第25話 嫉妬のごちん
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絢爛豪華な舞踏会も終わり、ヴァールヴィーク一行は王宮内にある来賓用の別棟へと案内されていった。
リズリアはといえば、宴の間は給仕の手伝いに参加していたものの、基本的には王子付きの傍女であるため、来賓の世話を担当する侍女からは外されている。宴の後片付けや客人の世話は本来のリズリアの仕事ではないのだ。
寝床を整え、主を着替えさせ、心地良い休息を与えることが宴後の傍女の仕事であるわけだが──。
「ル、ルゥ……? くすぐったい……」
当の主は私室に戻るなり寝台にリズリアを押し倒すと、その上に覆い被さり──というより倒れ込み、すりすりと甘えるように頭をすり寄せていた。
「疲れた……」
ルーファウスの声音が子供のように緩み、頬から耳にかけての肌がわずかに火照っている。一瞬、魔力の溜まり過ぎかと心配したリズリアだったが、ふわりと漂う酒精の香りに彼が酔っ払っているだけだと気づく。
彼はあまり酒に強い方ではなかったはずだが、あのような場で主催側の王子が飲まないわけにもいかなかったのだろう。
「……本当に、ルゥにとっては気疲れすることばかりでしたね」
「ん」
背中をぽんぽんと叩いてやると、ルーファウスはオリーブの瞳を和らげ、嬉しそうに触れるだけの口づけを何度も降らせた。
(ルゥは酔うと甘えるタイプなんだ……。可愛いな……)
金糸の柔らかな髪を撫でていると、口づけが首筋へと下り、侍女服の留め紐がほどかれていく。肌を滑り、鎖骨をなぞる唇の感触を心地良く思いながら、リズリアの吐息が乱れ始めた。
しかし不意に、肩口にがぶりと噛みつかれる。
「──いっ……! ル、ルゥ!?」
突如与えられた小さな痛みに、思わず身体が跳ねた。
何事かと目を向けると、オリーブの瞳がじっとりと睨み上げていた。
「思い出したことがある」
「な、何ですか……?」
つい今しがた「疲れた」と甘えていたではないか。一体なぜそのような怒った顔をしているのか。
情緒不安定だろうかと狼狽えていると、今度は額をごちんと軽くぶつけられた。
「舞踏会のとき、あのバルニアの軍隊長と楽しげに話していただろう」
「……?」
何のことか一瞬分からず、リズリアは首を傾げた。そのまま記憶を辿り、令嬢たちに追い回されて逃げていた、黒髪の男をぼんやりと思い出す。
しかし彼には給仕として酒のおかわりを手渡し、一言二言のみ言葉を交わしただけのはずだ。
楽しげにと言われたが、笑みを見せられた覚えがなければ見せた覚えもない。
「バルニアの黒狼は剣の天才で、美丈夫だ。その精神は高潔で、まさに騎士たらんとする男であると聞いている」
「……そうですか。意外と庶民派でしたけど」
「やっぱり言葉を交わしたんじゃないか」
「わ、私はただ給仕の仕事でお酒のおかわりを渡しただけで……」
身体を起こしたルーファウスが不機嫌な目で見下ろしてくる。
オリーブの瞳に燃え上がる感情をリズリアは知らない。──いや、知識としては知っているが、リズリア自身は抱いたことのないものだ。
それは当然、ルーファウスに愛されていることに絶対の自信を持っていたから──などということはなく、リズリアには欲という感情が乏しかったからに過ぎなかった。
日々飢えることなく食事を提供され、寝床は暖かく柔らかい。
衣服も上等で肌にかさつかず、それを毎晩脱がせる男は自分を愛してくれている。その全てが尊く得難いもので、自分には分不相応なほどに幸福なことだと心底思っていたのだ。
だから、彼が次に零した言葉に込められたその独占欲は、リズリアにはうまく理解することができないものだった。
「俺は……妃を娶ったら、バルニア侯爵の娘と婚姻を結んだら、その娘を抱くことになる。だが、だからといって、理不尽ではあるかもしれないが……お前が他の男と浮気していいことにはならないからな」
「…………うわき?」
うわき。浮気。浮ついた気持ち。他の男に気が浮つくとはどういうことだろうか。リズリアはそんなふうに懸命に思考を働かせるが、何一つまともな回答が出てこない。
「そうだ! 浮気は許さんからな! 俺とお前は……その……」
そこで一度言葉を切ると、ルーファウスは酔いとは別の、いつものツンとしてデレるときの表情で真っ赤になった顔を逸らした。そして、すごく、ものすごく、うっかり聞き逃してしまいそうなほどの小さな声で続ける。
「恋人なんだからな……」
聞き間違いだろうかと思ったリズリアは、音が近しい単語を脳内で必死に探した。しかし、何と聞き間違えたのかが一向に分からず、他の人間が聞けば無神経だと言われてしまいそうな問いを向けてしまう。
「私たち、恋人……なんですか?」
「っ……!」
ごちんっ、と、再び額をぶつけられる。
「いっ……たぁ!」
あの中年魔術師に良くない教育でも受けていたのではないか。どう考えても王子の取る行動ではない。
本日三度目の頭部への打撃である。王宮で得た学の全てが弾け飛んでしまいそうだ。
ルーファウスはむむむっと引き結んだ唇をひん曲げ、かと思うと、噛みつくような口づけを落としてきた。
「自覚がなかったなら今しておけ……。俺が生涯愛するのは、お前だけだ、リズ……。誰にも渡さないからな……」
「ルゥ……」
侍女服をすぽーんっと脱がされ、肌に赤い華が咲いていく。
その都度にちくちくとした痛みと、彼の熱が胸に染み渡る。
(……仕方ないなぁ)
リズリアは小さくため息を漏らすと、金糸の髪を撫でた。
「私が欲しいのは、あなただけですよ? このまぐわいだって、あなたとだからしたいんです」
「……リズ」
わずかに身体を起こすと、額を擦り合わせるルーファウス。
「嬉しいことを言ってくれるが、人前で……特に王宮ではそんな言葉は使うなよ? 品がないと思われるぞ」
「あ……そうでした。つい」
せっかくまともになってきたというのに、育ちの悪さというものはなかなか矯正できないものだなと思いながら、リズリアは「えへへ」と笑った。
それを見てルーファウスもまた、笑みを浮かべる。
二人は笑い合いながら唇を重ね、未熟ながらにも深い思いを交わし合う。
そんな若い恋人たちの運命が動き始めたのは、それから二か月後──。バルニア侯爵令嬢、アルテア・ドラッカールが顔合わせのためにローディア王宮へと来訪した日だった。




