第四十一話 信じてた
「な、何で……!? 一体何をしたの、スパーダ!」
目の前で起こっている事態に、エリーザは少し混乱している。だが真実を究明すべく、俺に近づいた。
「はっ、何をしたのかって……? そんなの見て分かんだろ。そっちの誓約書にもさっきお前が見破って破り捨てた契約書と同じ細工をしてたんだよ。ま、隠してた文面は少し違うがな」
「そんなことは見れば分かるわ!! 私が言ってるのは、いつ……どうやって細工したのかってこと! 誓約書は、学園内でも権限を持った教員が作る!! こんな文面の誓約書を作るのは不可能よ!」
エリーザの言う通り、誓約書は権限を持った教員が作る。加えて作成の際には特殊な材質の紙を利用するため偽造も複製も不可能だ。
「はは……確かにな。学生……それもこの学園に出資している金持ちの子息でもなきゃ、正式なこの学園の生徒でも無い俺じゃあ、そんな芸当……不可能だ。だから頼んだ」
「何ですって……? ……まさか!?」
「ははっ、気付いたか。そうだ、グラゴリエス書庫の管理人……ビクさんはあそこの管理の他に、契約書関連の作成も行ってる……!! だから頼んだんだ……このふざけた文面が書かれた誓約書を作ってくれってな!」
サラーサとの作戦会議の後、彼女が感じていた疑問から俺はエリーザの違和感に気付き、その全貌を暴いた。そしてその上で彼女を出し抜くために考えた時、思い出したのだ。ビクさんの言葉を。
『はい。まぁ管理と言っても基本ここにいるだけですよ。たまに契約書などの書類作成なども行いますが、後は好きなだけここの本を読んでるだけです』
俺はサラーサとの話し合いの翌日、ビクさんに誓約書を作ってくれと頼んだ。こんな不純なことを頼むのは気が引けたが、快く承諾してくれた。彼曰く、「ゼノさんのような恋人がいるのに別の人に仕えるのは間違っていると思います!」とのことだ。仮期間を終え、正式な騎士にとなっても世帯を持つ者は多くいる。よって彼の言い分はおかしな点が多いのだが、ともかく助かった。
「後は、それをサラーサの魔法でこの文章を見えなくした。そしてそれを、教員がバーガンディさんかお前に渡せば俺の作戦の大半は終了だ。けど……ここで問題がある。お前がこの誓約書の細工に気付く可能性だ。お前は少しでも俺が下手な素振りを見せれば疑念を抱く。だから、偽のゴールを作ってやったのさ」
それが、俺が自作した契約書だ。
同じようにサラーサの魔法を施したアレを、エリーザは看破した。
「待ちなさい! スパーダ、あなたの行為は一見理にかなっているように見えて、不合理よ!」
「……何がだ?」
「あの契約書……あんなものを作れば、私に余計な疑念を抱かせることになる!! それを助長させて、何の意味があるの!? あなたにとって、一番良いのは……疑念を抱かせずに目的を遂行すること……それならば、あの契約書は下手をすれば自身を窮地に追い込む諸刃の剣! それを!!」
切迫したような表情で、エリーザは俺に問い詰める。その圧に屈することなく、俺は淡々と答える。
「その諸刃の剣を使って……初めて、俺の作戦が芽吹くんだよ」
「……どういうこと?」
「お前は常に警戒を怠らない、そして少しの違和感も見逃さない……。もし俺が、あの契約書を作らなかった場合、お前は確実に思うはずだ……「何か上手くいきすぎているんじゃないか」ってな」
「っ!?」
「そうなれば、お前は気付く、辿り着く……!! ビクさんの業務、そして「誓約書の細工」に……!! だから敢えて、こちらからその細工に気付かせた!! 本命への注意を背けるためにな!!」
「っ……!!」
エリーザは一歩後ずさる。だが彼女はまだ食い下がった。
「やっぱり、納得できないわ……! もし私が「上手くいきすぎている」という疑念を抱かない可能性を、あなたは考えなかったの?」
「……」
確かに、エリーザの言う通り……彼女が疑念を抱かないという前提で作戦を実行すれば、俺が書いた契約書はあまりにもリスクが高い。下手をすれば作戦が破綻する可能性だってあり得る。
――――だが、俺には一つの……「絶対的な」根拠があった。
「……信じたんだよ」
「信じた……?」
その言葉に、エリーザは意味が分からないと言った顔をする。
「俺はお前が気に食わない。人を言葉巧みに騙して、全部が自分の掌みたいに考えてやがる。けど、それに釣り合うくらいお前は頭が切れる。だから、信じた……お前のその、優秀さと狡猾さをな!!」
そう、絶対的な根拠……それはエリーザのスペック。
この二週間……彼女という人間を見てきた俺がただ一つ、それだけが信じるに足るものだった。
「まぁ、逆に俺の策が裏目に出て……お前が誓約書にも同じ細工がしてあるんじゃないかって勘付いていたら、その時点で俺の作戦は終わってた。できるだけ悔しがる演技とかしてカバーしたつもりだけど。だからまぁ、正直作戦成功の要因は運だ」
身も蓋も無いことを言うが、実際そうである。エリーザの意識を逸らすために偽のゴール、「自作契約書の細工」を用意した。だがそれを看破した後、もし彼女が「まだ何かあるんじゃないか」と考えれば……。
そこまで考えて、俺は思考を止めた。恐ろしくて考えたくなかったからである。
だが……とにかく作戦は成功し、俺は駆け引きに勝った。今はその事実を喜ぼう。
「さぁ……! 誓約書は絶対だぜ? まさか、書いてあることに文句があるワケじゃねぇよな?」
「……」
俺の言葉に、エリーザは上を見上げた。
まるで観念したように……目を瞑った。
「信じてた……か」
何故か、彼女の表情は……悲壮なものでは無かった。
まるでどこか穏やかな、満足感さえ感じるような……そんな、表情だ。
――――そして直後、彼女は言う。
「……私の、負けね」
こうして俺は初めて、俺を翻弄し続けた人間の、一枚上をいったのだった。
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小話:
頭脳戦に勝利したのはスパーダ! 第二章本編はあと二話で終わりです!




