第24話 絢爛豪華な舞踏会にて
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舞踏会の場は、ほとんどがバルニア侯爵たるリカルド・ドラッカールとヴィオラ夫人が主役だった。
身長が高く、精悍な顔つきで体躯も良い侯爵と、美しく洗練された気品溢れる佇まいの夫人は、誰と踊っても様になるのだ。極めつけは、最後に行われた彼ら夫妻揃っての舞踏である。
その圧倒的な美しさは、見る者を魅了し、皆が息を呑んだ。直前に夫人と踊ったルーファウス第三王子でさえ引き立て役に見えてしまう程に。
(かっこよかったよ、ルゥ!)
給仕に勤しんでいたリズリアはグッと拳を握りしめ、懸命に目でそう訴えていたが、ルーファウスの表情は浮かなかった。
王子とはいえ成長途中の少年と青年の境目であるルーファウスが、完成された武人のような体躯で、且つ渋みを持つ大人の侯爵に華やかさで敵うはずもない。
王太子もまた同様に影が薄れ、なんとか同等に周囲の目を惹けたのは王妃だった。異国の血を引く王妃は褐色の肌を持ち、四十路を目前にしながらも皺一つなく、体型にもメリハリがある。
威風堂々たる美貌の王妃は、自尊心がへし折られそうな息子たちをリードしながら、さすがというべき貫禄で見事な舞踏を披露した。そして、国王陛下との最後の一曲もまた、おおらかで余裕のある威厳を見せつけたのだ。
(なんか……親善の宴のはずなのに、華やかさ決戦みたいになってる……)
リズリアは泡酒を注いだグラスを配り歩きながら、王侯貴族の絢爛たる美の競演に若干引いていた。
一年王宮で暮らしていても、所詮は根が貧民なのである。華やか過ぎる光景には及び腰になってしまう。
そんな中、同じように肩身が狭そうにしていたのは、意外にもバルニア騎士団の若き軍隊長であった。
「ねぇねぇ、あちらの方がバルニア騎士団の軍隊長さまなのでしょう? 噂に聞いてるより麗しい方でいらっしゃるわ。私、一緒に踊っていただこうかしら」
「あら。でもあの方は下位貴族の男爵だそうよ。とても美しいけれど、さすがにちょっと身分差が……」
「えぇっ!? で、でも一夜の思い出にでも……あぁでも、お父様に叱られてしまうかしら……」
多くの貴族令嬢たちが麗しき黒髪の騎士に色めき立っていたが、一緒に踊りたいけど誘うわけにもいかないと、右往左往していたのだ。
そもそも令嬢の方から殿方を誘うこと自体が稀なことだ。ましてや格上の家柄の令嬢が下位貴族の男爵などを誘ったりしては家の格が落ちてしまう。
当の若き軍隊長はといえば、壁と同化しようとしているのかと思うほど端に寄り、物言わぬ彫像のように気配を消している。男女が逆であれば、いわゆる壁の花状態である。
しかもよくよく見てみれば、令嬢に囲まれそうになる気配を察しては、すすすっと他の貴族の間に隠れるように紛れてしまうのだ。気配察知能力の無駄遣いである。
彼の近くで誘われ待ちを試みようとする令嬢たちはそのたびにさりげなく避けられ、ハンカチでも噛みかねない顔で悔しがっていた。
(何してんの、あの人……)
顔見知りを見つけたので声をかけに行きました、とでも言いたげな顔で、するすると器用に人波をすり抜けては令嬢から逃げる麗しき黒髪の騎士。
それを追いかけては、付近で壁の花を装い、誘われるのを待つ令嬢たち。
(黒狼って呼ばれてた気がするけど……、何ていうかむしろ……)
リズリアはつい、障害物を難なく避けて歩く猫を思い浮かべてしまう。
そのまま微妙な距離の密かな追いかけっこを眺めていると、ふと彼の持つグラスが空であることに気がついた。
主賓の一人が空のグラスを持っているのを放っていくわけにもいかず、リズリアは彼に歩み寄る。
(名前……何だっけ? バルニア侯爵の印象が強すぎて……。まぁ、いっか)
名を呼ぶことなどなかろうと思い、リズリアは彼の名を思い出すことをあっさり諦めた。
そして黒髪の騎士もさすがに給仕の女性までは警戒しないだろうと思ったのだが、如何せん、さり気なく追いかける令嬢が後を絶たないのだ。泡酒を渡したいだけのリズリアは、最後にはなぜか意地のような気持ちで彼を追いかけていた。
それによってリズリアは、トレイに乗せたグラスの泡酒を零さぬよう、手の位置は決して上下させずに最低限の揺れで早足で移動するという、よく分からない器用な能力を手に入れた。
「お、おの……お飲み物のおかわりは、いかがでしょうか……」
なぜか息を乱してグラスを差し出す侍女に振り返り、黒髪の騎士は戸惑ったように目を丸くした。
「あ、あぁ……。ありがとう」
喉が渇いていたのか、受け取った泡酒を彼は一気に飲み干した。あれだけ追いかけっこしていれば無理もないと、リズリアは空のグラスをまた受け取る。
「まだお飲みになりますか?」
「いや、もう…………いや、やはりいただいておこう」
リズリアがトレイに残っていた別のグラスを差し出すと、黒髪の騎士は逡巡した様子を見せながらもそれに手を伸ばした。
おかわりが欲しいというよりは、手持ち無沙汰なのでとりあえず持っておこうという様子だ。短く息をつく騎士に何となく親近感が湧いたリズリアは、つい声をかけてしまった。
「お楽しみになられませんか?」
「え? あぁ、いや……」
晩餐会のときまでの凛とした姿とはかけ離れた、困ったような顔で騎士は頬を掻いた。
「華やかな社交界の場が苦手なだけだ。主夫妻の見事な舞踏を目にできることは、心底光栄だと思っている」
(こちらの王族の舞踏には興味ないってことね……)
主に仕え、命を賭して闘うのが騎士というものだとリズリアは教わっている。彼の中では主催である他国の王族よりも、己の主の方が格上の存在なのだろう。
そう納得していると、彼の主であるバルニア侯爵が夫人との舞踏を終え、満足げな表情で戻ってくるのが見えた。
リズリアは黒髪の騎士に小さく頭を下げると、最後に言葉をかける。
「そちらの泡酒はそれなりに強いお酒でございますので、飲み過ぎにはご注意くださいませ」
「あぁ。気遣い感謝する」
踵を返し、その場を去るリズリアの背後に明るい声が飛んできた。
「リヴァン。まーたお前は誰とも踊ってないのか? 今回は護衛での参加ではないのだから楽しめと言っておいただろう」
「ご勘弁ください、リカルド様……。私はどうにも……」
「リヴァンったら、私のことも誘ってくださらないんですのよ」
「ヴィオラ様まで……。貴女様は侯爵夫人にして王女なのですから、私などと踊るものではありません」
どうやら若き軍隊長は主夫妻に可愛がられているらしい。切れ者と謳われるバルニア侯爵夫妻が厚い信頼を寄せるほどの男なのだろう。
壮年の宮廷魔術師が「油断できない男だ」と警戒するほどの武人であるはずなのに、意外にも腰が低く、庶民的で、話しやすい人物だった。
(そうだ。思い出した。リヴァン・スカルデさまって名前だった……)
背後から聞こえてきた名前を心で復唱しながらリズリアは安堵する。
同盟国最強の騎士団軍隊長なら、将来のローディア国魔術騎士団長となるルーファウスとも付き合いができるかもしれない。悪い人ではなさそうで良かった。
そう思いながら無意識にルーファウスへと視線を向けると、オリーブの瞳と目が合った。人波の中で視線を交わせたことが嬉しくなり、リズリアはふわりと微笑む。
侯爵夫妻の引き立て役になってしまったことを引きずっているのか、ルーファウスは気まずそうに視線を逸らしてしまったが、その一瞬、彼の瞳が和らいだように見えた。
(この同盟も、ルゥの縁談も、いずれはこれで良かったってきっと思えるはずだよね)
若き軍隊長の名を今度はきちんと名前を覚えておこうと思いながら、リズリアは給仕の仕事へと戻った。




