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第13話 宮廷魔術師の確認(後)

「お……オジサン?」

「随分、肌艶が良くなったな。髪にも艶が出ているし、何より……」


 両腕を押さえつける手とは反対の手でリズリアの頬を撫で、そのままマルディアスの指先が首筋へ、そして鎖骨へと流れていく。


「肉もついてきた。まぁまだ貧相ではあるが、鶏がらではなくなってきたのではないか?」

「な、何……? オジサン、何するの……」

「言ったろう、確かめに来たと。お前がちったぁ王族に抱かれるに値する女になれたのかを、だよ」


 鋭い眼光がリズリアを射抜く。それはあの日と同じ、獲物を前にした雄の獣の瞳。

 リズリアはその目で放たれた言葉の意味が分からないような純朴な育ち方はしていない。

 何よりこの男は、一度はリズリアを買って抱いているのだ。


「う、嘘でしょ……? そんなことしたら、オジサンの魔力が……」


 倫理観など持ち合わせてもいなさそうなこの男に訴えるには、彼自身の不利益を盾にする方が良いはずだ。そう思って投げかけた言葉だったが、それさえ意に介さず、マルディアスの指先がリズリアの首筋を撫でる。


「っや……!」

「もう知っているだろう? 対人間の魔力は基本的に体液を通して相手に伝わるんだ。俺がお前に口づけても、舌を入れなきゃ魔力は流れない」


 中年魔術師の片手に捕らわれた両腕はびくともせず、身動きが取れない。買われたときに見た彼の全身が、年齢に見合わぬ隆々とした筋肉に覆われていたことを思い出す。

 貧相だと言われるほどに細いリズリアの手足では抵抗さえままならない。


「……つまりな、あのときのようにお前を抱いても、中に出さなきゃ魔力は喰われねぇってことだよ」

「──っ!」


 スカートを捲り、太腿を撫でる手。

 その手つきが、以前の仕事を思い起こさせる。


「……ねぇ、ちょ……っ、オジサン……! やめ……」

「思い出せ。お前はもうその身で悦楽を知っている」


 大きく武骨な手が徐々に上へと流れていく。

 堪えきれずリズリアの目に涙が滲み、喉が震えた。

 


「……っや、やだやだやだ! ルーファウス殿下じゃなきゃ、やだぁあっ!」



 目に一杯の涙を溜めたその叫びに、マルディアスの手が止まった。


「やめてよ、オジサン……。私……オジサンのこと嫌いになりたくないよぉ……」


 べそべそと年相応の子供のように泣くリズリアに、マルディアスはわずかな驚きを見せながらも、くつくつと喉を鳴らした。


「そうか。ルーファウス殿下じゃなきゃ嫌、か……」

「……っ、ぅ、ひっく、ひっく……やだぁ……」


 しゃくりあげるリズリアの手を解放すると、マルディアスはそのままその手で、大人びた精神年齢の割に未だ小さな頭を撫でた。

 雄の瞳だった眼光は穏やかに緩み、子供を宥めるただの大人の──あるいは父親のような、柔らかなものになっていた。

 年齢だけで言えば、父よりも祖父に近いのだが。


「お前がまだ以前のように、ただ受け入れたりする奴のままだったらどうしようかと思ったぞ」

「っぅえ……、え……」

「ほんっと……殿下も、こんな好いた惚れたも知らんガキに何期待してんだかな。ほれ、起きろ」


 マルディアスはリズリアの腕を引いて身体を起こしてやると、背中に付着した草や土を払い落としていく。そして手拭いを取り出すと、それこそ父親のようにリズリアの涙を拭き、鼻をかませてやった。


「……もう何もしない?」


 不安げに瞳を震わせるリズリアにため息をつくマルディアス。


「しねぇよ。お前がちゃんと『嫌だ』って言えたんだからな。嫌がる人間に無理やりさせんのは良くねぇんだろ?」


 いつぞやのときにリズリアが王の御前で言った言葉だ。それを思い出し、リズリアはきゅっと唇をへの字に曲げる。


「もっかい言ってやるが、殿下はお前とヤるのが嫌なわけじゃねぇ。……それと、お前もさっき聞いていた通り、あの方の魔力は、じきにキスだけの譲渡では間に合わなくなる」

「…………」

「俺の言いたいことが分かるな?」


 かんだばかりの鼻をすすり、リズリアはこくんと頷く。


「一応訊いておくが、『ルーファウス殿下となら、し(・)て(・)も(・)い(・)い(・)』なのか、『ルーファウス殿下となら、し(・)た(・)い(・)』なのか、どっちだ?」

「へ?」


 問われている意味が分からず、リズリアの目がまん丸になり、首がゆっくりと傾いていく。

 リズリアにとっての性の繋がりは食い扶持を稼ぐための手段でしかない。娼婦だった数カ月前まで、「しなければいけない」と思ったことは数あれど、「したい」と思ったことは一度もなかった。

 では、今は──。


(……したいかどうかなんて、考えたこともないよ)

 

 あの口は悪くとも優しい王子に対して、「してもいい」と思っていることは間違いない。

 そしてつい先ほど叫んでしまった通り、彼以外の男とはもうしたくないのも事実だ。しかし如何せんリズリアは、今まで生きていくことに関すること以外の望みを持った記憶がないのだ。

 首を傾げたまま考え込んでいると、マルディアスは短く息をついた。


「……ま。俺に答える必要はねぇが、自分の望みは間違えんなよ」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる手をしかめっ面で振り払うと、中年魔術師はなぜだか嬉しそうに破顔した。




次の更新は土曜日です。

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― 新着の感想 ―
無茶苦茶イイです! とても期待してます!続き楽しみです。
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