第43話 信頼の魔力譲渡(後)
「まず、俺と交わり、魔力を受け取る」
「でも、前はキスだけであんなんだったのに、最後までしたらオジサンの魔力が……」
「いいから聞け」
異論は許さないとばかりに制し、マルディアスは続ける。
「俺の魔力を受け取ったら、今体内に貯蔵している殿下の魔力と合わせ、この真下に向かってぶちかませ」
「え? でも私、放ったことなんて……」
「お前とノクスレアなら可能だ」
本音を言えば、マルディアスにとっても本当にそれが可能かは未知数だった。だが、強く断定することで、リズリアの中に僅かながらも自信が生まれればそれでいい。
できると信じ、強くイメージすることが魔術の基礎なのだ。
「いいか? 全部だ。全部放って、ここから地下牢までをぶち抜くんだ」
「全部……」
「あぁ。そして最後に、殿下と再会したら、真っ先に殿下の手枷を無力化しろ」
「どうやって?」
訝しむリズリアに、マルディアスはできて当然とばかりの口調で言う。
「魔力を喰うんだよ。魔力封じの手枷ってのは、所詮は縛りの結界術を応用した術式を込めた魔導具だ。だから術式ごと喰え。燃料源さえなくなれば、無効化できる」
そう説明しながらも、マルディアスは一抹の恐ろしさを感じていた。魔術師にとって、身体の交わりがあるならまだしも、無機物からも魔力を喰われ、術式さえも無効化してしまう能力というものは脅威でしかない。
リズリアが霊獣とともにその能力を自在に操れるまでに至れば、類稀な魔術師殺しへと成長してしまう。本人は今のところ、己の才に興味はないようだが。
「私……ルゥの魔力なら手から抜き取れそうだったけど、物からは……」
困惑のままに返された言葉は、マルディアスに笑みを浮かべさせた。
「試したことはあるんだな? 僥倖だ。同じ要領でいい。必ずできる」
「けど……」
なおも視線を揺らがせるリズリアの額にゴツンと己の額をぶつけ、マルディアスはそのまま彼女に額を擦り合わせた。
「できる。信じろ。俺の魔力だけでは地下牢までぶち抜けるほどの魔力弾は撃てねぇし、手枷を無効化することもできねぇ。お前がやるしかねぇんだ」
実際のところでは、ただ三階から地下に至るまでの魔力弾を放つこと自体はマルディアスには可能だった。だが、魔術師の罪人専用のものとして設置された地下牢には、その空間全体に結界が張り巡らされている。
物理、魔術を問わず、外界からの攻撃を防ぐその結界を打ち破るには、圧倒的質量の魔力と、それを圧縮して放つ技術が必要だったのだ。
それこそ、ルーファウスであれば可能だったそれを他に行なえるのは、現状では霊獣ノクスレアに他ならず、実質的にはそれを宿すリズリアだけだった。
何より、マルディアスには他者や物品から魔力を抜くことはできない。力技で地下牢に侵入したところで、ルーファウスの手枷を外せなければその後の逃走に支障が出る。
「……分かった。どっちも自信はないけど、オジサンを信じる」
ふわりと、しかし確固たる意志を宿した瞳でリズリアは微笑む。その真っ直ぐで揺るぎない輝きに、マルディアスの脳裏に不本意な信頼の言葉が蘇った。
『お前は敵には回らぬと、私は信じていたぞ』
魔術師という存在は元来、個人主義であることが多く、己の魔術の研鑽のみを求めて生きる者が大半だ。信ずるのは己が研究を引き継ぐ子々孫々のみ。
たとえ宮廷に雇われている身であっても、雇い主に忠義を誓う魔術師は稀であり、マルディアスもまた例外ではない。
だからこそ、マルディアスは長年仕えた王家をあっさり裏切る選択肢を取り、だからこそ──胸に湧き上がる喜びの感情に、自分でも驚いていた。
そしてその感情を誤魔化すように、少女の顔を引き寄せる。
「ん……っ」
押し付けられた唇に緊張を走らせるようにリズリアの小さな肩が跳ねる。しかし拒むことはない彼女の唇を、マルディアスは角度を変えては何度も食み、舌を差し込みたくなる衝動を堪えながら口づけを重ねる。
「……覚えておけ」
やがて唇を離したマルディアスは、吐息と共に囁いた。
「魔術師ってのはな、嘘つきなんだ。王宮を出たら、ルーファウス殿下以外の魔術師を信用したりはするな」
「え……」
「あぁ……魔導士は別だ。逆にあいつらは、嘘をつけねぇ。理に嫌われちまうからな。ただ巧妙に、嘘はつかずに真実を隠す。どちらにせよ、簡単に他人を信用したりはするなよ? お前らは逃亡者になるんだからな」
戸惑いの色を浮かべるリズリアを押し倒し、マルディアスは自身の革帯に手をかけた。
「始めるぞ」
◇◇◇
この小生意気な娘を抱くのは、一年と数カ月ぶりのことだ。
当時よりも肉づきが良くなり、より女らしく成長している。
元傍女の小娘は恋仲になった王子に散々仕込まれたのか、反応も思いのほか扇情的になっていた。
(……やっぱあのまま、俺のものにしとくのも一興だったかな……)
彼女に選択肢など与えず、ルーファウスを見捨てていれば、という一瞬の後悔がマルディアスの頭をよぎった。
それを振り払い、可能な限りの魔力を押し流す。
「……っう、あ……! な、に……これ……ぇっ!」
リズリアは激しい魔力の奔流に膝をついていることもできず、崩れ落ちた。ガクガクと身体を震わせながら呻いている。
マルディアスもまた、急激な魔力の喪失に倒れ伏しそうになるのを堪えていた。
「しっかり耐えろ。今流した魔力も、直に霊獣が圧縮してくれる」
「うぅ……」
気絶しそうなリズリアの頬を撫でる。
マルディアスの持つ魔力は並の魔術師の五倍ほど。つまり、常人五人分の魔力が一気にリズリアの中へと放出されたのだ。
ルーファウスはおそらく、自ら流れる魔力量を調節し、そこまで多くの魔力が彼女に押し込まれないようにしていたはずだ。
推察するに、霊獣ノクスレアが回収する速さも鑑みて二人分程度に抑えていたのではないか。
今までの倍以上の魔力の奔流に、身体を震わせながらリズリアは懸命に耐えている。それを見下ろし、呼吸を整えながらマルディアスは下衣を素早く履き直した。
「う……」
もはや言葉を発することもできないようだ。
しかし彼女の全身を注視してみると、霊獣が回収するのとは別の魔力の流れが見受けられた。リズリア自身も全身を巡る魔力を懸命に手繰り、ノクスレアへ向けて流しているらしい。
「がんばれ、もう少しだ」
震える背中を撫でてやると、リズリアはこくんと頷いた。魔術師でもない少女のひたむきな奮闘に、マルディアスは双眸を細める。
やがて魔力の奔流が落ち着くと、リズリアは未だ震えの収まらない膝で身体を起こし、床に両手をついた。大きく肩が上下し、首筋には脂汗が滲んでいる。
それでもなお、彼女は強い瞳でマルディアスに振り向き──告げた。
「大丈夫。いける」
それに対しマルディアスは口角を吊り上げ、彼女の身体を補助するように覆い被さった。
「──ぶちかませ。殿下を救うぞ」
リズリアが大きく息を吸い込み、ただ目下の床に意識を集中させる。
その約三秒後、王宮内に轟音が響き渡った。
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