第21話 結ばれた良縁
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表向き、晩餐会は驚くほど和やかで明るい空気のまま終わりを迎えた。
ヴァールヴィーク国一行──いや、バルニア侯爵夫妻は、ローディア国と同盟を結んだ記念に催された親善の宴の場で、自分たちの娘と王子との縁談まで成立させてしまったのだ。
縁談については国王陛下も狙っていた節はあった。だが、「人質を寄越せ」と言うも同然の申し出をどう切り出すかは悩ましかったはずだ。
それを、ヴァールヴィークの王女殿下でもあるバルニア侯爵夫人があっさりと自ら申し出た。事前に夫に指示されていたのか、あるいは夫人自らの意思だったのか、そんなことはどうでも良いことだ。
バルニア侯爵が切れ者であり、夫人もまた、そこに並ぶに相応しい器であったということは紛れもない事実なのだから。
これで両国の結びつきは一層強固なものになり、バルニア侯爵の格もさらに上がることだろう。
そんなことを訥々と話しながら、ルーファウスは私室でリズリアをきつく抱きしめていた。表情は見えないが、悔しさに奥歯を噛み締める音だけがリズリアの耳に届く。
「でも、良い縁談であることに変わりはないんですよね? あちらは国王の孫娘なわけで、両親ともに賢い方なら、きっと御息女も……」
「分かってる。いずれは妃を娶らなければならなかったことも、この縁談がこれ以上ないほどに良いものであることも……」
舞踏会前に衣装を着替えるという理由で一旦私室に戻ったルーファウスだったが、ヴァールヴィーク一行以外の人間は皆、魔力譲渡のためであると察していた。
ルーファウスのリズリアへの魔力譲渡は、持病のために定期的に治療を受けることと同義なのだ。それを咎める者は一人もいなかった。
だが、その心中まで察していたのはおそらくマルディアスだけだったろう。彼だけが、ただ無言でルーファウスの肩に手を置いた。
「王家の血筋を残すことは、俺に課せられた責務だ。王子として避けられないことであることも分かってる……」
三年前に結婚したらしい王太子夫妻にまだ子供は生まれていない。第二王子は言わずもがなで、子をもうけるどころか、妃を娶れるかどうかさえ危ういところだ。
王位継承権がさほど高くないとはいえ、第三王子のルーファウスに王が期待していることは間違いないはずだった。もしも子が生まれたら、王太子夫妻のもとに養子に出すことも考えているかもしれない。
「……俺は、お前以外の女を抱きたくない」
「ルゥ……」
「それに……お前との間に成せぬ子を、他の女との間にもうけるのも嫌だ……」
震える声を絞り出すルーファウスに、リズリアはその背を撫でることしかできなかった。
(私は欲しいなんて思ったこと一度もないけど……ルゥはやっぱり、赤ちゃん欲しかったのかな……)
リズリアが子を宿せない理由は、当然ながら霊獣ノクスレアだ。
霊獣が腹の中心に宿ってしまったせいなのか、あの日以降リズリアに月の道は来ていない。それがなくとも、身体を繋ぐたびに、注がれる子種をノクスレアが全て魔力とともに喰らってしまうのだから、子ができるはずもない。
リズリア自身の想いはといえば、彼がいずれ妃を娶ることは最初から分かりきったことだったため、異を唱える気もなければ嫉妬の情もなかった。
日頃与えてもらえる熱情を同じ温度で返してやれないことを、申し訳なく思う気持ちはある。
だが、苦しくなるだけの感情は抱かない、得られないものを欲して嘆くことに意味はないというリズリアの中に深く根差す信条が、生まれて初めて抱く恋しい感情の温度を下げていた。
「……リズ。俺はお前以外の女を妻とは呼びたくないんだよ……」
ルーファウスが唇を重ねる。魔力譲渡のために設けた時間のはずなのに、何度も何度も、食むように触れるだけの口づけを繰り返す。
愛おしさだけが込められたその熱がリズリアの心をほどき、小さく痛ませる。
(私はルゥに……何をしてあげられるんだろう)
出会った頃よりも広くなった背中を抱き返すと、安堵したようにようやく彼の湿った熱がリズリアの唇をなぞった。
それを迎え入れ、魔力とともに注がれる甘い熱の心地に、リズリアの涙腺が緩む。
「……ルゥ。何があっても私は、あなたの傍にいますよ」
「……美味い飯が食えなくてもか?」
精一杯伝えたつもりの想いに、なぜかルーファウスは拗ねた子供のような表情を見せた。身に覚えがあり過ぎて仕方がないことではあるが、どれだけ食い意地が張っていると思われているのか。
への字になってしまった唇がまた愛おしく思え、リズリアはふわりと笑みを浮かべる。
「今は美味しいご飯よりも、ルゥの方が好きです」
褐色の頬を両手で包むと、同じ色の手がリズリアの頬を包み返した。
「……その言葉、忘れるなよ」
リズリアの顔を引き寄せると、ルーファウスは再び深く口づけた。




