第39話 慟哭(後)
(え……? どうして警備兵が……)
あとから顔を出した傍女を一瞥すると、警備兵たちは一斉に頭を下げた。
「ルーファウス第三王子殿下。ご無礼をお許しください」
最前に立つ警備兵がそう言うと同時に、頭を下げたまま素早い動きでルーファウスの手首に何かを嵌めた。
冷たい金属が鳴らしたカチャリという音に、リズリアの全身に極度の緊張が走った。
「何をしているのですか!」
彼の手首に嵌められたそれを見た瞬間、リズリアは叫ぶように声を上げ、彼と警備兵の間に躍り出た。
主に忠誠を誓い、常に付き従い、身の回りの世話をしながら、ときにはその命を守ることが傍女の務め。それを理解していた警備兵たちは驚くでもなく、目の前に立ちはだかる小柄な少女を憐れむような目で見下ろす。
魔鉱石の嵌められた、短い鎖で繋がれた金属の二つの輪。その一つがルーファウスの左手首に嵌められ、もう一つが警備兵の手にあった。
「どういうおつもりですか! こんな……こんなものを王子殿下の御身にかけるなど、不敬にもほどがあります! 恥を知りなさい!」
「やめろ、リズリア」
怒りの涙を滲ませながら吠えるリズリアを、ルーファウスの泰然たる声が制する。
「お前が今、主に仕える傍女として俺の前に立ったように、こいつらもまた、己の職務を果たそうとしているだけだ。そう責めてやるな」
「どこがですか! 王宮の警備兵は王族に仕えるものでしょう! 貴方は彼らの主の一人のはずです! それなのに……」
振り向いたリズリアにルーファウスはなおも声色を変えず、冷静に、きっぱりと言い放つ。
「それは違う。王宮の警備兵のみならず、国内の兵や騎士が仕えるのは国だ。彼らが守護すべきは国であり、国の頂たる王だ。……そうだな?」
微笑みを向けられ、警備兵たちは唇を噛み締める。悔しさを露わにした彼らの表情に、リズリアは理解した。
彼らは、何も望んでルーファウスに手枷を嵌めたわけではないと。
むしろ彼らはルーファウスを慕っていたのだろう。
裁かれるべき罪人にのみ掛けられる手枷は、魔力封じの効力を持つ特殊なものだ。自らが慕い、敬服していた相手にそれを嵌めなければならない無念さに、胸を裂かれんばかりの思いでいるのだろう。
皆が皆、溢れんばかりの涙を堪え、その手に握る槍を軋ませていた。
「……お許しを、ルーファウス殿下。貴方様に、王太子殿下暗殺未遂の嫌疑がかけられております」
「分かっている。やはり、そうなったか……」
最前の警備兵が震える声で告げ、握りしめたままだったもう片方の金属輪をルーファウスの右手首に嵌める。一切の抵抗もなくそれを受け入れたルーファウスは、彼に向けて優しく問いかけた。
「未遂、ということは、兄上は助かったのだな?」
「……マルディアス様のご尽力により、未だ予断を許されぬ状態ではありますが、持ち直しつつあるとのことです」
「そうか……良かった」
安堵の息をつき、天井を仰ぐルーファウス。その晴れやかな表情が、全てを受け入れ、全てを諦めているようにも見え、リズリアの双眸からぼたぼたと大粒の涙が零れる。
「どうして……ルーファウス殿下なのですか……。貴方たちだって、殿下がどういう方なのかはご存知のはずでしょう? 彼は、ご自分の兄上を手にかけるような人などではないと……」
懸命に訴えかける傍女の目を見ることもできず、警備兵の一人が堪らず声を上げた。
「私たちとて、ルーファウス殿下を……!」
「ならん」
振り絞る声が制された。ルーファウスは警備兵一人ひとりの目を順番に見据えながら、王子として朗々たる真っ直ぐな声で告げる。
「お前たちの思いはありがたく受け取らせてもらう。だが、それを口にしてはならん。忠心を疑われるぞ」
「殿下……」
そして最後に、ルーファウスはリズリアへと向き直ると、主としての言葉を紡いだ。
「リズリア。お前は傍女として、俺によく仕えてくれた。今、この時を以て、お前の傍女としての任を解く。大義であったな」
「──っ! ちょっと待っ……」
「お前の身は宮廷魔術師マルディアスのもとへ下賜する。いや、返すと言う方が適切か。元々はあれが連れてきた娘だからな」
リズリアは言葉を失った。
悲しみと諦念を浮かべたオリーブの瞳の奥に、揺るがない決意が見えたからだ。
ルーファウスが王太子暗殺未遂の首謀であると疑われている現状では、傍女であるリズリアも共謀を疑われる。ルーファウスにとって最初の魔術の師であり、縁も深いマルディアスもそれは同じはずだった。
だが王太子の命を救ったのがマルディアスなら、王も王太子自身も彼を敵とは見做さないだろう。彼の傍に置くことがリズリアにとって最も安全な場所であると、ルーファウスは判断したのだ。
未だ少年のあどけなさを残す王子は、せめて己の傍女だけは守らんと、警備兵たちに向かって頭を垂れる。
「この娘は元々、宮廷魔術師マルディアスのものだ。それを俺が借り受けていたに過ぎん。お前たちが頂に忠を誓う者たちであるならば、王太子を救いし男に報いてやってくれ」
少女の慟哭が廊下に木霊する。
警備兵に抱きすくめられるように身動きを封じられてなお、去り行く背中に縋ろうと、少女は小さな身体を暴れさせた。
一年と少しの月日の間に学んだ礼儀作法、品性、言葉の遣い方も全て忘れたように咽び泣き、ただ愛した男の名を、叫ぶ。
それを背に受けながら、ただの一度も振り返らずに──ルーファウス・アルバルト・ローレンシア第三王子は、王宮警備兵に連れられて去っていった。
1エピソードが長い回が増えてきました。
次の更新は木曜日です。




