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リリー・フリティラリアの日記  作者: 夏梅 結香
第一部 コランダム・ラトラナジュ編
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第四章 十二月二十五日

【十二月二十五日。晴れのちに雪。今日は刑事さんに私の想いを伝えるの。夜になっても刑事さんが来ないから、先に日記を記しておくの。刑事さんは私の想いを受け取ってくれるかしら?少し緊張しちゃうわね。とっておきのプレゼントも用意したんだし、きっと……大丈夫よね?】


事件から二十二日が経過し、とうとうクリスマス当日となった。コランダムは二十一日の昼にリリーにお店に来るように呼び出しを受けてから今日まで、心がざわついて落ち着かなかった。リリーの店に通うたびに二十五日のことを意識してしまい、そそくさと退店する日々を送っていた。

(今日は二十五日か。早めに仕事を切り上げてリリーに会いに行こう……)

コランダムはデスクの上に置いてあったカレンダーで日付を確認すると、自然と頬が緩んだ。

「なんでそんなにニヤニヤしてるんですか?コランダム先輩?」

ベリルはコランダムの後ろからコランダムの顔を覗き込みながら、からかうように問いかけた。

「ベリルか」

コランダムは緩んだ頬を戻し、普段と同じように冷静な様子を見せた。ベリルは、そんなコランダムの様子が面白くて仕方が無いらしく、コランダムからサッと離れて見えないように後ろを向いた。ベリルの肩は少し小刻みに震えており、笑っていることが明確であった。

「ベリル、お前は隠す気があるのか?」

「え?だって……ねぇ?あの日からずっと楽しみにソワソワしてたじゃないですか。クリスマスプレゼントを楽しみに待つ子供みたいですよ」

ベリルはそう話しながら振り返ると、ケラケラと笑って見せた。 

「俺も実は彼女とデートなんですよ」

「恋人が居たのか。初耳だな」

恋人の話になり表情の緩みきったベリルを見たコランダムは、自分もこんな風に見えているのかと考えつつ、今後はあまり表に出さないようにしようと決意した。ベリルは胸元のポケットから一枚の写真を取り出すとコランダムに見せた。

「俺の彼女です!名前はダイヤ・ホープって言うんですよ!名前の通り美人ですよね!俺もう本当に一目惚れで~!!」

「確かに、綺麗な人だな」

写真の中にいるダイヤ・ホープという女性はモノクロの写真でありながらも美しく輝きを放っていた。ふんわりとした髪、すらっとした体つき、上品な笑みを薄く浮かべている女性は、絵画で描かれたようだった。

「実は給料を貯めてて、彼女の名前にもあるダイヤのネックレスを今日プレゼントするんです!クリスマスは恋人たちの聖なる夜ですからね!」

恋人の話を意気揚々と話すベリルはまるで自分がこの世で一番の幸せ者であるとでも主張するようだった。

「なら、残業しないようにしないとな」

「はい!」

コランダムの言葉にベリルは、明るすぎる程に満面の笑みで元気よく返事をした。

「ベリル、コランダム」

班長は自らのデスクから離れずに二人を呼んだ。和やかだった空気がコランダムとベリルの表情と共に引き締まった。二人は真剣な表情でデスクへと向かい、班長の前に並んだ。

「……【薬瓶の芸術家】が事件を起こしたと報告が入った。急いで現場に向かい、捜査に当たれ」

「了解しました」

班長の指示を受けたコランダムは、短く返事を返すと一礼してその場を去り、現場へと向かった。ベリルも班長に一礼をすると足早にコランダムの後を追い、現場へと向かった。


 ベリル・アクアの一目惚れは、彼の大学時代に遡る。大学時代のベリルは親の言われるままに入った大学生活に、入学当初から退屈を感じていた。

(退屈だ……。何か面白いことでも起きないものかな……)

そんなことを考えながら、ぼんやりと大学の敷地内通路を歩いていた。

「おい、見ろよ。あの人がうちの大学一のマドンナ、ダイヤ・ホープさんだ……!」

「本当に綺麗よね……。女の私でも見惚れちゃうもの」

たまたま聞こえた男女の会話が妙に気になったベリルは、周囲を見渡した。すると、一人の女性が自分の真横を通り過ぎて行った。ふんわりとした蒼銀の髪、長い睫毛、そして何より美しく輝く青色の瞳を持つ女性だった。

(この人が……ダイヤ・ホープさん……!)

ダイヤはベリルの視線に気が付いたのか、ベリルをちらりと見るとふっと微笑みかけた。ベリルの胸が高鳴り、退屈だと感じていた何かが壊れる感じがした。

「あ、あの!」

ベリルは思わずダイヤに声をかける。声をかけられたダイヤは立ち止まり、くるりとベリルの方を振り向くと、不思議そうな顔をしてベリルに返事をした。

「……はい、なんでしょう?」

鈴が鳴るような美しい声だった。ベリルの高鳴る鼓動と顔に集まる熱は収まる気がしなかった。声をかけたのは良いものの話す話題を決めていなかったベリルは咄嗟に思いついた言葉を口にする。

「……良い天気、ですね……」

「ふふっ、そうですね」

ベリルの様子が面白かったのか、ダイヤはクスクスと笑って見せた。ダイヤの笑顔を見たベリルの緊張が少し解れた。

「俺、一年生のベリルって言います。ベリル・アクア」

「ベリルさんね。私は二年のダイヤ・ホープって言うの。ダイヤで良いわ」

「ダイヤさん……」

この時の会話をベリルは五年経った今でも覚えている。出会った日から、毎日挨拶を交わした日々、勇気を出してデートに誘い、楽しみにし過ぎて遅刻した日も、デートを重ねて恋人になった日も。全部ベリルは忘れず、記念日や誕生日は欠かしていなかった。五年後の現在、ベリルはクリスマスに決めていた。彼女にプロポーズをしよう。そして、自慢の先輩に彼女を自慢し、結婚式でお祝いしてもらうのだ、と。


 現実とは時に夢よりも甘美で、しかし時に真実よりも残酷な結果を生み出す。ベリルはその残酷さを【薬瓶の芸術家】が犯行を行ったとされる現場で目の当たりにする。現場は、ノハルト総合病院の隣に位置するエヤフィヤ教会であった。

「……ダイヤ……さん……?」

ベリルは目の前にある聖母のように飾り付けられた自分の恋人、ダイヤに震える声で呼んだ。出会った時と同じ美しく微笑むダイヤの右目はくり抜かれ、代わりに青色の薔薇が飾り付けられ、左目は出会った時と同じように美しい瞳でベリルを映している。しかし、あの日のような光を宿すことは無く、深い闇を冷たく宿らせていた。くり抜かれた右目から一筋の血が流れており、泣いているようであった。白いドレスを身に纏い、優しく誰かを抱擁するように両手を広げるダイヤの亡骸の傍には一枚のメッセージカードが添えられていた。メッセージカードには、黒のインクでこう書かれていた。

【これまでで最高の傑作です。是非、ご鑑賞ください。良い夜を。メリークリスマス】

ベリルはわなわなと震え、メッセージカードを破り捨てようとした。

「やめろ、大事な事件の手がかりだ」

ベリルの手からメッセージカードを奪い取ったコランダムは悔しそうに顔を歪めて話す。

「コランダム先輩……俺、彼女と結婚しようと思ってたんです……」

コランダムを見上げるベリルの瞳からは溢れんばかりの涙が流れていた。コランダムは黙ったまま、そっとベリルの肩に手を置いた。

「先輩に彼女を紹介して、結婚式に出てもらって……!それなのに、なんで!!なんで彼女が!ダイヤさんが、殺されなきゃいけないんですか!?」

ベリルの声は少しずつ大きくなり、最終的には泣き叫ぶように声を荒げていた。

「……落ち着け」

「落ち着け!?落ち着けるわけありませんよ!じゃあ、コランダム先輩はリリーさんが同じ目に遭っても落ち着いていられるんですか!?」

「ベリル!!」

コランダムの怒号が教会に響き渡る。ベリルはビクリと肩を震わせ、顔を俯かせた。コランダムは感情的になってしまった自分を恥じるようにふぅっと息を吐いた後、ベリルに静かに、そして力強く語りかけた。

「その悔しさは……苦しさは、捜査に向けろ……ダイヤさんのためにも……」

「俺は……絶対に【薬瓶の芸術家】を見つけ出します」

ベリルは涙で濡れた顔を上げる。決意に満ちたベリルの青緑色の瞳の奥には黒い復讐の炎が静かに燃え上がっていた。コランダムはその瞳に何も言うことができなかった。


 ベリルとコランダムは、教会側を含めた関係者に聞き取りを行った。事件現場からメッセージカード以外の手がかりが見つからなかったことで、ベリルの表情は険しくなっていた。

(……まずいな)

コランダムはそう考えながらも、聞き取りにベリルを参加させた。

「……事件の現場付近で気になる人物はいませんでしたか?」

ベリルの問いかけに教会の神父は首を横に振った。

「知りません、来た時には既にこの有様で……」

「なんでも良いんです。何か小さな出来事でも、なんでも……!」

「ベリル」

神父に問い詰めるように迫るベリルをコランダムは引き止めた。

「発見する前に見かけた人でも良いんですが……心当たりありませんか?」

コランダムは神父に問いかけると、神父は思い出したかのような顔をして話し始めた。

「それなら、私が教会に入る前に隣のノハルト総合病院にいるロサ先生が黒髪の少女と教会の前を歩いていたよ」

「……は?」

神父の言葉にコランダムは言葉を失った。ベリルは座っていた椅子からガタッと立ち上がると、聞き込みで使っていた神父の部屋を立ち去った。

「!おい、ベリル!待て!まだ聞き込みは終わっていない!!」

コランダムはベリルに大声で呼びかけるが、聞こえていないかのようにベリルは歩みを止めずにノハルト総合病院へと向かった。

「ベリル!!」

コランダムはベリルの後を追い、現場を後にした。


 ノハルト総合病院に入ったベリルは、足早に受付へと向かった。受付に飾られた甘ったるいチューベローズの香りがベリルの鼻を刺激し、心の中にある黒い感情を増幅させた。

「……ヘイヴン市警、刑事部特別捜査班のベリル・アクアです。ロサ・ポリアンテス先生は今どこに?」

「えっと……ロサ先生なら、今病室に……」

「……分かりました」

受付の女性の言葉を受けたベリルは、ロサのいる病室へと体を向けた。そして、歩みを進めようとした瞬間にコランダムに力強く腕を掴まれた。

「……ベリル、お前……何をしている」

「……ロサ・ポリアンテスを重要参考人として連れて行き、話を聞きます」

コランダムの問いにベリルは冷たく、静かにそう答えた。

「話を聞く……?俺にはお前がロサを殺しに行こうとしているように見えるが?」

ベリルは悔しそうに顔を歪ませ、コランダムの方へと体を向けると、鋭く睨みつけた。

「重要参考人を殺す?俺のこと……信用していないんですか?」

「今のお前は信用ならない」

「は……?」

ベリルはコランダムの放った一言に目を見開く。そして、言葉の意味を理解したベリルは下唇を強く噛み締めた。

「……よく、分かりました。今日から、アンタは俺の先輩でもなんでもない。……俺は一人で【薬瓶の芸術家】を追う」

ベリルはそう話すと、コランダムが掴んでいた腕を乱暴に振り払った。

「おや……これはコランダム刑事とベリル刑事。いかがなさいましたか?」

緊張の走る二人の空間を破るように、ロサは二人の前に現れた。

「……ロサ先生。隣のエヤフィヤ教会の事件について、捜査のご協力願えますか?」

「えぇ、構いませんよ」

ベリルの様子を見たロサは眼鏡の奥に光る緑色の瞳を少し細めた後に頷いた。

「事件発覚時に近くを黒髪の少女と歩いていたと目撃情報がありまして。……心当たりはありますか?」

「リリーさんと少し世間話をしながら、病院に飾る花の手配をしてもらいました」

ロサはそう話すと、受付に咲いたチューベローズを優しく撫でた。

「リリーさん……」

「おい、ベリル……まさかお前……」

コランダムは今のベリルが次に起こす行動が手に取るように分かった。

(このままベリルがリリーの元で聞き込みをするとまずい……)

今のベリルは危険だとコランダムは感じ、ベリルの肩に手を置いた。

「……俺が行く」

コランダム自身もリリーと話すべきことが多くあった。コランダムはベリルがリリーの元へ向かうよりも早く、その場を後にした。コランダムの背中を見ながらロサはベリルに声をかける。

「行ってしまわれましたね」

「……俺も失礼します」

ロサに一礼をしてコランダムの後を追おうとするベリルをロサは引き止めた。

「……少し、その事件について話しませんか?ベリル刑事」


 グルコン・フィールド街に到着したコランダムはふぅっと息を吐いた。事件のことやベリルのことで頭がいっぱいになっていたコランダムは、既に日が落ち、夜を迎えていたことに初めて気が付いた。『フラワーショップ・リリー』の扉をいつものように開くと、軽やかな店の呼び鈴がチリリンと鳴り響いた。

「あら、刑事さん。来たのね」

いつものように微笑むリリーを見て、コランダムは頬の緊張が解けていくのを感じた。

「リリー。君に聞きたいことがあるんだ」

「えぇ、刑事さん。私も話したいことがあるの」

リリーはそう言うと、いつものように紅茶を淹れ始める。茶葉を変えたのか、いつもとは違った香りが店の中に広がった。

「今日、ロサ先生と何故一緒にいたんだ?」

「チューベローズを届けるように依頼されていたの」

そう話しながら、リリーは紅茶をコランダムに手渡した。

「……そうか」

リリーとエヤフィヤ教会の事件との関連はロサ同様に低いと考えたコランダムはほっと胸を撫で下ろすと、紅茶を一口飲んだ。

「刑事さん。チューベローズの花言葉ってご存知かしら?」

「チューベローズの……?」

突然のリリーの問いかけの意図が見えず、コランダムは首を傾げた。

「そう。チューベローズの花言葉」

リリーは静かに、いつものように微笑みながら話を続けた。

「チューベローズの花言葉はね?『危険な快楽』、『危険な楽しみ』、『危険な関係』、そして『冒険』なの」

「リリー……?」

コランダムのリリーを呼ぶ声は、少しだけ震えていた。コランダムの頭の中で嫌な考えだけが駆け巡った。リリーは変わらずいつものように微笑んでいた。

「きっと、刑事さんは黒百合の花言葉が気になったはずよね?だって刑事さん、貴方は刑事だもの。そうでしょう?」

「……やめろ」

この瞬間、ベリルが白百合はリリーのようだと話していたことを思い出した。しかし、コランダムは、リリーは別の花ではないかと考えていた。

(俺は……あの時……)

コランダムの目の前に黒百合の花束が差し出される。コランダムは事件現場で黒百合を見る度に感じていた。

『あの花は、リリーのようだ』

目の前で差し出される黒百合の花束を持つリリーは、幸せそうな顔をしていた。

「……愛しているわ。刑事さん」

コランダムはこの瞬間に理解した。目の前にいる少女は、ヘイヴンに美しく咲いた黒百合なのだと。そして、すぐにコランダムはある一つの『最悪』が頭に浮かび、急いでその場を後にした。


 コランダムが急いで向かった場所は、チューベローズが咲き乱れるノハルト総合病院であった。走って荒くなった息を整えながら、コランダムは病院に入ろうとした。そして、彼は病院とその隣にあるエヤフィヤ教会との間にある路地に一つの真っ赤なプレゼントボックスが置かれていることに気が付いた。箱にはエヤフィヤ教会で起きた事件で使われたメッセージカードと同じものであった。メッセージカードにはこう書かれていた。

【メリークリスマス】

コランダムは震える手で箱を開けた。

「うあぁぁぁぁぁっ!!」

コランダムは思わず叫んだ。箱の中にはベリルの頭部が入っていた。ベリルの青緑色の瞳はじっとコランダムを見ており、頬には乾ききった涙の筋があった。

「ベリルっ……!」

コランダムはベリルの開ききった瞳を手でそっと閉ざす。コランダムは血に濡れたプレゼントボックスを抱きしめた。そしてしばらくすると、雪がコランダムの手に落ち、溶けた。

「このままじゃ凍えるな……。な、ベリル」

コランダムはプレゼントボックスを抱えて、その場をゆらゆらとした足取りで後にした。

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