二部 プロローグ
リリー・フリティラリアという少女の目に映る世界は生まれた時からずっと白と黒で彩られていた。
「うふふ……♪」
貧民街グルコン・フィールドの路地裏にて、リリーの楽しそうな声が鳴り響いた。リリーの血に濡れた手にはナイフが握られており、足元には人の形をした肉塊が転がっていた。
「もっと……もっと……!」
既に冷たくなった肉塊にリリーは何度も何度も刃を突き刺した。ザクッザクッという音と共にあちこちに血が飛び散った。冷たくなった肉塊とは裏腹にリリーの体温は上昇し、心臓がうるさいくらいに脈打っているのを感じた。リリーは返り血に染まった自分の体を愛おしそうに抱き締めた。けれど、リリーの心の奥底にそれ以上の感覚は芽生えなかった。
「私って生きているのね……」
頬を赤らめ、興奮が抑えきれない様子でリリーはそう呟いた。そしてしばらくの間、鼻の奥をツンと刺す鉄錆の香りとリリーの皮膚を撫でるように伝う血液の感覚、髪の毛先から滴り落ちる雫が奏でるメロディーをリリーは興奮を落ち着かせながら堪能した。はぁっと吐息を漏らした後に、リリーは名残惜しそうに血の溜まった床から立ち上がった。
「そろそろお店に戻らないと……」
リリーはそう呟くと、黒百合を取り出した。
「刑事さん……早く私を見つけて?」
刑事である彼のことを思い浮かべて呟くと、リリーは殺人を犯した時とは別の感覚を楽しんだ。早まる鼓動と熱くなる体であるのは変わらないはずなのに、どこか胸の奥に広がる甘い疼きを感じていた。リリーはそっと肉塊の傍に黒百合を添えた。肉塊の傍で咲く黒百合はどこか美しかった。
「私も、ロサ先生のこと……否定なんてできないわね……」
少し憂鬱そうにリリーはそう言うと、くるりと体の向きを変えてその場を後にした。コツコツというリリーの少しサイズの合っていない黒いショートブーツの足音が静かな夜に鳴り響いた。
「今日も刑事さんに会えるかしら?」
そんなリリーの問いに答える者はいなかったが、リリーはこれから起きる出来事が楽しみで仕方がないように唇を歪め、グルコン・フィールドの闇の中へと消えていった。グルコン・フィールドの夜はやがて訪れる運命を知っているかのように、優しくリリーを包み込んだ。まるで、少女の黒百合にかけた願いを叶えるかのように。




