第40話 繋がれた願い
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宮廷魔術師マルディアスが王太子の私室を出ると、二人の警備兵が扉の両側に立っていた。いつからいたのかは分からないが、部屋を訪れた者を阻む役割を持っていたのだろう。
今しがた王太子とマルディアスが交わした会話の内容は聞こえてはいないはずだ。王太子の声は力なく、マルディアスも声を荒げたりはしていない。
たとえ聞かれていたとしても、彼らが誰かに進言したところで、彼らの首が刎ねられるだけのことだとマルディアスは判断する。
「マルディアス様。王太子殿下の容体は如何でしょうか?」
扉を警護していた兵とは別の兵が、廊下の壁際で待機していた。おそらく伝達係であろうその兵に、マルディアスは落ち着いた声音で告げる。
「落ち着いておられる。先程、一度意識を取り戻され、今はまた眠られた。毒は伝播するようなものでもないし、術も安定している故、俺にできることはもうない。念のため、宮廷医を傍につけておけ。明朝まで持ち堪えられれば、太子はもう大丈夫だ」
「承知しました」
それを聞いた兵はホッと息をつくと、すぐに表情を引き締め、踵を返して去っていった。王のもとへ向かったのだろう。
マルディアスはポキポキと鳴る肩を回しながら、疲れた表情を隠すこともなく、兵が去ったのとは逆方向へと足を向ける。
(……ルーファウス殿下は既に拘束済みだろうな。一度部屋に戻り、あれを取ってくるとして……問題はあの小娘だな)
自分が王太子の部屋から離れられない間に二人は拘束されているだろうとマルディアスは推察していた。そのために王太子は、あの呪詛にも似た言葉を放ったはずだ。
どのように手を回していたのかは定かではないが、ここ最近の王宮内の様子から、弟が自分の命を狙うのではないかという不安を周囲に吐露していたとしたら、王宮兵は容易に動くだろう。
今頃は二人とも、王宮内の牢に投獄されているはずだ。
王子であるルーファウスはまだしも、端女のリズリアはどのように扱われるか分からない。事を荒立てずに彼女を出すにはどうすれば良いかと、マルディアスは思考を巡らせた。
(まさかとは思うが、陛下も一枚噛んでたりしねぇよな……?)
王太子の策略はまさに命懸けだった。精霊の祝福を所持していたとしても、マルディアスの存在があっても、必ず成功するという保証はなかったはずだ。失敗は王太子の死を意味し、王位継承権が第二王子に移ることになる。
それはさらなる争いの火種となる。病弱で世継ぎを作れるかも危うい第二王子が臣下に支持されるはずもなく、第三王子派の勢いが強まってしまう。
たとえ王太子本人が自分は死なないと確信していたとしても、王がそのリスクを冒すはずがない。
(……まぁ、もはや考えても意味ねぇわな。……ん?)
ガリガリと頭を掻きながら自室へと歩みを進めるマルディアスの前に、一人の警備兵が駆け寄ってくる。
「マルディアス様!」
警備兵はマルディアスの眼前で立ち止まると、周囲を見回してから何かを言いかけ、逡巡し、そして口を噤んだ。
「何なんだ、今度は。今宵の千客万来は歓迎せんぞ」
軽口のように言いながらも、マルディアスは警備兵に言葉を促す。用件があるならさっさと言えとぼやいたところで、警備兵は涙を滲ませ、喉を震わせた。
「……一時間程前に、第三王子殿下が……王太子殿下暗殺未遂の嫌疑で、投獄されました」
「そうか……」
絞り出された言葉に驚きもなく小さく答える。
むしろ、想定より遅かったなとすら思う。さすがに王宮兵の間でも王子を捕らえることはためらわれていたのかもしれない。
警備兵は奥歯を噛み締め、更に続ける。
「す、すぐに……ひ、東の牢へ、お向かいください……」
「東?」
嗚咽を堪える警備兵にマルディアスは問いを返す。
王宮内に牢は二か所ある。一つは北の牢で、魔術師を投獄するための特殊な牢だ。そこには牢全体に魔力封じの術が施されている。ルーファウスが幽閉されるなら間違いなく北牢のはずだ。
東の牢は、魔術師ではないと判断された一般罪人に対する牢だった。そこに誰がいるのかは想像に難くないが、王宮警備兵にそこへ向かうよう乞われる意味が分からない。
どうにも堪えきれなかったのか、警備兵は涙を一粒零し、頭を下げる。
「ルーファウス殿下より、貴方様に下賜された娘がそこにいます……。殿下は……マルディアス様に、『娘を返す』と……」
「──っ! 殿下が、そう言ったのか?」
「はい……」
警備兵は頭を下げたまま、捕らえられた第三王子が告げた言葉をマルディアスへと伝えた。
この娘は王太子を救いし宮廷魔術師マルディアスのものであり、自分は借り受けていただけであると告げた、最後の言葉を──。
「我々は、殿下がどのような思いでそう仰せになられたのか分からぬほど、愚鈍ではございません……。娘は既に、傍女の職を解かれております。マルディアス様……」
決意を固めたように警備兵は顔を上げた。眉間に力を込めながらも、ぼたぼたと涙を流しながら乞う。
「すぐにあの娘を迎えにいってください。殿下は……下々たる我々に頭を下げられました……。どうか……どうか、沙汰が下りる前に、殿下の願いを、叶えてさしあげてください……!」
「お前……」
マルディアスはこの警備兵が心からルーファウスを慕い、敬愛していたことを察した。『沙汰が下りる前に』と口にしているからには、彼は自分が取っている行動が何を意味しているのかを理解しているはずだ。
王太子暗殺未遂の嫌疑がかけられている第三王子の傍女。ルーファウスが罪人として扱われている以上、彼女もまた罪人なのだ。
それを救わんとすることは、王太子に対する裏切りに他ならない。
「……分かった。殿下は俺に、『娘を返す』と仰せられたのだな?」
「はい……」
「ならば、お前はそれを、俺に伝えにきただけだ。それだけを、伝えにきた。良いな?」
「──っ、はい……!」
涙と鼻水で濡れた顔を更にぐしゃぐしゃにしながら、警備兵は大きく頷いた。再び深く頭を下げるその肩に手を置き、マルディアスは東へと足を向ける。
もう後に戻る道はないのだと、悟りながら──。




