第18話 同盟相手の来訪
◇◇◇
──親善の宴、当日。
(……うわ。すっごい馬車の数……)
給仕の打ち合わせを終えたリズリアは、他の侍女たちとともに王宮の窓からそれを目撃し、緊張で肩を震わせた。
「さぁ、皆さん。急ぎますよ」
中年の侍女長がパンパンと手を叩く。
いよいよヴァールヴィーク国からの来賓が来たのだ。豪奢な馬車の数々に圧倒されている場合ではないと、皆が小走り寸前の早足で廊下を急ぐ。
客人を迎える大広間に着くと、リズリアたち侍女は王家一族の後ろへと並んだ。改めて見ると凄い面子だとリズリアは息を呑む。
国王陛下と王妃、王子三兄弟と王家が勢揃いしている。
身体が弱いらしく、普段は表に出てくることのない第二王子も参加していることにリズリアは驚いた。この一年、常にルーファウスの傍にいたというのに、その御姿を目にしたのは初めてかもしれない。
三兄弟の仲は悪くないようで、王太子妃も交えて歓談している様子だ。
第二王子は青白い顔をしているが、体調は大丈夫なのだろうか。彼の傍女を担当している侍女に視線を向けると、やはり心配そうな顔をしている。
ルーファウスと同じ金糸の髪に褐色の肌をした王妃は四十路目前のはずだが、そうとは思えないほどの凄まじい美貌の持ち主だ。王太子妃もやはり美しい容貌をしており、彼女たちのまばゆさにリズリアは目が眩みそうだった。
ふと目を配ってみれば、王太子と第二王子に付くそれぞれの傍女もまた、愛らしくも美しい顔立ちをしている。やはり常に傍に付き従う女は容姿が良い方がいいのだろう。
(私だけすっごい地味な気がする……)
やはり場違いだなと思いながらも、リズリアはさほど気に留めなかった。
平々凡々な顔立ちのリズリアは化粧映えする容姿ではあるが、自身は傍女であり、貴族でも何でもないのだからと着飾る必要性を感じていない。
そんなリズリアを寵愛しているのだから、ルーファウスは第三王子ながらも庶民的だなとリズリアは思う。
目に映るまばゆい面々をリズリアが密かに堪能しているうちに、大広間の正面扉が重く開かれた。
「ヴァールヴィーク国より、来賓の方々がいらっしゃいました」
老齢な執事の声とともに現れた来賓たちの姿に、その場にいた全員が息を呑んだ。
先陣を切って入場したのは、長身で筋肉質そうな体格をした四十前後に見える男。金糸の短髪に、整えられた顎髭、研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼光を持つ精悍な顔立ち。
出迎えるこちらは王家の面々だというのに、それに一切臆する様子もなく泰然自若の笑みで真っ直ぐに歩み寄ってくる。
(あれが……バルニア侯爵)
男が名乗る前から、誰もがそれを察していた。
顔立ちだけで言えば、宮廷魔術師のマルディアスと似た雰囲気を感じる。
だがその威圧感には明確な差があった。マルディアスは魔術騎士団の練兵師範を務めているが、束ねる立場ではない。
今目の前に現れたこの男は、多くの人間を束ね、その頂点に君臨する──それこそ、王族とも遜色ないオーラを醸し出しているのだ。
男のすぐ傍には彼の妻らしき美貌の女性が凛とした佇まいで並び歩き、そのうしろに黒絹のように艶やかな長髪を一つに束ねた、これまた美貌の若い男が付き従っている。
二十半ばだろうか。女性かとも一瞬だけ思ったが、男性用の貴族服を身に纏っている上、バルニア侯爵らしき男にも並ぶ長身と広い肩幅、そして厚い胸板で男性なのだとリズリアは判断した。
こちらの男は特に威圧感を振りまくでもないが、端正で凛々しい瞳が放つ眼光は獣のように鋭く、ただの貴族ではなさそうに見える。
彼の傍に女性はおらず、そのさらに後ろに外交官らしき中年と初老の男が二人、それぞれ妻らしき女性を連れていた。パートナーを連れていないのは黒絹の髪の男だけだ。
(あれ……? バルニア騎士団の軍隊長も来るって言ってなかったっけ?)
リズリアはつい首を捻りそうになるのを堪えた。
後方の貴族二人はどう見ても騎士ではない。中年の男の方は引き締まっているとはいえない中肉中背、初老の男の方は逆に細く薄い体格をしている。剣を振れるのかどうかさえ怪しい。
だがそうなると、当てはまるのは先陣を悠々と歩く金髪の男と、黒髪の凛々しい美丈夫ということになるが、黒髪の男の方は軍隊長というには若すぎる気がした。
(逆なのかな? 先頭の人が軍隊長で、後ろの人がバルニア侯爵……?)
名家の当主が若いうちに代替わりすることは、ままあることだと聞く。あるいは、その準備のために次期当主が寄越されたのかもしれない。
リズリアが考えているうちに、一行の足が大広間の中央に到達した。
そして次の瞬間──先頭の男の傍にいた女性がくるりと身を翻して後方へと回り、それを合図にするように、ざっと短い音を立てて四人の男性陣が一斉に床に片膝をついた。
それと同時に三人の夫人は微笑みを浮かべるとともにドレスの裾をさっと持ち上げ、深いカーテシーを行なう。
そのあまりに洗練され、統一された動きに皆の目が奪われる。
夫人たちの煌びやかなドレスはそれぞれの色合いも計算されていたのか、その正面で膝をつく男たちの所作をさらに美しく彩っていた。
「ヴァールヴィーク国がバルニア領主、リカルド・ドラッカールにございます」
先頭の男が恭しく口を開いた。
低く、太く、それでいて明瞭な、胸を震わせるような統率者の声だ。
やはり彼がバルニア侯爵だったのだ。
「此度は我らが君主に代わり、お招き与りましたこと、光栄至極に存じます」
ローディアの国王陛下も頂に相応しい威厳のある声をしているが、不敬ながらもこの男の声はさらに格上なのではないかとさえリズリアには思えた。
この一瞬で、彼らと同盟を結んだことは正解だったと、誰もが感じていたのだった。




