第28話 護衛騎士
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茶会が終わると、ルーファウスとアルテアは王宮の庭をのんびりと散策しながら言葉を交わしていた。
その二人を、少し離れた場所から黒髪の騎士とリズリアが静かに見守っている。
リズリアはまだしも、護衛である騎士リヴァンはアルテアから離れるわけにはいかないはずだが、この距離までなら大丈夫だからと、騎士は彼らに二人きりの時間を与えていた。
会話の内容までは分からないが、時折アルテアの鈴を転がすような笑い声が聞こえてくる。その程度の距離ではあるが、リズリアはなぜだか胸がざわめくような感覚を覚えていた。
それを察したのか、黒髪の騎士が小さく口を開く。
「アルテアお嬢様は、御両親から王侯貴族の娘としての心構えを叩き込まれている。自身が高貴な家に嫁ぐことになることも、幼い頃からきちんと自覚されている方だ」
「え……?」
「自分の夫となる男がたとえ妾を抱えていたとしても、余程のことがなければ口を出すことはされぬだろう」
彼が何を言わんとしているのかを察したリズリアは、さぁっと血の気が引く思いがした。彼は自分とルーファウスの関係に気づいている。
その上で、なぜか気遣うような言葉をかけている。
どういうつもりなのだろうと長身の騎士を見上げるも、彼は護衛対象である令嬢から視線を外すことなく言葉を続けた。
「縁談の話が出たとき、君と宮廷魔術師の男だけが、ルーファウス王子を案じるような目をしていた。それは王子が、自国に利があるからとて、政略結婚を素直に受け入れられる人間ではなかったからなのだろう。舞踏会のときも、王子は君に視線を向けるときだけは、柔らかい表情をしていた」
「……ルーファウス殿下はお優しい方でございますから、端女にも気を配ってくださるのです」
たとえ確信を持たれているのだとしても、リズリアは彼の言葉を認めるわけにはいかなかった。
この縁談が非常に大きな話であることはリズリアにも分かっている。ルーファウスもようやく覚悟を決めることができた。
それなのに、傍女である自分との関係で縁談にヒビが入るようなことがあってはならない。
リズリアは如何にしてこの場を切り抜けるか必死に思考を巡らせたが、黒髪の騎士は淡々と告げる。
「そう怯えずとも、私からお嬢様に何か言うつもりはない。そちらが我が主をどう思っているかは知らないが、あの方は愛娘をただの政争の道具にするような方ではない。ルーファウス王子は、その主が御息女を任せても良いと判断された方だ。その寵愛の向かう先が君であったとしても、先ほどあのように宣言された以上、お嬢様をないがしろにしたりはしないだろう」
「……私はただの傍女です。なぜ私に、そのような話をされるのですか」
どれだけ否定しようともこの男には通用しない気がしていたが、リズリアはなおも否定の意を返した。その思惑が分からず警戒心を露わにするも、彼は他意はないという口調でさらに返す。
「不安そうにしていただろう。既に王子と恋仲であるならば、無理に別れる必要はない」
「私のためだとおっしゃるのですか?」
意外過ぎる答えにリズリアは動揺した。彼にしてみれば、リズリアの存在など他国の端女に過ぎない。本来ならこうして言葉を交わす必要性すらないのだ。
それが、主令嬢の婚約者となる男の愛人だと悟っておきながら、気遣うような言葉をかけてくる。全くもって意味が分からなかった。
らしくないと思いつつも、リズリアは声を荒げそうになるのを堪えながら、問い詰める言葉を続けてしまう。
「腹立たしくはないのですか? アルテアさまは貴方にとって、妹君のようなものなのでは?」
アルテアが彼を「兄のような存在」と言っていたことを受けての言葉だった。しかしそれに対し、黒髪の騎士は視線を彼女の方から動かさぬままに、初めてふっと笑みを浮かべた。
「とんでもない。お嬢様は私をあのようにおっしゃってくれたが、それは主の御一家が皆、情の深い方々であるがゆえのことだ。私とてお嬢様の幸せを願ってはいるが、主に仕える騎士としての思いだよ」
どこが、と言いかけ、リズリアは言葉を引っ込めた。
黒曜石のような瞳が見せた眼差しは、決して臣下のそれではない。他者の心の内にはあれほど敏感であるというのに、これで無自覚だと言うのなら、大した鈍感ぶりだ。
(しっかりお兄ちゃんの顔してるくせに……)
ヴァールヴィーク国最強の軍事力を誇るバルニア騎士団軍隊長。その肩書にそぐわぬほどの謙虚さはいっそ卑屈にも見える。
そうして自覚なき兄の顔をしながら、黒髪の騎士は思いの丈を込めるように呟いた。
「お嬢様を愛してくれる方であることが最良であったが、王子の言う通り、人の心とはままならぬものだからな。せめて王子が、今後とも誠実な人物であることを切に願う」




