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第17話 立ち込める不穏

 ◇◇◇


 それからさらに数カ月──。

 霊獣ノクスレアは少しだけリズリアの言うことを聞いてくれるようになり、そのおかげで、リズリアもある程度の魔力操作を行なえるようになってきた。

 

 王宮に保管されていた魔術書やマルディアスが集めていた書物により、リズリアは霊獣というものが実体を持たない生き物であることを知った。

 封印具から逃げ出したノクスレアをマルディアスは素手で掴もうとしていたし、リズリアの中に入り込んだときも確かに異物感があったのだが、実は今も物理的にリズリアの腹のどこかに収まっているわけではないらしい。


(だからよくお腹全体をぐるぐるしてるのか、ノクちゃん……)


 おそらくノクスレアはリズリアの中から出ようと思えば出られるのだろう。

 だが、一度捕獲されてしまった恐怖のせいなのか、日々大量の魔力(エサ)を与えてもらえるせいなのか、ノクスレアが出ていこうとする気配はない。


 少々変わり種の愛玩動物(ペット)──リズリアにとってのノクスレアはそんな存在だった。嵐の日に庭に逃げ込んできた動物を保護するとこんな気分になるのではないかと思っている。


 そして、リズリアが娼婦を卒業したあの日から、一年の月日が過ぎようとしていた頃。


「親善の宴?」


 湯浴みのためにルーファウスの服を脱がせていたリズリアは、聞きなれない言葉に手を止めた。

 成長期を迎えた彼の身長はぐんと伸び、リズリアとの身長差は頭一つ分ほどになっている。リズリアも年相応に成長していたが、そもそもが小柄なので、見上げる首の角度が以前よりもきつくなってきていた。


「あぁ。隣国のヴァールヴィークと友好国としての契りを結んだらしい。あちらには近接戦闘に特化した軍事力があり、我が国ローディアには未完成ではあるが魔術騎士団がいる。互いに敵対するよりも手を組んだ方が利害が一致するということなのだろう」


 そう説明するルーファウスの表情は、いつものツンとしたりデレたりする青年のそれではなく、国の頂に座する一族としての眼光をしていた。


「要は同盟だな。それを記念した正式な宴が二か月後にこの王宮にて催される」

「正式な……ということは、殿(・)下(・)の衣装も新しく用意しなければなりませんね」


 ルーファウスが王子として話すので、リズリアも傍女として答えながら主のシャツのボタンを外していく。


「あちらも王族がいらっしゃるのですか?」

「いや、今回は軍事同盟を主軸としたものだから、その関係者が主賓のはずだ。ヴァールヴィーク国内で最大にして最強の軍事力を擁するバルニア領を治める侯爵と、その騎士団の軍隊長、あと一応王族代理で公爵が数人ってところだろうな」


 ボタンが全て外れたところで、ルーファウスがリズリアの手を取った。かと思うと、スイッチが切れたように途端にいつもの彼の目に戻る。


「……はぁ。気が重い」

「ふふっ。ルゥは格式高い集まり苦手ですもんね。王子なのに」


 リズリアもまた彼の調子に合わせて答えると、ルーファウスは子供のように唇を尖らせた。


「向いてないんだよ、そういうの。けど……俺はこれでも、いずれは魔術騎士団を率いる立場だからな。今回は絶対に参加しなくちゃならない。というか、お前も他人事ではないからな?」

「え? 私ですか?」

「当然だ。立場上、お前は俺の傍女なんだからな。不参加なはずないだろう。給仕諸々、忙しくなるぞ」


 そのような格式の高い宴に、傍女とはいえ元娼婦の自分がいてもいいものなのか。

 不安しかないのだが、主であるルーファウスが言うのだから、宴席の場にはいなければならないのだろう。

 粗相のないようにしなければと、今から緊張してしまう。


「……リズ。もしかしたら、俺はその宴で……」

「え?」


 気合いの拳を握りしめたところで降ってきた気落ちしたような声に、リズリアは懸念の目を向けた。


「……いや、いい。考えないでおこう」

「ルゥ? 何か不安なことでもあるんですか?」


 自分にできることはあるかと褐色の頬を両手で包むと、その手をさらにルーファウスの手が包んだ。リズリアの白い手のひらにそっと口づけ、ルーファウスがわずかに眉尻を下げた微笑みを浮かべる。


「俺はお前がいてくれればそれでいいよ、リズ」

「……ルゥ?」


 普段なら抱き合うときにしか吐かないようなその言葉とともに、ルーファウスはそっとリズリアに唇を重ねた。


 ローディア国とヴァールヴィーク国間の正式な軍事同盟を記念した親善の宴。

 その日が訪れるまでの間、ルーファウスは時折何かを考え込むような目をしてはリズリアに触れる日々が続いた。明らかに何かに悩んでいるような様子でリズリアも心配になったが、当のルーファウスが何も話そうとはしないのだ。

 それでも傍にいるしかないリズリアは彼に寄り添い続け、縋るような彼の愛に応え続けた。


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