第9話:過労で倒れた作者が総合病院へ大搬送!? 〜現代医療の過剰スペックに全員が引いた件〜
「……ぅ、うぅ……。視界が……ぐるぐると……光源氏が百人に分裂して……」 夕暮れのジパング高校・国語準備室。
教卓にしがみついた私——式部紫乃は、限界を迎えた脳のメモリを抱え、そのまま床へ崩れ落ちた。 原因は明白だった。
慣れない2026年の東京ライフ。日進月歩で進化するAIガジェット、複雑怪奇な電子決済、連夜の受験生指導、そして光先生の美貌に遭遇するたびに発生する脳内オーバーヒート。
平安時代の宮廷生活ですら、ここまで精神をすり減らしたことはない。私のHPとMPは完全に底をついていた。 数分後。 「――って、おい! 紫乃ちゃん! しっかりしなさいよ!」 慌てて駆け寄ってきた清原諾子が、私の肩を激しく揺さぶる。 「うぅ……諾子さん……私の中の十二単が……剥がれていくようです……」
「何言ってるのよ! 脈が……脈がなんか変なリズム打ってるわよ!? おい、そこの生徒たち、誰か救急車呼んで!!」 居合わせた落ちこぼれ3人組(歩実、由奈、怜)も血相を変えた。 「えっ、式部先生!? 死んじゃうの……!?」
「ま、待て、こういう時はまず最寄りの街のクリニックか内科を受診すべきでは……!」 理系サピエンスの怜が冷静にツッコミを入れるが、完全パニック状態の諾子の耳には届かない。 「街のクリニックなんて生ぬるいこと言ってる場合じゃないでしょ!! この異様な青白い顔と、源氏物語の呪詛みたいなブツブツした寝言を聞きなさい! 現代の最先端医療で全身くまなくスキャンしてもらわないと手遅れになるわ!!」 諾子の強烈なパニック判断により、放課後の校舎にサイレンが盛大に響き渡るという、前代未聞の大騒動へと発展してしまった。 一時間後。
都内総合病院・特別救急病室。 白いベッドの上、点滴チューブを繋がれた私は、酸素マスクのようなものをあてがわれ、天井を仰いで虚無になっていた。 ガラガラと激しく扉が開き、血相を変えた一団が飛び込んでくる。 「紫乃先生っっ!!」
「式部さん、大丈夫ですか!?」
「先生、心電図のモニターの音がうるさいですけど生きてますか!?」 駆けつけた生徒たちと——ひときわ心配そうな眼差しを向ける光先生。 「ひ、光様……皆様……」 私が弱々しく手を伸ばした瞬間、カルテを片手にしたベテラン医師が、何とも言えない苦笑いを浮かべて入ってきた。 「ご家族……ではなく、同僚と生徒さんですね。患者さんの検査結果が出ました」 その一言に、病室の空気が張り詰める。
諾子がゴクリと唾を呑み込んだ。 「き、医師殿……! 一体、友人の身体にどんな古代の呪いや難病が……!?」
「あ、いえ。呪いとかではなくですね」 医師はあきれたように肩をすくめた。 「ただの『極度の精神的疲労(オーバーワークによる脳疲労・栄養失調)』です。睡眠不足とストレスが限界を超え、一時的に貧血で倒れただけですね。一晩点滴を打って、美味しいものを食べてしっかり眠れば、明日にはケロっと治りますよ」 静寂。
病室の時間が、およそ3秒間フリーズした。 「……は?」
「……ただの、精神的疲労……?」
「あの……救急車を呼んで、総合病院の救急外来に担ぎ込まれて、CTも血液検査もフルコースでやった結果が……『疲れたから寝ろ』ってことですか?」 怜がドン引きした顔でメガネを押し上げる。 「はい、そうです」 「「「大げさすぎでしょ……!!」」」 生徒3人の容赦ないツッコミが病室に木霊した。 ベッドの上で、私は点滴の針を見つめながら赤面する。
「だ、だって……平安の世では、少し体調を崩せば物の怪の仕業として陰陽師が呼ばれ、そのまま……」
「ここは2026年よ!! ただの寝不足で救急車呼んで総合病院占拠するんじゃないわよ!! 恥ずかしくて私タワマンに帰れないんだけど!!」 頭を抱えてガックリとうなだれる諾子。
その横で、ずっと案じていた光先生が、ほっと胸をなで下ろした。 「よかった……。本当に、大きな病気じゃなくて安心しました」 光先生が優しく微笑み、私の頭をそっと撫でる。 「式部先生、普段から真面目に授業の準備を頑張りすぎていらっしゃったんですね。……これからは、もう少し僕を頼ってください。あまり無理をなさらないでくださいね」 「……ッ!!???」 (ひ、光様が……私の頭を……なでて……「僕を頼って」だって……!? ああ、私の脳内疲労が、光様のイケボのせいで一瞬で快癒していく……!!) 限界を迎えていた脳の回路が、再び猛烈にショートする。 「あ……あ……っ!」
「式部先生? まだ点滴中ですから、急に起き上がっては——」
「いと……いと、かたじけなさ過ぎて侍り……! 私のこの疲労困憊の肉体はすべて光様の尊さによって蘇生されました! 『ありがたし! あやし! あわれ!』ぐふっ!!」 点滴スタンドをガタガタと揺らしながら、再び白目を剥いて轟沈する私。 「「「……もうこの人、一生この調子だわ……」」」 病室を満たす冷ややかな視線と深いため息の中、私はこの上なく幸福な気絶状態のまま、深い眠りへと落ちていくのだった。 (第10話へつづく)




