第26話 婚約者の来訪(前)
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正式な婚約前に顔を合わせておきたいという名目で、バルニア侯爵ことリカルド・ドラッカールの長女、アルテア・ドラッカールがローディア王宮に来訪した。
その規模は現国王の孫娘という割にはあまりに小さく、王宮内は動揺に包まれていた。
アルテア本人の他には、婚約に関わる書類や交渉を担当する外交事務官が二人、身の回りの世話をする侍女も二人、そして道中の護衛を担当する騎士がわずか五人。
合計しても十人という少人数規模での来訪だったのだ。
国を跨いで来訪する侯爵令嬢にして現国王の孫娘一行の規模としては、極めて小さいと言えたが、護衛騎士の中心人物はあの若き軍隊長──通称、バルニアの黒狼である。
「少数精鋭か……。侯爵令嬢が国王の孫娘であるからには、あの護衛騎士たちはバルニア騎士団選りすぐりの猛者であるはずですが……それにしても少ないですね」
「その人数で十分だという誇示のつもりか、あるいは娘を預けるだけの信を置けるものがそれだけであるのか。……まぁいずれにせよ、あの侯爵が全幅の信を寄せる兵であることは間違いあるまい」
謁見の間にて一行を待つ最中、その人数を聞いた王太子が首を傾げながら零した言葉に、玉座に座る父王が答えた。そこにルーファウスが続ける。
「実際、道中では二十人規模の山賊一味に襲われたそうですが、護衛騎士たちによって退けられたそうでございますね。怪我人は一人もおらず、馬車にも傷一つないそうで」
背後に控えていたリズリアは「ほぇ~」と目を丸くした。
この場にいるのは約十名と少し。最前の玉座に国王陛下、その隣に立つのは王妃。両側には王太子とルーファウスが控え、やや後方には重臣が数名、さらに後方の壁際にリズリアたち傍女と侍従たちである。第二王子は相変わらず体調不良で部屋に引っ込んでいる。
「余の耳にもその話は入っている。二十人規模であるなら、頭目がいる大規模な一味であったろうに……戦闘の素人とはいえ、武具を持つ蛮族二十人を相手に、たった五人の騎士が傷一つなく打ち負かすか」
「ヴァールヴィーク最強騎士団の名は伊達ではございませんね。それにしても山賊の襲撃だなんて……そのような蛮行がぎりぎり王都外の土地であったことは幸いにございました」
王妃の言葉に王が「うむ」と頷く。
「危うく王都内の警備体制を問われるところであったな。とはいえ、周辺地域の警備も強化せねばなるまい」
そんな会話が交わされている中、アルテア・ドラッカールが謁見の間に到着した。先日の親善の宴の日と同じように重い扉が開かれ、二つの影が姿を現す。
黒髪の麗しき騎士を引き連れた令嬢は真っ直ぐに王家を見据え、父親とよく似た悠然とした足取りで歩みを進める。
金糸の緩やかな髪を揺らし、未だ歳若いはずの少女は堂々たる面持ちで中央まで来ると、母親とよく似た美麗なる所作でドレスの裾を持ち上げた。
それを合図にするように、やや後方で黒髪の騎士が膝をつき、少女の深いカーテシーと同時に頭を下げる。
「ヴァールヴィーク国バルニア領主、リカルド・ドラッカールが長女、アルテア・ドラッカールにございます」
他の同年代の王侯貴族とは一線を画すその立ち振る舞いは、まさしく両親の教育の賜物であり、彼女があのバルニア侯爵夫妻の紛れもない長子であり、そして──王家の血を引くものであることを示していた。
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(バルニア侯爵は娘のことを『まだまだ子供っぽい』とか言ってなかったっけ……? この大人っぽさで私と同い年って……しかもすっごい美人……)
王宮の庭に備え付けられた小さなテーブルでカップに茶を注ぎながら、リズリアはちらりと侯爵令嬢に視線を向けた。
謁見の間では、王家の面々と侯爵令嬢アルテアは、軽い挨拶と幾分かの言葉を交わしたのみだった。アルテアはその間も一切の緊張の様子を見せず、堂々としていた。
傍らには騎士一人しかつけていないというのに、まさに両親譲りの胆力である。
そのあとすぐに、婚約者となるルーファウスとの茶会の時間が設けられ、二人は王宮の庭へと移動してきたのだった。
外はもうすぐ春を迎える温かな気温と柔らかな日差しが茶会にうってつけの空気となっており、高貴な一族の男女をいっそう輝かせているように見えていた。
茶会の場にいるのはルーファウスとアルテアの他に、ルーファウスの世話役であるリズリアと、アルテアの護衛である黒髪の騎士のみである。
見合いの場に等しい茶会にぞろぞろと護衛を引き連れるわけにもいかないため、他の護衛騎士たちは王宮外で待機となっている。
(この人、本当に騎士だったんだ……。舞踏会で令嬢たちから逃げ回ってた人と同じ人とは、とても思えないなぁ)
黒髪の騎士は先日の宴のときとは異なり、銀色に輝く甲冑を身に纏い、腰にはリズリアの知るものよりも鞘の太い剣がぶら下がっている。
威圧感というほどの空気は感じられないが、常に周囲を警戒する切れ長の瞳が放つ眼光は、まさに狼を思わせる鋭さを持っていた。
「……五人?」
「あぁ。たった五人の騎士で二十人の山賊一味を討ち払ったと聞いている。大層屈強な騎士たちであると思ったのだが、違うのか?」
まずは道中の山賊による襲撃を労わろうとしたルーファウスの言葉に、アルテアはきょとんと首を傾げた。問い返すルーファウスに、彼女は事も無げに言い放つ。
「賊を討ち払ったのは二人ですわ。そこにいる騎士団の軍隊長であるリヴァンと、副隊長の二人。残りの三名は私の周囲を固めてくださってましたもの。ねぇ、リヴァン?」
彼女の後ろに控えていた騎士リヴァンは、向けられた問いに淡々とした口調で返す。
「最優先すべきはお嬢様の身の安全ですから。賊を討つ間に守りが手薄になっては意味がありませんので、私と副隊長で対応いたしました」
「ふ、二人で二十人を……?」
驚愕に目を見張るルーファウス。リズリアもまた目を丸くし、黒髪の騎士に視線を向けた。
なるほど、連れてきた護衛がたったの五人であるわけだ。それだけで十分だという確証がバルニア侯爵にはあったのだろう。
あらゆる意味で恐ろしい人たちだと、リズリアの背に冷たい汗が伝った。




