第四十話 崖っぷち
「……そうなるか」
「そうなるわ」
「……嫌だ、と言ったら?」
「魔剣は落札しない。他の富豪の手に渡り、厳重に保管されるでしょうね」
淡々と、エリーザは落札しなかった場合に起こり得る事実を告げた。
ここでエリーザの要求を断れば、三本目の魔剣は手に入らないだろう。だが、騎士になるということはすなわち、俺が冒険者をやめることを意味する。
二者択一、どちらかを取ればどちらかを捨てることになる……そんな状況。
どちらを選ぶか――――そんなもの、決まり切っていた。
「……分かった。お前の、騎士になる……」
苦渋を噛み締めながら、俺はエリーザの要求を受け入れる。
「ふふ、ふふふふふふ……」
すると、彼女は顔を俯かせる。そして次の瞬間には、顔を大きく上げ、高らかに笑い出した。
「あははは! はははははは!! やった、手に入れた!! スパーダ、あなたを……!!」
恍惚とした表情で、エリーザは俺を見る。それに対し、俺は悔し気な表情を返した。
「さぁ、善は急げ……バーガンディ」
「はい」
エリーザが呼ぶと、バーガンディさんが一枚の紙とペンを先程の広告用紙と同じように提示する。
「誓約書。これは試験運用期間で書くものじゃない。運用期間を経て、主の信用を手にし……今後、一生涯……主を守ることを誓う際に書くものよ」
カレンは言っていた。試験運用期間中に何か問題を起こせば、その騎士と主の主従関係が破棄されると。
つまり、試験運用期間を乗り切れば……その騎士は晴れて本当の騎士として主に仕えることになる。この誓約書はその証明に他ならない。
つまり……これにサインすれば、もう後戻りできないということだ。
渡されたペンを受け取り、字を書くための持ち方をする。
「……」
「ん? どうしたのかしら、スパーダ」
だが筆先が紙面に触れる直前……俺の手は止まった。
そして顔を上げる。
「なぁ……俺が騎士になったとして、お前が魔剣を落札する保証、そして仮に落札したとしてそれを俺に渡す保証は……どこにあるんだ?」
「……何を言っているの?」
俺の問いに、エリーザは訝し気な視線を向ける。今まで、彼女から向けられたことの無い視線だ。
「言葉の通りだ、信じられねぇんだよ。お前は何度も俺を言葉巧みに騙してきたからなぁ。だから、こっちもお用意させてもらったぜ」
そう言って俺は腰のポーチから、一枚の紙を取り出した。
「これは……?」
「お前が別の魔剣の在り処を知っていたのは、予想がついてた。そしてその魔剣は俺一人じゃ手に入らないこともな。じゃなきゃ、お前があれだけ素直に地下にある、二本目の魔剣の在り処を言うはずがない」
「……そうね、ご名答よ」
俺の推理に、エリーザは首肯する。
「これはお前が隠していた三本目、それを絶対に俺が手にするために書いた保険だ。騎士にはなる……だから、お前にもこれを書いてもらうぜ」
「……」
俺がそう言い、エリーザが俺の提示した紙面に目を通す。
「……いいわ。そこまで信用が無いのは残念だけれど、書面による契約には相応の重みがある。こちらもサインしましょう」
エリーザは俺の置いたペンを持ち、先程の俺と同じように筆先を紙面に走らせようとする。
――――その時だった。
「ふふ……甘いわね。スパーダ」
「っ!?」
突如として発された彼女の言葉に、俺の心臓はドクンと跳ねる。
「私の答えは、こう」
そう言って、エリーザは俺の渡したお手製契約書を、二枚になるように破り捨てた。
彼女の手から、二枚になった紙が零れ落ちる。ヒラヒラと舞ったそれは、多少の風圧による影響を受けながら、机の上へと着地した。
――――そして、
「……」
二枚となったその契約書、その内の下半分に位置する……していた部分の紙面に異変が生じた。
下半分は全て白紙、そこに黒の羅列は存在しなかった。だが……白が白でなくなり、ある文字列が浮上する。
そこには、こう書かれていた。
「『また、エリーザとの騎士契約は三本目の魔剣がスパーダに譲渡された時点で破棄される』……か。考えたわね。スパーダ」
「くっ……」
全てを見透かしたようなエリーザの発言に、俺は苦虫を噛み締めたような表情を作る。
「サラーサに頼んだのね。けど……あなたの考えは全てお見通し。あなたは、私の掌なんだから」
「てめぇ……」
策を看破され、彼女を睨み付けるが現実は変わらない。
これで俺はエリーザが提示した誓約書にサインしなくてはならないのだから。
「くそ……くそ……!! くそ……!!」
「大丈夫よスパーダ、そんなに悲しそうな顔しないで? 私はあなたを幸せにするから」
手を伸ばし、エリーザが俺の頬に触れる。
――――不思議なことに……最近似たようなことをされたような、そんな感覚を覚えた。
「……これに、書けば……いいんだな……?」
「えぇ、そうよ」
だがその感覚の既視感、その正体を探る余裕など存在しない。
俺は震える手でペンを持つ。
「さぁ、スパーダ」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
一定の間隔で苦し気に息を吐く。自分の運命を握るこの紙切れを前に鼓動の速度は加速する。
「……っ!!」
覚悟を決め、俺は筆先を誓約書の紙面に付ける。そして、自身の名前を刻み込んだ。
「これで、いいんだろ……!」
投げやりな言葉で、俺はそれを持ちエリーザに見せつける。
エリーザは目を細めた。
「良い子ね。これで、あなたは……私のモノ。さ、今日は祝いよ。私の邸宅でパーティーをしましょう。そして夜は、私と濃密な一夜を共にするの。バーガンディ、準備を急いで」
「はっ」
主の指示によって、バーガンディさんは軽く一礼をする。
「行きましょう、「私の」スパーダ」
エリーザはそう言って、俺に向かい手を差し伸ばした。
「……」
眼前に存在するその手を俺は……、
「っ!!」
自身の手を以て、払い飛ばした。
「何のつもり?」
流石に予想外だったのだろう、俺の行動にエリーザは少し声音の低い口調を向ける。
「はは……お前はすごいよ。優秀で、狡猾……俺がお前に勝てるところなんて、ほとんど無いだろうな……」
「急に、どうしたの……?」
椅子から立ち上がる俺に、凛とした姿勢を崩さずエリーザは問う。そんな彼女の言葉を無視して俺は言葉を続けた。
「だから……感謝するぜ。お前のその優秀さと、狡猾さに……!!」
「さっきから、何を言ってるの……?」
徐々に、エリーザの様子に変化が訪れる。恐らくまだ全貌を理解していないが、自分が何かとんでもないミスを犯してしまったのではないかと、そんな思いが彼女の心中を埋め尽くしているだろう。
「これが、俺の答えだ……!!」
俺は、持っていた誓約書を改めて机に叩きつけた。
「何をして……っ!?」
意味不明な行動だと、エリーザは思ったであろう。だが、そんな彼女の表情はすぐに驚愕へと変化した。
俺の書いた……いや、書かされた誓約書、その白紙部分から黒い文字列が表示されたから。
最初、誓約書に書いてあった文面は『スパーダはエリーザ・ヴァロナントに騎士として忠誠を尽くすことを誓う』というものだ。
だが今回……新たに表示された文章はこう書かれていた。
「『そして当騎士は、三本目の魔剣を譲渡されることが確約される。また譲渡された後、本主従関係は破棄される』!!!」
浮上した文面を、俺は大声で読み上げた。
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小話:
なし




