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第10話 王子の拒絶(前)

 ◇◇◇


 口づけが終わった直後から、リズリアの傍女教育が始まった。

 侍従がルーファウス王子の着替えを介助する周囲を、ちょろちょろと動き回りながらじっと観察する。その間、王子も侍従の男も落ち着かない様子でいたが、リズリアは気にしなかった。


(高貴な人の服って、ややこしいんだなぁ……)


 正直なところ、一つだけとはいえリズリアより歳上だというのに、一人で着替えもできないのかと思っていた。

 しかしそれは、やたらと複雑な服の構造のせいなのだと理解した。前面はまだしも、背中側の留め紐や留め具は自分では留められないのだ。

 着ていく順番にもルールがあるらしく、一人では到底着られそうにない。

 ルーファウスの指示もあり、侍従はちょっと面倒くさそうにしながらも、着せていく服について説明してくれた。


 食事の際は給仕の侍女に仕事を教わり、ぷるぷるしながら食事を運んだ。

 品性など欠片も持ち合わせていないリズリアの食事風景を目の当たりにするのが嫌だったのか、食事の作法(マナー)は王子自らが教えてくれた。

 本来なら傍女の身で王族と食事をともにすることはないそうだが、「しばらく寝食をともにせよ」という国王陛下の命令があるので仕方ないらしい。

 

 そしてリズリアが覚えなければならないのは、傍女の仕事だけではない。文字が読めないせいで食事のメニューも分からないのだ。

 従って、王子が王族として歴史や法律、詩の勉学に励んでいる間、リズリアもともに文字を叩き込まれることになった。


(今までとやることは変わらないって言ってたのに……オジサンの嘘つきめ)


 魔力過多な第三王子とただ身体を繋いでいれば良いと思っていた。中年魔術師にもそう聞いていたのに、これは全くの予想外だった。

 短い人生の中でこれほどまでに頭を使ったことなど一度もない。当然ながら娼館での生活より何万倍も良い暮らしなので、不満というわけではないのだけれど。


 しかし、本人は自覚していなかったが、リズリアは学を得る機会がなかっただけで、頭の出来は悪くはなく──むしろいい方だった。物覚えにも優れていたため、空っぽだった知識をあっという間に吸収していった。


 食事やおやつの前には、王子は必ず他の侍女や侍従を退室させ、リズリアと口づけを交わした。食前にある程度魔力を流し込んでおいた方がノクスレアが満足し、リズリアも満たされるからだろう。

 本当にルーファウス王子という人は、言動はツンケンしているが、優しい人なのだとリズリアは思う。


 

 ──リズリアがルーファウス王子に献上されてから数カ月。



 なぜか毎朝抱き枕の状態で目覚め、一日に数度の口づけで王子の余剰魔力を喰い、傍女としての仕事と勉学に励む日々が続いた。

 寝る前の口づけが最も長く濃厚ではあったものの、王子は一度たりともそれ以上の接触をしようとはしなかった。

 その頃にはさすがのリズリアも、彼が抱こうとしないのは自分が卑しい元娼婦だからではないと理解していた。しかしその本意は分からない。

 

(寝る前なんかは特に欲情しているはずなのになぁ……。なぜかキスだけだし、魔力も流れないのに毎回手を繋ぐ意味も分からない……。もういちいち合意いらなくない?)


 王子の方も、リズリアが嫌がってなどいないということは理解しているはずだ。それなのに、なぜ──。


(ま、いっか。考えても仕方ないし)


 一度は本人に尋ねてみたものの、なぜか顔を真っ赤にしてごまかされた。

 なのでリズリアは考えることをやめた。

 物事を深く考えず、基本的に大体のことは受け入れる。

 リズリアはそういう性格だった。


 そんなある日、ルーファウス王子の座学の時間が終わり、剣術の修行場へ向かおうと廊下を歩いていると、向かいから中年の魔術師が足音もなく歩いてきた。


「お久しゅうございますな、ルーファウス殿下」

「あぁ、久しいな。マルディアスよ」


 ──献上された日以来、初めての再会だった。

 マルディアスは道を空けると、片膝をついて頭を下げた。

 リズリアも一歩下がり、両手を揃えて小さく頭を下げる。

 宮廷魔術師であるマルディアスは、王子付きの傍女であるリズリアより遥かに上の立場なのだ。数カ月に渡る傍女教育のおかげで、リズリアにも多少の礼儀は身についていた。


「魔術師兵の練兵はどうだ?」

「芳しくはありませんな。兵たちの実力差が大きく、息を揃えることに難儀しております。いずれは貴方様の下に就く兵たちゆえ、しっかり鍛え上げるつもりではございますが」


 この国ローディアには、王都直轄の騎士団があり、その一つに魔術騎士団がある。

 それに属する騎士はもれなく魔術師であり、王都直轄騎士としての厳しい選定をも突破している。しかし魔術師としての実力があっても、集団での戦闘や連携ができなければ意味がない。

 ルーファウス第三王子の王位継承権はそれほど高くなく、加えて彼は魔術師でもある。そのため、いずれは公爵として王宮を出て、その魔術騎士団を率いなければならないのだ。

 

 そしてリズリアにとっては意外でしかなかったが、ルーファウスの未来の部下たちを鍛えているのが、この白髭の中年魔術師だという。

 先代の魔術騎士団長がその職を辞して以降、他にいなかったからという理由で、この男が団長代理を長く務めているとリズリアは教わった。

 本人は宮廷魔術師の肩書だけで十分だと言って、正式な団長の肩書は頑なに拒んでいるらしい。

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