間もなく、マルディアスはリズリアの耳元に囁く。
「人間の魔力も魔導具の魔力も同じだ。お前はただその気配を感じ、掴めばいい」
「……分かった」
リズリアが頷く。二人のやり取りは、かつての自分が彼に魔術の基礎を師事していたときを思わせた。
彼女は魔術師でもないというのに、師弟関係でも結んだのだろうか。何をするつもりなのかと思った途端、彼女の気配が変わり、赤茶の髪が揺らめいた。




