幕間 悪役令嬢の昔話 前
「はぁ、全く……何で私がこんな何もないような町に泊まらなければならないのかしら」
少女はため息を吐きながら、道行く人を、並ぶ建物を見る。
それは何処にでもある平凡な光景。だが王都に住む彼女にとっては、退屈で陰鬱な気分になるには十分なものだった。
何故、王都に住む彼女がこの何もない町に来るに至ったか。まずはそこを説明せねばならない。
彼女の名はエリーザ、エリーザ・ヴァロナント。
『三大貴族』と呼ばれる名のある富豪家の一人娘だ。そんな彼女は今日、後学のために父の仕事に同行したのである。
というのもこの町のすぐ近くにある領地、そこの領主と土地に関する売買交渉を行うというのだ。
ヴァロナント家は他の『三大貴族』と違い、様々な事業を手広く行っている。今回もその一環だ。
だが一つ問題が発生した。
その領地に入る際に、必ず通過する道が大雨による落石で通行不能になってしまったのである。
岩の撤去作業と道の再整備は人員を投じても最低一週間は掛かるとのこと。そのため、エリーザたちは仕方なく、近場にあるこの町で足を止めざるを得なかった……というわけだ。
「はぁ……お父様、私少し外に出るわ」
宿泊先の、決して上等とは言えない宿屋で、エリーザはそう言った。
「待ちなさい。ここは王都ではない、野蛮な輩も多い」
「でも、ここは息が詰まりそう。外は退屈だろうけど、そっちの方がマシよ」
「ふむ、そうか。ならば……彼を連れて行くといい」
愛娘の要望を聞き入れるため、彼女の父は一人の使用人を彼女の護衛に付けた。
「バーガンディと申します。まさかエリーザ様の身辺警護を任されるとは、なんという僥倖。この私、死んでも任務を全ういたします」
「無駄口はいいわ。付いてきて」
「かしこまりました」
バーガンディを後ろへ引き連れ、エリーザは宿を出た。
◇
「それにしても、本当に貧相な人間ばかりね」
「この町は特産品も無ければ、近くに資源採集に適した場所があるわけでもありませんからね」
街道を歩きながら、エリーザとバーガンディは軽い会話を交わす。
「待てぇ!!」
するとそんな大声が、エリーザの耳に入った。
「あれは?」
「窃盗ですね。こういった町は治安も悪いですから、恐らく日常茶飯事なのでしょう」
「……」
物品を持った盗人らしく人間を、血眼で追いかける人間。
あまりにも無様な光景にエリーザは遠くから侮蔑の視線を向けた。
――――そして町を散策している間に時は過ぎ、時刻は夕方になったのだった。
「どうでしたか? この町を歩いてみて」
「どうもこうもないわ。最初に抱いた感想と同じ……退屈で、陰鬱な気分になる」
「そうですか」
町を一周し、近くにあったベンチに腰掛けながら、エリーザは頬杖を突く。
すると、そんな彼女の元に三人の少年たちが現れた。
年齢は恐らくエリーザとさほど変わらない。だがその顔ぶれはどこか悪辣に満ちていた。
「おい、お前よそ者だろ?」
少年の内の一人が、エリーザに言う。
「……だとしたら何かしら?」
本来であれば、このような輩にエリーザは反応しない。塵芥と会話する気が無いからだ。
だが今回は何故か、彼女は口を開いた。この町のあまりの退屈さにやられたからだろうか、本当の所は彼女本人も分からなかった。
「ははは! だよなぁ! そんな高そうな服着てる奴この町にいるわけねぇ!!」
「ちげぇねぇ!!」
「はははははは!!」
三人の少年は三者三様に反応する。
「……」
そんな彼らを、エリーザは半眼で見据えた。
だが……醜い顔、小汚い容姿、言動や所作から分かる学の無さ。どれをとっても彼女が嫌いな要素しかない。
「ま、いいや。それなら話は早ぇ。なんか金目のモノ寄こせよ」
そう言って、少年はエリーザに向かい手を伸ばした。
「なぁいいだろ? 金持ちならよぉ……。ちょっとくらいさぁ」
「そうそう、逆に俺たちがちょっと引き取ってのがなんつーかなぁ……そうだあれだ、親切心って奴だ!」
「……」
エリーザが少年たちを見る目が、ゴミを見る目に変化する。
町が町なら、そこに住む人も人だ――――そうエリーザは悟った。
「悪いけど、あなたたちに渡す金は無いわ。今ならまだ許してあげる、黙って立ち去りなさい……豚以下の畜生共」
『あ……?」
鼻を鳴らしながら言い放ったエリーザの罵倒に、三人の少年が反応する。
「てめぇ女! 今何言いやがった!!」
「俺たちのこと豚とか言ったか!!」
「舐めてんじゃねぇぞ!!」
三人は怒りを露にする。そこに、彼女は更に油を注いだ。
「豚じゃないわ……豚以下と言ったの。ちゃんと話は聞きなさい」
「「「っ!!」」」
その言葉が完全に三人の少年の怒りを頂点に到達させたのだろう。彼らはエリーザへと向かい飛び掛かる。
「……」
だがエリーザは何一つ動じない。何故なら彼女の横には身辺警護を任されているバーガンディがいるから。
対格差もそうだが、彼はヴァロナント家の従者として、しっかりとした戦闘訓練が為されている。子供三人程度、全く以て問題は無かった。
エリーザがこの後することは、ボロボロになり地へ倒れ伏せる少年たちを見下ろすことだけだ。
――――しかし、その時……おかしなことが起こった。
「おりゃあぁ!!」
「「「ぐはぁぁぁぁぁ!?」」」
横から現れた乱入者が、エリーザ目掛け飛び掛かった三人に飛び蹴りを食らわせたのである。
「おいおいおい!! てめぇら三人掛かりで女に飛び掛かるなんて情けねぇ奴らだな!!」
綺麗な飛び蹴りを放ち、そのまま見事な着地を決めた少年は地面に倒れた三人の少年に向かい、そう言い放った。
「ってぇなぁ……!! スパーダ、何しやがる!!」
「邪魔すんじゃねぇよ!!」
「先にてめぇをやるぞ!!」
気付けば三人の少年は怒りの矛先をエリーザでは無く、突然乱入したスパーダと呼ばれる少年へと変更していた。
「ははは!! 来いよ!! ま、最高の冒険者になる予定の俺に、てめぇらは勝てないけどな!!」
ニヤリと笑いスパーダは拳を構える。
「やれぇ!!」
「おぉ!!」
「ぶっ潰す!!」
「来いやぁぁぁぁぁ!!」
そんな少年たちの慟哭が響き渡り、その場で醜い殴り合いが発生した。
◇
「くっそがぁ……」
「てめぇ、覚えてろよ……スパーダ」
「いってぇ……歯ぁ欠けたぁ……」
数十分後、醜い争い……もとい喧嘩は終了し、三人の少年たちは敗戦兵のように、ヨロヨロとした足取りでその場を後にした。
「ふん!! 何回やっても同じだ!! 返り討ちにしてやんぜ!!」
スパーダはそんな三人の少年にそう言い放つ。そして……。
「ってぇ……」
その場に大の字で倒れた。
「……何、あなた?」
そんな彼に抱いたエリーザの感想は、それである。
彼女はスパーダたちの殴り合いを同じ位置からずっと眺めていた。そんな中、彼女は考えていた。
この少年の目的は何なのか、何故乱入してきたのか、そもそも何者なのか?
だがその答えは一切出ない。当然だ、彼女と少年は今日が間違いなく初対面なのだから。
――――だから、直接聞くことにしたのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……ってぇ……、って何? スパーダだけど」
「名前を聞いてるんじゃないわ。それに名前ならさっきの豚以下が口走っていたら知ってるわよ。私が聞きたいのは……何であんなことをしたのかってこと」
「あぁ、そういうこと……」
息を切らし、痛みを堪えるような表情で、スパーダはゆっくりと上半身を起こす。
「決まってんだろ……お前が襲われそうになってたから、助けたんだよ……」
「助けた……」
スパーダの言った言葉を、エリーザは反芻した。
「馬鹿ね。あんな奴ら、何人来たところで私の使用人が全員対処したわよ」
「使用人……」
スパーダはバーガンディを見る。どうやら彼の存在に気付いていなかったようだ。
「マジかよ……じゃあ俺無駄骨じゃねぇか!!」
「全く以て無駄骨ね。もっと状況を確認しなさい」
「……仕方ねぇだろ。お前が襲われそうなってんのが目に入ったら……勝手に体が動いちまったんだから」
恥ずかしそうにそっぽを向きながら、スパーダは言う。
「ふふ……どうやら、馬鹿じゃなく……筋金入りの馬鹿のようね」
――――あれ、今私……。
エリーザは気付いた。王都でも大して笑うことの無い自分が、こんなところで笑ったことを。
さらにおかしな点はもう一つある。
先ほどの少年たち、いや……この町の人間全員に対して感じていた不快感を、目の前にいるスパーダからは感じないのだ。
「な、なぁなぁ! ていうかさ!!」
「っ!? な、何かしら?」
心内の異常事態に脳が混乱している中、突然話し掛けるスパーダに、エリーザは思わず返答に動揺が混じる。
「使用人ってことは、お前金持ちなのか!?」
「金持ち……まぁ、そうね。というか、私を見れば分かるでしょ?」
「あぁそっか! ま、まぁそんなことはいいんだよ!! なぁなぁ富豪ならよ! 色んなこと知ってるだろ!?」
「どういう理屈よ……。けどまぁ、否定はしないわ」
父親の仕事の関係で、様々な世界事情に詳しく、加えて彼女自身も書庫で多くの本を読むことから。その知識量は確かなものであった。
「じゃ、じゃあさじゃあさ!! 色々聞かせてくれよ!!」
「い、いいけど……何でそんなに……」
あまりにスパーダの食いつきぶりに、エリーザは若干引き気味であった。
「い、いやぁ……俺生まれてからこの町周辺から出たこと無いからさ、知りたいんだよ! 外の世界がどうなってんのか!!」
キラキラと目を輝かせながら、スパーダはエリーザの目を真っすぐに見詰める。
「っ……」
まさに純粋無垢、そんな視線を向けられたことは、未だかつてエリーザは経験したことが無かった。
「わ、分かったわ……。もし明日……あなたが私の所に来たら、教えて上げる」
「ほ、本当か!?」
「え、えぇ……」
エリーザは少し詰まったような返事をした。
――――そしてその頬は、少しだけ朱色に染まっていたのである。
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◇◇◇
小話:
エリーザの父親は交渉などで各地を飛び回ってます。




