第29話 棄てられない想い
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リズリアと護衛の騎士が密かに言葉を交わしていた中、ルーファウスもまた、庭を散策しながらアルテアと言葉を交わしていた。
ささやかな雑談から、互いの国や家族の話、婚姻後の生活など、それこそ見合いの場らしい話題が主なものだったが、ルーファウスは自分の体質については、少なくとも婚姻後までは打ち明けるつもりはなかった。
(俺の過剰魔力生成の体質は、王宮の外に知られるわけにはいかないからな……)
肉体が破壊されかねないほどの魔力を生成する体質は、魔術師にとっては格好の研究材料となる。喉から手が出るほどに欲しがるエネルギー源なのだ。
ルーファウスの体質を真に理解しているのは、王宮の中でも五人。
両親である国王夫妻と、兄であり次期国王である王太子。
魔術の最初の師であったマルディアス、そして余剰魔力を喰う役割を持つ傍女であり恋人のリズリアだけである。
同じく兄である第二王子と義姉である王太子妃でさえ、知る必要がないとされ、その本質までは知らされていない。二人はルーファウスの体質を「器に見合わない魔力量を持っている」程度にしか認識していない。
アルテア・ドラッカールは婚約がほぼ確定しているとはいえ、まだ王家の人間ではない。むしろ婚姻後も打ち明けて良いかは、父王とマルディアスも交えて慎重に決めなければならないのだ。
それは、魔力喰いの性質を持つ霊獣を宿したリズリアとの関係も、おいそれと知られるわけにはいかないということをも意味している。
(王侯貴族が侍女に手を出すことは珍しくないことではあるが、それだけではないと知られたときが厄介だな……)
ただの性の捌け口である場合、それを許せぬようでは妻としての器を問われるため、黙認する妃や妻が大半だ。
だが、その侍女が寵愛を受けているとなれば、話は別なのだ。
(バルニア侯爵令嬢が侍女に嫌がらせしたり追い出したりするような器とは思えないが……。あらゆる意味で俺にはリズが必要だ。万が一にも、あいつにとって苦になるような生活にはしたくない)
アルテアが自分との婚約に、深い覚悟で向き合おうとしていることに感化されたこともある。だが心から愛する人のためにも、ルーファウスはアルテアを妃としてないがしろにはすまいと心に決めていた。
何より、この令嬢が両親譲りの底の知れなさを秘めているようにも思えたことが、ルーファウスの覚悟を深めていた。
そしてふと、ルーファウスは気になっていたことを口にする。
「アルテア。君はスカルデ卿を初恋の相手だと言っていたが、ずっと彼を想っていたのか?」
庭の花々を愛でていたアルテアは振り返り、悪戯を仕掛けた子供のような笑みを浮かべた。
「あれはリヴァンへのちょっとした意地悪ですわ。彼のことはとうに諦めておりますよ」
忘れた、とは言わない辺り、未練はあるのだろうとルーファウスには感じられた。しかし彼女は切なげにするでもなく、無邪気な笑みのまま続ける。
「彼はお父様とお母様が結婚するより前から屋敷にいたのですよ。お父様が拾った孤児なのだそうです。ただでさえ歳の差のある婚姻に不満だったお母様は激昂したそうですわ。『なぜ結婚前から既に子がいるのですか!』って」
「それは……まぁ、聞かされていなかったのなら、怒るのも無理はないのかもな……。しかしそうか、スカルデ卿はドラッカール家の養子であったのか……」
同情と納得の表情を浮かべるルーファウスに、アルテアはなおも楽しそうに笑う。
「ふふっ。けれど、その少年があまりに謙虚で、養子であるにも関わらずお父様を決して父と呼ばないことで、初めは彼を邪険にしていたお母様の態度も、徐々に軟化していったそうです。彼が自分と自分の子の立場を脅かす存在ではないと判断したのですわ」
「スカルデ卿にとっての君の父上は、あくまでも拾ってくれた恩人であり、父と扱うには畏れ多かったということか?」
遠い記憶を呼び起こしているのか、美しい双眸が細められる。
「そうでございましょうね。私に対してもリヴァンは昔から優しかったし、時には叱ってくださることもありましたが、一歩距離を置いているように感じられました。……家族であって家族でない。それでいて心優しい存在が傍におりましたら、幼い娘が『大きくなったらお嫁さんにしてください』と乞うのは必然にございましょう? けれどある日──去年だったかしら。見てしまったのでございますよ」
そこで一度言葉を切ると、アルテアは初めて心から寂しそうな表情を見せた。
「……何を?」
ためらいながらも続きを促すと、彼女は苦笑しながら続ける。
「私がお忍びで街に出たとき……リヴァンが、一人の女性と連れ立って歩いている姿を、です」
「先ほど言っていた、『彼にも恋い慕う相手がいる』というやつか?」
「えぇ。一目で分かりましたわ。彼の、お相手に向ける目がとても柔らかくて、愛おしさに満ちていて……正直、打ちのめされてしまいました」
「相手は……?」
「貴族でも何でもない、ただの街娘ですわ。後で聞いたのですけれど、リヴァンがバルニアに来てからの幼馴染なのだそうです。花が咲くように笑う面差しがとても愛らしくて、明るく素直そうな方でございました」
かつての恋敵であろう女性をそのように言い表せるアルテアは、やはり嫉妬の激情に駆られるような浅はかな器ではないのだろう。
ルーファウスはそう考えながらも、自らの恋が身分の差だけではなく、真の意味で叶わぬことを知ったときの彼女の心情を慮った。
それでも同情されることを彼女は望まないだろうと、敢えて意地の悪い笑みを浮かべ、軽口のように言葉を返す。
「御母堂譲りの美貌と知性を持つ君が、まさかその街娘に対し、敵わない相手であるとあっさり負けを認めたと言うのか?」
「あら。同じ殿方としてご自身の胸にお尋ねくださいませ。己を曝け出せる愛おしいお相手がいながら、私のような女に心変わりすると思われます?」
問い返された言葉につい「ううん」と唸ってしまった。
これでは自分にも想い人がいると言っているも同然だ。
あまりに正直過ぎる反応をしてしまったとすぐにハッとするも、アルテアが気を悪くした様子はない。むしろ逆に、吹っ切れたような笑みで肩をすくめてみせる。
「そういうわけで、私の初恋は此度の縁談とは関係なく、とうに終わっているのでございます。殿下は心に刻まれた想いは棄てたくとも棄てられないとおっしゃいましたが……それでも、棄てなければならぬときもあるのでございますよ」
「なるほどな……」
ルーファウスは先の己の言葉を素直に反省し、それを口にした。
「前言撤回だ。君の気も知らず、その程度などと言い捨ててしまったことは詫びよう。すまなかった」
「え……」
あまりにあっさりと紡がれた言葉に目を丸くしたアルテアに、ルーファウスが続ける。
「俺はやはり未熟者だな。君が妃になった暁には、至らぬ俺を諫め、支えてほしい」
その言葉がアルテアの心の奥を揺らし、そして同時に小さな失望の念を抱かせたことに、若い王子は気づいてはいなかった。




