第42話 信頼の魔力譲渡(前)
「俺がフラれたみたいな言い方するんじゃねぇよ、ガキが」
「そのガキを抱こうとしてるくせに……」
すっかりいつもの調子で唇を尖らせるリズリア。
その彼女の下腹部に、マルディアスはそっと手を這わせた。
「必要なさそうならそれでいいんだが……やはり足りんな。最後に殿下とヤったのはいつだ?」
「言い方が下品……。おやつの前だよ。足りないって何が? 魔力?」
「その割には残量が多いが……そうか、最後に多量に渡されたって言ってたな」
納得して頷くと、マルディアスは立ち上がった。そして壁際の棚へと向かい、中から二つの小瓶を取り出して麻袋に詰める。
「今ある魔力は一切喰うなと霊獣に指示しておけ。目の前の餌を喰ったら、この先、一生の餌を失うことになるぞ、ってな」
「オジサン……。もしかして私を抱こうとしてるのって……」
言い切る前に彼女の腕を掴み、荒々しく立ち上がらせる。
「行くぞ。王宮内の空気は今、さっきまでよりは緩んでいるはずだ。王太子の容体が安定している今が、最大で最後の好機だ」
白いローブをたなびかせたマルディアスにリズリアはきょとんと目を丸くした。
「ここでするんじゃないの? っていうか、なんでそんなの着てるの? オジサン、白あんまり似合わないね」
「気力が戻った途端に失礼だよな、お前……。ヤるのはここじゃねぇ。ついてこい」
小瓶を詰めた麻袋を手にしたマルディアスは早足で扉へと向かう。それを慌てて追いかけてきたリズリアが、ふと気づいたように口にした。
「ねぇ。オジサンがルゥを助けたりしたら、オジサンも罪に問われるんじゃないの?」
扉を開けたマルディアスは廊下の左右を見回すと、人がいないことを確認し、さらに早足で北へと向かう。それを追うリズリアはほとんど小走りになっていた。
「上手く隠せりゃいいんだが、無理だろうな。俺も宮廷魔術師は解雇だろうよ」
「解雇で済むの?」
「余計なことは考えるな。お前はただ、殿下を救うことだけに集中しろ。霊獣の方は大丈夫だろうな?」
人避けの術を行使しながら足を進める。
リズリアは問われた言葉に、「あ」と己の腹を撫でた。
「ノクちゃん。それ、食べちゃだめだって」
『キュウ? キュウゥゥ……』
「だめ。だめなの。ルゥを助けるの。分かる? ノクちゃんの一番好きなご飯くれる人だよ。ルゥを助けないと、ノクちゃんがご飯食べられなくなっちゃうんだよ。それまで我慢できたら、またルゥにご飯もらおうね」
『……キュゥ』
マルディアスに霊獣ノクスレアの声は聴こえないが、リズリアにはある程度会話ができているらしい。
おそらく「おあずけ」を食らった霊獣は不満げにしているのだろう。リズリアは小走りしながらも己の腹をぺしぺしと叩き、まるで犬でも躾けるかのように優しく懸命に諭している。
(……どういう才能なんだ、これは。非魔術師でありながら高魔力耐性を持っていることもそうだが……。これでは未熟ながらも、霊獣を使役しているも同然だ)
それだけならまだ、野山で育つ野生児が獣と言葉を交わせるようになる事象と似ている。だが、ただの元娼婦だったはずの彼女は、今では霊獣の力を借りながらも魔力操作までできるようになっていると聞く。
(意味が分からんこと、この上ないが……今はこいつの才に賭けるしかない)
そうこうしているうちに、北側三階の隅の部屋にたどり着いた。
マルディアスはリズリアとともに室内へと入り、扉に人避けの術を施す。三階はその大半が侍従たちの部屋になっており、二人が入った部屋は今は誰にも使われていない様子だった。
「オジサン? 何してるの?」
身をかがめ、床に手を這わせるマルディアスにリズリアは不思議そうに首を傾げる。
それに構わずマルディアスは意識を集中させた。己の魔力を床から壁際へと広げ、さらに階下の部屋へと忍ばせていく。
マルディアスの魔力は下へ下へと駆け抜け、やがて一階よりも下層──地下牢へと到達した。そこで目的の気配を見つけ、素早く魔力を引っ込める。
「見つけた。ルーファウス殿下は牢の隅、ちょうどあの棚の位置辺りにいる」
マルディアスの指差した先に駆け寄ったリズリアはぺたんと座り込むと、床をべちべちと叩いた。
「この真下ってこと?」
「そうだ。だから、その位置だけは絶対に避けねばならん。こっちへ来い、小娘」
「避けるって、何を?」
マルディアスは、ルーファウスがいると判断した位置とは対角に位置する場所へと移動した。再び駆け寄ってきたリズリアの手を引きながらそこへ腰を下ろし、彼女の顔を両手で包み込む。
「いいか。今から言うことをよく聞け。お前がすべきことは三つだ」
「……はい」
射抜くように見据えると、気圧されたようにリズリアは頷いた。




