第41話 選択のとき
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牢獄から出され、マルディアスの自室へと連れてこられたリズリアは呆然自失状態だった。
彼女を投獄した兵によると、牢に入れられるまで彼女は散々暴れ、屈強な兵ですら一人で取り押さえることは困難だったという。しかしそれも、牢の鍵をかけられてすぐに糸が切れたようにおとなしくなり、膝から崩れ落ちてしまった──と。
マルディアスが迎えにいき、声をかけても、彼女はその状態のままだった。何を言っても反応することはなく、仕方なく肩に担ぎ上げて部屋まで連れてきた。
肩から下ろし、椅子に座らせてもなお、リズリアは視線を下げたまま虚空を眺めている。
(あの能天気な小娘がここまで絶望するとは思わなんだ……。しかしこいつには、やってもらわにゃならんことがある。目を覚ましてもらわなければな)
マルディアスは質素な木箱の中から白いローブを取り出すと、それを羽織り、リズリアのもとへと歩み寄った。そして小さな顎を掴み、強引に上向かせる。
「ぼーっとしてる場合じゃねぇぞ、小娘。お前らしくもねぇ」
「オジサン……」
リズリアが赤茶の髪と同じ色の瞳を震わせ、ようやく小さな声を零す。
「ルゥ……捕まっちゃった……」
「知ってる」
「ルゥは、犯人なんかじゃないよ……」
「それも知ってる。あいつはそんなタマじゃねぇ」
真相を明かしてやろうかと一瞬迷ったが、それはやめることにした。
明かすべきは今ではない。
この一年であらゆることを学び、吸収し、随分成長したが、この娘は元々王室の規範など持ち合わせてはいないのだ。情緒不安定になっているであろう今の彼女にそれを告げれば、どんな行動に出るか分かったものではない。
「ルゥは……分かってたんだと思う。兵が自分を捕まえに来る、って……。だから最後に、私にいっぱい魔力を渡したんだ……。自分がいなくなっても、ノクちゃんがしばらく食べられるように……」
赤茶の双眸が潤み、想いとともに零れた涙が頬を伝い落ちる。
「ルゥ……覚悟してた……。ルゥはなんにも悪いことしてないのに……どうしてこんなことになるの? オジサン……ルゥは、処刑されちゃうの……?」
睫毛を震わせ、ぽつぽつと言葉を落とす。彼女の絶望は、ただ愛しい男が無実の罪で投獄されたからというだけのことではないのだろう。
その男が全てを覚悟して尚、唯一守ろうとしたものが自分であるという事実が、彼女の心に重く圧し掛かっている。
マルディアスは椅子を引き寄せると、リズリアの傍に腰を下ろした。彼女に目線を合わせ、涙で濡れた頬を拭う。
「このまま事が進めば、ルーファウス殿下は処刑されるだろう。第三王子派だった家臣の一部も間引かれるかもしれんな」
「そんな……」
「だが、お前は助かる。殿下が望んだ通り、お前が俺のものになるならな」
頬杖をつき、顔を覗き込むようにするマルディアスから逸らすように、リズリアは視線を落とした。
「オジサンが私を助けようとしてくれてることは嬉しい。……けど私……、私は……ルゥに生きていてほしい……。ルゥと一緒に生きたい……」
マルディアスが再びリズリアの顎を掴み、強引に目線を合わせる。
「それがお前の最優先か?」
「……オジサン?」
「ルーファウス殿下と共に生きていくために、命と誇りを懸けられるか?」
その問いが、リズリアの瞳に徐々に生気の光を取り戻させていく。まだ可能性はあると告げられていることに気づき、彼女の眼が希望の色を浮かべ始める。
「命はともかく、私に誇りなんてないよ……。知ってるでしょ?」
「どうだかな。俺が押し倒したとき、『ルーファウス殿下じゃなきゃ嫌だ』と泣いていただろう。お前、殿下の命を救うために、俺に抱かれることができるか?」
「……え?」
細い肩が強張り、瞳の希望が戸惑いに変わる。そこに追い打ちをかけるように、マルディアスは鋭い眼差しのまま続けた。
「お前がこのまま俺のものになるのなら、殿下は処刑されるが、お前のことだけは俺が保護してやる。飯も食わせてやるし、霊獣のことも、摘出できるよう方法を探す。お前が嫌なら、抱くこともしない。身請けされた娼婦としては上々の暮らしをさせてやる。だが、それが嫌なら──殿下を救いたいのなら、俺と交われ」
「え? ……え?」
脅迫めいた言葉を受け、リズリアはさらに戸惑う。
「それでも確実に二人とも生きられるとは限らねぇ。いいか。ハッキリ言うぞ。殿下は、もうここでは生きられない。お前が殿下と生きていたいなら、国を脱出して、二人で逃げるしかねぇんだ」
「逃げる……?」
「そうだ。追われる身になる。それで捕まれば、今度こそ死罪は免れん。殿下も、お前もな」
そのときはマルディアスも同じことになるのだが、それは言わなかった。
マルディアス自身は自分一人であれば逃げ切る自信があったが、リズリアはそうは思わないだろう。自分たちのためにマルディアスまでも死罪になるかもしれないと考えたら、彼女の判断が鈍りかねない。
「選べ、小娘。このまま俺の庇護下でそれなりに平穏に生きていくか、それとも、一縷の望みに賭けて俺に抱かれ、一生逃亡者の身として殿下と共に生きるか──お前の道は、二つに一つだ」
「……オジサンと平穏に生きるか、ルゥと逃げながら生きるか、ってこと……?」
紡がれた言の葉と逡巡することのない瞳に、マルディアスの口角が自然と持ち上がる。
一年前までただ生きることだけに必死だった元娼婦の少女は、迷うことなく答えを返した。
彼女を身請けした宮廷魔術師が期待した通りの答えを──。
「ごめんね、オジサン……。私、ルゥと生きたい。約束したの。私は何があっても、ルゥの傍にいるって。美味しいご飯より、あったかいお布団より、私は……ルゥが欲しい!」
力を込めて吐き出されたその想いに、マルディアスはフッと笑みを浮かべ、小さな頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。




