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第20話 晩餐会の謀

 ◇◇◇


 晩餐会は式典のときとは異なり、意外なほど和やかな雰囲気になっていた。

 バルニア侯爵はそれまでの威圧的な雰囲気を解き、気さくな笑みを浮かべながら国王陛下や王太子、ときには第三王子ルーファウスにも声をかける。第二王子はといえば、やはり体調がもたなかったようで、晩餐会とそのあとの舞踏会は欠席ということになった。

 

 自ずと彼の傍女も主の世話のために抜けてしまったため、リズリアが代わりにせわしなく働いていた。

 配膳車で運ばれてきた食事の皿を席に運び、誰かのグラスが空いたのを見れば、他の侍女と目配せで意思疎通しながら酒を注ぐ。

 慌てる様子を見せてしまうとみっともないため、リズリアは内心では焦りながらも、表向きはあくまでも粛々と仕事をこなしていくことに全神経を配っていた。


 酒はヴァールヴィーク国より贈られた最高級の葡萄酒(ワイン)で、ローディア国側の人間も皆、舌鼓を打っていた。

 ちなみに王家以外の参加者は魔術騎士団練兵師範でもある宮廷魔術師のマルディアスと、王都直轄騎士団の団長である。

 王都直轄騎士団の団長は初めて顔を見たが、名前は聞き逃してしまった。以前にも教わったことのある名前のはずだがどうにも浮かんでこない。前職では客の情報を覚えることが得意だったリズリアだが、今は忙しくて覚えている余裕も思い出す余裕もなさそうだった。


(あ……この人、瞳も真っ黒だったんだ……。珍しいな……)


 黒髪の男に葡萄酒(ワイン)のおかわりを注いでいると、一瞬視線を合わせた男が軽く頭を下げてくれた。向けられた黒曜石の瞳はリズリアが初めて見る闇夜の色を湛えている。しかしその深い色味にも、不思議と怖さは感じられない。

 むしろ、強者揃いの騎士団の軍隊長という地位でありながら、給仕の侍女ごときにも頭を下げるとは律儀な人だとリズリアは思った。


 そんな折、バルニア侯爵がふと思い出したようにルーファウスに言葉を向ける。


「ルーファウス殿下は齢十六であると聞き及んでおりますが、実に落ち着いていてご立派でありますな」

「……いや。まだまだ学ぶことも多い未熟者だよ。剣の師にも魔術の師にも、日々叱りを受けながら鍛えられているところだ」


 謙遜するような笑みを浮かべるルーファウス。それにバルニア侯爵は人の良さそうな、それこそ表情だけを見れば、ただの口達者な壮年の男というような笑みで続ける。


「殿下がそれだけの期待を受けているということにございましょう。私の娘も同じ齢ですが、いやどうにも、まだまだ子供っぽさが抜けませぬ。あれも王家の血筋を継いでいるはずなのですが、妻よりも私に似てしまったようで」

「あら。私(わたくし)も十六であなたに嫁ぎましたけれど、同じように我侭を言ってはあなたを困らせておりましたでしょう?」

「おや。そうだったかな」


 割って入ったのはバルニア侯爵の妻だった。単純に計算しても三十歳を超えているはずだが、少女のように愛らしい声だ。若々しく美しい容貌とその声質も相まって、夫である侯爵とは随分年齢差があるように思える。


「そうですよ。当時は三十路目前の男に嫁ぐのが嫌で、拗ねておりましたの。しかも侯爵といえど、伯爵から陞爵(しょうしゃく)されたばかりというではありませんか。まぁ、あなたがあの手この手で私を喜ばせようとするものだから、結局は絆されてしまいましたけれど」


 侯爵夫人の言葉に、リズリアは思わずマルディアスに視線を向けてしまった。


(バルニア侯爵って、これで四十後半なんだ……。若々しいなぁ。オジサンも見習えばいいのに。筋肉はすごかったけど)


 そんなリズリアの思考を読んでか、マルディアスがじろりと睨めつけてくる。身綺麗な格好をしているため普段よりは幾分かは若く見えるが、リズリアにしてみれば如何せん胡散臭い。

 若い妻を懸命に喜ばせようとしたというバルニア侯爵の微笑ましいエピソードもあってか、リズリアのバルニア侯爵に対するイメージはさほど悪くないものに変わりつつあった。

 同じように思ったのかは定かではないが、王が楽しげに声を上げる。


「はっはっは。バルニアを再興させた彼(か)の名高き武人も、妻には頭が上がらなんだか」

「いや、お恥ずかしい限りで。当時は自領を再興させることに必死で、若い娘の好みなど分からず、怒らせてしまうばかりでございました」


 恥ずかしそうに頬を掻く夫を尻目に、夫人は無邪気な微笑みを浮かべながら王に言葉を向ける。


「私は運が良うございました。年増で不器用な武人ながらも、夫は私を大事にしてくれましたもの」

「年増とは手厳しいのう」


 和やかで明るい会話が繰り広げられる傍らで、リズリアはふと黒髪の男が短く息をついたのが目に入った。まるで、くだらない茶番劇に呆れているかのように見えてしまう。

 そして夜闇のような黒い瞳が一瞬ルーファウスへと向けられ、すぐに手元の葡萄酒(ワイン)へと戻る。


(何だろう……今の表情……)


 首を傾げかけながらリズリアが空いた皿を片付けていると、夫人が尚も明るい少女のような声色で続ける。


「……なれど、世の御仁が皆、夫のように若い娘を蝶よ花よと愛でてくださるわけではございませんでしょう? 中には、世を知らぬ娘だからと、若妻を格下として扱う不届き者もおられるそうではございませぬか。娘にはせめて、同格にして齢の近い相手をあてがってやりたいと以前から考えておりましたの」


 無邪気に明るく発せられたその言葉に、リズリアはハッとしてルーファウスに視線を向けた。彼もまた、鴨肉のステーキを切っていた手をピタリと止め、見開いたオリーブの瞳をバルニア侯爵夫人へと向けている。

 驚きと一瞬の動揺を顔に浮かべたのはルーファウスだけでなく、王太子夫妻も同じだった。名前が思い出せない騎士団長と、マルディアスでさえ食事の手を止めている。


「如何でございましょう、ローディア国王陛下。我がドラッカール家の娘を貰ってやってはくださいませぬか。勿論、殿下に許嫁などのお相手がおられぬのであればの話でございますけれど」

「おや。アルテアを第三王子殿下にかい? 確かに、これほど良い相手は他にないが……」


 にこにこと笑みを浮かべる妻にバルニア侯爵は「ううん」と唸っている。


(これって……バルニア侯爵の娘をルゥの妃にしてくれって言ってるんだよね……?)

 

 リズリアはさりげなくマルディアスの席へ向かい、葡萄酒(ワイン)をグラスに注いだ。その意図を察してか、壮年の宮廷魔術師は嘆息とともに小声で呟く。


「まさか、夫人の方から言い出してくるとはな……」

「同盟国に自ら娘を差し出すとは……食わせ者は夫だけではございませんでしたね」


 騎士団長がそれに答える。

 ヴァールヴィーク国一行側の席に視線を配ってみれば、黒髪の軍隊長はおろか、外交官公爵たちにも特に驚いている様子は見受けられない。

 先ほどの軍隊長の表情を思えば、この流れが予定調和だったことが窺える。

 

 バルニア侯爵は妻の申し出に目を丸くしているが、おそらくは芝居なのだろう。当主ではあるが侯爵の身である彼よりも、出自が正統なる王女である夫人の方が格が高い。

 彼女が王族である以上、こちらの国王陛下はまだしも、少なくとも王子たちとは同格なのだ。彼女であれば、自分の娘を王子の妃にと申し出ることも何ら無礼にはあたらない。

 

 バルニア領主であるドラッカール家の娘は、ローディアにとっては軍事同盟を結んだ相手国の現国王の孫娘にあたる。正式に婚姻関係が結ばれれば、同盟はより強固なものとなり、ヴァールヴィーク国はローディア国を裏切れなくなる。

 それは、労せずして人質を手に入れるも同然のことだ。

 故に、国王陛下の答えは自明であった。


「それは僥倖というものよ。ヴァールヴィーク王家の孫娘を我が息子の妃にとあらば、これ以上の縁はあるまい。……のう? ルーファウスよ」

「…………光栄至極なことにございます」


 親善の宴の場にて持ち掛けられた縁談に異を唱えられるはずもなく、ルーファウスは張りつけたような笑みで答える。

 そして言葉を発することさえ許されないリズリアを、壮年の魔術師だけが同情するような目で見つめていた。

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