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第27話 婚約者の来訪(後)

「我がバルニアの騎士団は精鋭の集まりでございます。その頂点の実力を持つ騎士(ナイト)に守っていただけているのですから、戦闘訓練も受けていない山賊の児戯など、恐るるに足るものではございません。むしろ、貴方一人でも良かったのではなくて? リヴァン」


 侯爵令嬢のアルテアもまた、彼らに全幅の信頼を寄せているらしい。誇らしげに言いながら、彼女は再び騎士リヴァンへ目を向ける。

 その無邪気な物言いに、黒髪の騎士は、やや戸惑ったような表情を浮かべた。

 

「人数に問題はありませんが、逃がすわけにはいきませんし。馬車を攻撃される前に討つには二人が妥当でした」

「二十人の武装した賊を相手に『問題ない』か……。貴公の黒狼の異名は、やはり伊達ではないようだな」

「私は職務を全うしているに過ぎません。アルテアお嬢様は我が主の大切な御息女ですから、手心を加えるわけにはいかなかっただけです」


 嘆息するルーファウスにも、黒髪の騎士は仏頂面のまま淡々とした口調を崩さない。


(やっぱりこの人……、なんていうか、色々と腰の低い人なんだなぁ……)


 リズリアがそんなふうに思っていると、次の瞬間に落とされた言葉に、彼の口調が一気に崩れる。


「リヴァンは私にとって兄のような存在で、初恋の人でもあるんですのよ」

「お、お嬢様!? 何を言っているのですか!」


 鈴を転がすような声で放たれた突然の爆弾発言に、黒髪の騎士は慌てふためいた。アルテアとルーファウスに交互に視線を泳がせながら「違います」だの「誤解です」などしどろもどろに言い連ねている。

 絵に描いたような「我の強いお嬢様とそれに振り回される騎士」の構図に、ルーファウスとリズリアはぽかんと口を開けた。

 

「あら。事実ですわ。貴方だってずっと相手にはしてくださらなかったけど、昔からご存知だったじゃありませんか」

「事実かどうかは関係なく、場と相手を考えてください! ルーファウス第三王子殿下は、貴女の婚約者になられるお方ですよ!?」

「だからこそ、です」


 窘める騎士に構わず、アルテアは悪戯を企む子供のような笑みを浮かべたまま、ルーファウスへと向き直る。


「婚約を結ぶからには、ルーファウス殿下には私のことはきちんと知っておいてほしいのです。今回はそのために顔合わせの場を設けていただいたのですから」


 彼女の恋情が軽い戯れのつもりで打ち明けられたものではないと悟り、呆けていたルーファウスの表情が一気に引き締まる。


「つまり、恋い慕う相手がいながらにして俺に嫁ぐことを納得せよと、そういうことか?」

「少し違いますわ」


 アルテアは笑みのまま切なげに眉尻を下げ、言葉を続ける。

 

「殿下に嫁がなくとも、私が彼と添い遂げることは叶いません。彼にも恋い慕う相手がおりますし、私にはバルニア侯爵リカルド・ドラッカールの娘としての責務がございます」


 さりげなく恋人か片恋慕なのかの相手がいることまで暴露され、黒髪の騎士リヴァンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 舞踏会のときの侯爵夫妻との会話といい、アルテアが「兄のような存在」と言ったことといい、彼はバルニア侯爵家とは、ただの主と臣下としての関係以上に深い繋がりがあるようだ。

 アルテアの性格もよく理解しているようで、もはや止めても無駄だと思ったのか、ため息を零しながら首を振っている。どうやら彼は苦労人らしい。


「生まれ持った責務の前では、私の恋情など些末なものにございます。貴方に嫁ぐ以上、私は小さき初恋など忘れ、ただ貴方一人を愛することを誓いましょう」


 両親のどちらとも似た眼光で真っ直ぐに紡がれた言葉に、ルーファウスのオリーブの瞳が大きく見開かれ、その視線が一瞬、リズリアに向けられた。リズリアもまた、動揺の視線を返す。

 己の恋情を忘れ、ルーファウス一人を愛すると紡がれたその言葉は、リズリア一人を愛すると宣言した彼の心を大きく揺らしたのだろう。

 それは彼のリズリアに対する愛情を揺らすものではなく、己の立場に対する覚悟の深さを問われるものだったのだ。

 しかしルーファウスの中にもまた、揺らがぬ芯がある。それはおよそ王族としてはそぐわぬ芯ではあったが、彼という人間を構成するのに重要なものだった。


「それが真に可能であると申されるならば、無礼を承知の上で、君の恋情はそ(・)の(・)程(・)度(・)であったと言わせていただく」

「──っ!」


 今度はアルテアの方が目を見開く。しかし彼女は反論するでもなく、続けられるルーファウスの言葉に耳を傾けた。


「人の想いというものは、容易く移り変わるものであり、操作することも容易い。魔術を用いずともな。君の両親はそれを得手とする人間でもあるのだろう。まさに統率者としてふさわしい器であった。……だが、心までは、たとえ高位の魔術師であっても容易く弄れるものではない」

「心……」


 呟きを返すアルテアにルーファウスは小さく頷く。


「君の恋情が心に刻まれたものであるならば、たとえ棄てたくとも棄てることなどできぬだろう。君のその覚悟は受け取るが、己を偽る必要はない。隠さず打ち明けてくれたこと、感謝する。俺も君を、妃(・)と(・)し(・)て(・)丁重に扱うことを約束しよう」


 今までリズリア以外の女性を抱きたくないと、それでも王族としての責務のため、そうするしかないのだと覚悟を揺らがせていたルーファウスの真っ直ぐな瞳に、リズリアの鼓動が跳ねた。


(ルゥ……本当の意味で、覚悟したんだ)


 望んでも意味がないと諦めるような気持ちではなく、この国の王子として妃と夫婦(めおと)になり、慈しんでいくという覚悟を彼は決めたのだろう。

 ルーファウスとリズリアの関係は魔力譲渡の意味もあり、やめようと思ってやめられるものでもない。

 しかし、もしそれがなかったなら、彼はリズリアとの関係を絶っていたかもしれない。胸に焦がれる想いを残しながら──。

 リズリアにそう思わせるほどに、ルーファウスの瞳は真っ直ぐに迷いのない光を宿していた。




次の更新は土曜日です。

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