↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/53

第23話 腹を括れ(後)

「大変ですよね……。私、王宮(ここ)に来るまでは王族や貴族って、ただひたすらに贅沢してるんだと思っ……いったぁ!」


 さらに続けたリズリアの言葉が、鈍い音とともに頭頂部に落ちた衝撃により遮られる。宮廷魔術師の怒りの鉄拳が娼婦上がりの傍女に落とされたのだ。


「おま……っ、お前は……! この一年でしっかり成長したかと思っていたというのに……!」

「何よ! オジサンの乱暴者! 拳骨しなくてもいいじゃん!」

「やかましい! 尊き王侯貴族と娼婦を同列に語るとは何事だ! 俺なんぞよりよほど不敬な物言いだぞ!」


 以前より柔らかく肉のついたリズリアの左頬をマルディアスが怒りのままに引き伸ばし、そのマルディアスの白い顎髭を毟らんばかりにリズリアが引っ張り返す。

 それは奇しくも一年前に、マルディアスがリズリアを王宮に連れてきたときと同じ光景だった。

 言っていることはマルディアスの方が正しいであろうにも関わらず、親子喧嘩どころかいっそ同等レベルに見える争いに、ルーファウスは堪らず声を立てて笑う。


「ははははっ! そうか。俺たち王侯貴族も娼婦と同じか。あははっ!」


 普段は柔らかな表情を見せることはあれど、基本的にルーファウスは無愛想だ。そんな彼の年相応な笑い顔と声に、喧嘩中の二人の手と足が止まる。

 せっかく整えた髪を乱したまま、マルディアスは怪訝な目を彼に向けた。


「で、殿下……?」

「そうか……そうだな。だから俺は、お前が好きなんだよ、リズ」


 ルーファウスの笑みが和らぐ。彼が表立ってリズリアへの好意を示すことは今までなかった。彼が王子で、リズリアが娼婦上がりの傍女である以上、互いの立場を弁えていたからだ。


(えぇっ!? オジサンの前で言っちゃっていいの、そんなこと……)

 

 慌ててルーファウスとマルディアスに視線を行き来させたが、壮年の魔術師はそこには大して突っ込むつもりもないようだった。若い王子を窘めることもせず、ただ物憂げに言葉を呑み込んでいる。

 彼はずっと以前から既に知っていたのだろう。だからこそ数カ月前、荒療治のようにリズリアを押し倒したのかもしれない。

 長い付き合いがあるためか、ルーファウスの方もまた、マルディアスに対しては己を偽るつもりはないようにリズリアには思えた。

 

 ひとしきり笑ったルーファウスは、今度は切なげに目を細める。


「俺もお前も、皆等しく……同じ人間なんだよな」

「ルーファウス殿下……」

「そう生きられたら……良かったのにな」


 眉尻を下げ、泣き笑いのような表情を浮かべると、ルーファウスは背すじを伸ばし、思いを振り切るように踵を返した。


「得られぬものを欲しても意味がない、か……。今なら、お前の気持ちが分かる気がするよ」

「……ルゥ」

「殿下」


 同時に声をかけた二人には振り向かず、ルーファウスは天井を仰ぐ。


「たとえ民草の上に立つ王族であろうとも、俺は、人として抱いた思いは捨てない。妃を娶っても、子が生まれても、俺の気持ちは変わらない。リズも変わらず傍にいる。……それ以上を欲することは、やはり傲慢というものなのだろうな」


 違う、と言いかけたリズリアの肩をマルディアスが掴んだ。

 何かを言い含めるような眼差しがリズリアを制する。ゆっくりと首を振るマルディアスを見上げ、リズリアは震える唇を引き結んだ。

 欲しても決して叶わぬ憧憬を、リズリアは嫌というほど知っている。胸を締め上げるような痛みが生きることを苦しくさせるから──それでも死ぬことは怖かったから、ただ生きるために、いつしか何も望まぬ子供になった。


(私はルゥがいたから欲しいと思えるようになったのに……ルゥは私がいるから、欲しがることをやめてしまうの……?)


 目頭に熱が集まり、視界が滲みだすと、リズリアの耳元に小さな声が落とされた。


「惚れた男が腹括ってんだ。お前が泣くな」


 言葉の厳しさとは裏腹に、いっそう泣きたくなってしまうほどの優しい瞳がリズリアを見下ろす。


「オジサン……」

「ほれ、行け。傍女は常に、主の傍らについているものだろう」


 顎をしゃくって前方を示される。反射的に視線を向けると、ルーファウスは既に歩き出していた。開いた距離にハッとしたリズリアは大きく息を吸い込み、ぐっと目頭に力を入れる。


「お前も腹を括れ。傍にいるということは、誰よりも近くで、愛しい者の苦しみを目の当たりにするということでもあるんだぞ」


 マルディアスの大きな手がリズリアの小さな背中を押す。

 その温もりを背に受けながら、リズリアは小さく微笑んだ。


「うん……。ありがとう、オジサン。……私、オジサンが旦(・)那(・)様(・)で良かった」


 自身の頬を両手でバチンッと叩くと、リズリアは小走りでルーファウスを追いかけた。

 娼婦にとって身請け先の男は旦(・)那(・)様(・)。彼女を娼館から連れ出したのがマルディアスであるから、それは決して間違いではなく──むしろ、以前マルディアス自身が彼女に対してそう言ったこともある。

 それでも壮年の魔術師は、無邪気に言い残した少女の背を見送り、深く息をついた。


(……ガキのお守(も)りなんざ、するもんじゃねぇな)


 リズリアを買ったあの日──マルディアスは初めから彼女を抱くつもりでいたわけではなかった。人気第一位(ナンバーワン)の娼婦の予約が既に埋まっており、第二位の少女娼婦が空いていると言われたので、どんな娘なのか顔ぐらいは見ておこうという程度の思いでいた。

 幼いうちから娼館に売られた少女が暗く怯えるような目をしていたなら、適当に菓子でもやって仮眠するつもりでいた。

 ──だが、目の前に現れた少女は、しおらしくしながらもプロの娼(・)婦(・)の目をしていた。客を悦ばせ、望む愉しみを売ってやろうという、いっそ開き直ったような目だった。

 だからマルディアスは、少女を可(・)哀(・)想(・)な(・)子(・)供(・)ではなく、い(・)っ(・)ぱ(・)し(・)の(・)娼(・)婦(・)として扱った。


(似てんだよなぁ……あの二人)


 娼婦の面を外せば、少女はただの物知らずな小娘だった。それが、元弟子の小生意気な少年と重なった。

 どうにも王族らしからぬ純粋さと、情の深さを持った少年と──。


(あぁ、くそっ。……イライラする)


 リズリアにめちゃくちゃにされた髪をかき上げると、マルディアスは二人が去った方向へと自身も足を向けた。



次の更新は火曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。