第19話 食えない相手
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同盟の記念式典を終えると、ひと時の休憩時間を挟んでから晩餐会という流れになった。
長旅からそのまま式典に臨んだヴァールヴィーク国の来賓たちに配慮しての休憩時間だったが、思いのほか王家の人間も気疲れしている様子だった。
特に、虚弱体質の第二王子はかなり疲弊しているようで、長椅子にぐったりと倒れ込み、彼の傍女が扇で仰ぎながら冷たい果実水を与えている。元々青白い顔がさらに血色を失っており、化粧でごまかしてやった方が良いのではないのかとさえ思える。
ヴァールヴィーク国の一行は少し離れた別室で休息を取っているため、ここには王家の人間と世話をする傍女たちしかいない。
王族ながら格式ばった場を苦手としているルーファウスもまた、第二王子ほどではないが疲れている様子だった。
(二人とも、こんな調子で晩餐会と舞踏会は大丈夫なのかな……)
リズリアも手拭いでルーファウスの汗を拭ってやり、果実水を杯に注いだ。
「あれがヴァールヴィーク国のバルニア侯爵か……。食えぬ男よ」
立派な金糸の顎髭を撫でながら呟く国王陛下に、王太子殿下が答える。
「こちらに最大限の礼を払いながらも、決して己の立ち位置を格下に置くことがない、自尊と自信に満ちたような男でございましたね。相次ぐ戦で疲弊していた国境都市バルニアをたった十年で再興させ、さらに自領の騎士団を国内最強にまでのし上げただけのことはあるかと」
「此度はあくまでも、互いに対等な立場としての軍事同盟であるからな。たとえ彼奴が王族でなくとも、国の代表としてこの場に臨んでいる以上は我らと同等だ。ただ、あの男……そうだな、ルーファウス、どう思った?」
不意に水を向けられたルーファウスはビクリと肩を跳ねさせ、だらしなくしていた姿勢を慌てて正した。そういうところはまだまだ少年のようだ。
ルーファウスは飲みかけの果実水の杯をリズリアに手渡し、一度咳払いをしてから、恐る恐るといった調子で父王へと口を開く。
「ただの上位貴族ではなく、武人であるように思えました。再興後のバルニアに実力主義を敷いたというのも頷けます。しかし、バルニア騎士団の団長は、名目上はあのバルニア侯爵となっておりますが、武人として表に出ることはないとか……」
「そうだな。だが、現在のバルニア騎士団の礎を築いたのは紛れもなくあの男だ。聞けば、爵位も持たぬ只の荒くれ者どもを武でもって叩き伏せて次々に己の臣下とし、騎士団の一員として登用していったという」
国王陛下がルーファウスに答えさせたのは、彼がいずれ公爵として魔術騎士団を率いなければならない立場だからだろう。
今回のヴァールヴィーク国との同盟は、魔術騎士団の存在が大きな意味を持つ。
ルーファウス自身もそれを理解している。だからこそ、一行が面前に現れたときからずっと、気圧されぬようにと気を張っていたのだ。
「油断できぬのはバルニア侯爵だけではありませぬぞ」
そう言いながらノックもせずに扉を開けて入ってきたのは、宮廷魔術師のマルディアスだった。いつになくピシッとした礼装に身を包み、ボサボサだったほぼ白髪の髪も綺麗にまとめられている。
(うわっ! オジサン、いつもの何倍も胡散臭い!)
危うく顔に出そうになったリズリアだったが、さすがに場は弁えているつもりだ。スンッと表情を引っ込め、他の傍女たちと同じように何食わぬ顔で頭を下げる。
式典の場でマルディアスの姿を見かけた覚えがなかったが、自分が気づかなかっただけかと納得した。この男が小綺麗にしている姿が見慣れなさ過ぎて、遠目では気づける自信がない。
「どういう意味だ、マルディアスよ」
国王陛下の問いに、礼装姿が胡散臭い中年魔術師は嘆息を漏らしながら答えた。
「同盟が結ばれる直前に軍隊長に任ぜられたというあの男──通称バルニアの黒狼、でしたかな。バルニア騎士団の軍隊長というには若すぎると思うておりましたが、堂々たる立ち振る舞いだけでなく、常にこちらを警戒しておりましたよ。いやはや、友好の契りを理解しておるのかおらんのか……。ほんのわずかな邪念を向けるだけでも睨みをきかされました。獣の二つ名を付けられるだけあって、気配に対する察知能力が非常に高い」
どうやら黒髪の男の話をしているらしい。あの若い美丈夫が軍隊長という厳つい職に就いていることにリズリアは内心では驚いていた。
滔々と語るマルディアスに国王は呆れたような表情を向ける。
「お前は何を挑発しておるのだ。友好の契りを理解しておらんのはお前ではないか」
「一瞬でございますよ。向こうがこちらを探っている様子でしたので、ほんの瞬きの戯れのようなものです。それでも気づかれてしまうのですから、大したものですよ」
言いながら、両の手のひらを上に向けて大げさに肩をすくめる。
国王は「ふむ」と頷くと、もう咎めるつもりはないようで、冗談か本気か分からない言葉を口にした。
「あの軍隊長は未婚のようであるし、我が国に王女がいれば嫁がせても良かったやもしれんなぁ」
王子三兄弟がぽかんとする中、その言葉を王妃が眉根を寄せて窘める。
「お戯れが過ぎますよ、陛下。バルニア騎士団軍隊長という格はあれど、彼の者の爵位は男爵だとか。そのような下位貴族に王家の子を嫁がせるわけには参りません」
「はっはっは。左様か。何、それこそ戯れの絵空事のような話よ。そう怒るでない」
王妃をからかうのが目的だったのかと思うほど王は楽しそうに笑うが、場の空気は和んだのか冷えたのかよく分からない感じになった。
それでもこの隙にとばかりにルーファウスがリズリアの袖を小さく引き、人差し指をクイクイと己に向けて曲げてみせる。
何か用事だろうかと耳を寄せると、彼はリズリアにのみ聞こえる小声で口を開いた。
「ノクスレアの様子は平気か?」
今日は忙しかったため、朝一に身体を繋いで以降、魔力譲渡ができるような接触は行なっていない。この一年の間、これほど長い時間、口づけもせずに間が空いたことがなかったため心配してくれていたらしい。
胸がほんのり温かくなるのを感じながら、リズリアは微笑みを返す。
「はい。今は魔力団子を少しずつ齧っているみたいです。今朝ちゃんと言い聞かせておいたので、ノクちゃんなりに、今日はいつもと違うと分かっているようですよ」
「そうか。それなら良い」
「殿下の方は大丈夫ですか?」
リズリアが問いを返すと、ルーファウスは「あぁ」と頷いた。
「……だが、さすがに舞踏会が終わるまでとなると少々きつい。どこかのタイミングで口づけだけさせてくれ」
肉体の成長に伴い、魔力量も増加する。中年魔術師が言っていたことだが、それはリズリアも実感していた。一度に流れ込んでくる魔力量はさほど変わらないが、その質はより洗練され、濃いものに変わってきている。
一度の閨による放出だけでは、丸一日は耐えられないようだ。
「承知いたしました。では、晩餐会の後にでも」
「ん。それまでは魔鉱石に少しでも流しておく」
ルーファウスの意思次第では一度の口づけや交わりで流し込む魔力量は増やせるようなのだが、彼はリズリアの身体への影響を考えてか、そうしようとはしなかった。
自身が魔力を持たないリズリアに魔力の許容量という概念はないし、霊獣ノクスレアが全て回収しているはずだが、それでも不安なのだと言う。
「王女といえばですが……」
不意に中年魔術師の声が耳に届く。
「バルニア侯爵の奥方はヴァールヴィーク国の王女らしいですな。なんでも、バルニア再興と、当時の侵攻国を退けた褒章として賜ったのだとか」
白髭の顎に手を添えて言う宮廷魔術師の言葉に、王が金糸の顎髭を同じように撫でながら「ほう」と呟く。
次いで向けられた一瞬の視線に、ルーファウスの肩が強張る。
国の頂がその目に浮かべた謀の色。そしてそれに対するルーファウスのわずかな動揺。
その意味を、そのときのリズリアはまだ理解していなかった。




