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第5話:『徒歩5分』って何里なの!? 〜平安の尺貫法とSI単位系の悲しき格差〜

「——ノコササン!! この現代のからくり板(スマホ)は故障しているのではないでしょうか!?」


放課後の校内。生徒の補講の出前指導に向かうため、校門の前で地図アプリを開いていた私——式部紫乃は、画面を指差しながら金切り声を上げた。


「はぁ? 何が故障よ。地図アプリが狂うわけないでショ」

ハイブランドのサングラスを頭にのせ、優雅にアイスカフェラテを飲む清原諾子が、心底ウザそうに私を見下ろした。


「狂っております!! 見なさい、目的地まで『徒歩5分(約400メートル)』と表示されていますが……400メートルとは一体何尺(しゃく)ですか!? 何里(り)なのですか!? 平安の世において『一里』といえば約600メートル(※諸説あり、現代の4キロとは異なる)! 400メートルなど、一里にも満たないではありませんか!!」


「……あのさぁ、紫乃ちゃん」

諾子は呆れ果てたように溜息をついた。


「現代社会の標準は『SI単位系(国際単位系)』なの。メートル、キロメートル、グラム! これが世界基準! いつまで『尺貫法(しゃくかんほう)』や『一刻(いっこく=約2時間)』で思考してるわけ? だからあなた、生徒に『ここから目的地までは半刻(約1時間)ほど歩きます』とか言ってドン引きされるのよ」


「ぐっ……!! ですが現代の『メートル』などという単位には情緒がありません!! 一尺は肘から手首までの長さ、一里は歩幅の積み重ね……人間の身体と生活に根ざした単位こそが、真の文化というものです!!」


「文化論はいいから! 現代の高校生に『一町(約109メートル)』とか言っても通じないの!」


バチバチと火花を散らす私たち。

そこへ、補講のために待ち合わせしていた落ちこぼれ3人組(歩実、由奈、怜)がやってきた。


「あ、式部先生! 諾子お姉ちゃん! お待たせ〜!」

歩実が手を振り、理系男子の怜がスマホを覗き込んだ。


「……式部先生。もしかして、平安時代の単位(尺貫法)と現代のSI単位系(メートル法)の換算で混乱されているんですか?」


「怜くん……! そうなのです! この『400メートル』という表記、一体どれほどの距離感なのか、私の脳内ではピンと来ないのです……!」


怜はメガネの位置をすっと直すと、黒板(ならぬノート)を取り出してペンを走らせた。


「納得できます。歴史的に、日本の単位は時代によって定義がコロコロ変わってきましたからね。


一尺(しゃく):約30センチ(曲尺)


一寸(すん):一尺の10分の1(約3センチ)


一丈(じょう):一尺の10倍(約3メートル)


一里(り):平安時代は約530〜600メートル前後(※明治以降に約3.9キロに再定義)


先生が『一里』と言った時、平安の感覚(約600m)と現代の感覚(約4km)で7倍近くズレが生じるのは、古典の記述を読む上でも受験生がよく引っかかる罠なんです」


「おおお……っ!! 流石は怜くん!!」

私は感銘を受けて手を打った。

「そうなのです! 古典の記述で『三里ばかり走りて』とあるのを、現代の12キロだと誤解して『平安の女性は俊足すぎでは!?』と勘違いする受験生が多いのは、この単位の定義のズレが原因なのです!!」


「でしょ?」

諾子がフッ……と勝ち誇った笑みを浮かべ、怜の肩にポンと手を置いた。


「見なさい紫乃ちゃん。怜くんみたいな理系男子にはね、曖昧な感覚論じゃなくて『国際単位系(SI単位)への換算ロジック』で教えるのが一番なのよ。ほら怜くん、SI単位系の基本7単位(メートル、キログラム、秒、アンペア、ケルビン、モル、カンデラ)の定義、言ってみなさい?」


「はい。長さのメートルは、光が真空中を2億9979万2458分の1秒間に進む道のりとして定義されています」


「正解! 素晴らしいわ怜くん! これが現代の理系脳よ! ねぇ紫乃ちゃん、光の速さで定義されたメートルと、あなたの肘の長さで決まる一尺、どっちがグローバルだと思う〜〜〜??(ウザいドヤ顔)」


「〜〜〜〜ッ!! 諾子さん!! マウントを取るためにSI単位系の物理定義を持ち出さないでいただけますか!!」


ドヤ顔で年上&理系マウントを取ってくる諾子。

悔しさに歯噛みする私。


その時だった。


「——やあ、みなさん。揃ってどちらへお出かけですか?」


校門の陰から、夕陽を浴びて光先生が現れた。

相変わらずの国宝級の美貌。爽やかな笑顔。


「ひ……っ!? ひ、ひひひひ光様……じゃなくて光先生!?」一瞬で私の思考回路がショートした。


「実は僕、近くの和菓子屋さんに買い物に行こうと思っていて。式部先生、もしよろしければ……『一里』ほど、一緒に散歩しながらお話ししませんか?」


光先生が、極上の微笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。


「……ッ!!???」


私の脳内で、平安の単位と現代の単位が激しく衝突(クラッシュ)した。


(一里……!? 光様が……私と『一里』散歩……!? 平安の感覚なら約600メートル(徒歩10分)……! 現代の感覚なら約4キロ(徒歩1時間)……!! どっち!? どっちの『一里』ですか光様ぁぁぁーーーッ!? 4キロなら光様と1時間もデート……じゃなくて散歩できるということですかーっ!?)


妄想が暴走し、顔面が朱に染まる私。


「あ……あ……っ!」


「式部先生?」


「光様の……光様となら……『百里(約60キロ)』でも……『一千丈(約3,000メートル)』でも……どこまでも歩いて侍りますーっ!! ありがたし! あやし! ぐふっ!!(過呼吸で自爆)」


「えっ!? 百里!? 60キロ歩くんですか!? 式部先生!?」


パニックになる光先生。

そして私は、自爆のショックでその場に膝から崩れ落ちた。


諾子がスマホでその様子を撮影しながら、腹を抱えて爆笑していた。


「ぎゃはははは!!『光先生となら60キロ歩ける』って告白した!! 単位の換算でパニックになって限界突破してる!! 最高www」


「……あーあ。式部先生、また光先生の前で自爆しちゃった……」歩実が呆れ顔で呟く。


「……ですが、単位の定義の歴史的変遷とSI単位系への理解は深まりました」怜が満足そうにノートを閉じた。


「ノ、ノコササン……っ!! 動画を……動画を消しなさい……っ!!(地面に伏したまま虫の息)」


平安の尺貫法と、現代のSI単位系、そして推しへの暴走する恋心。

夕暮れの校門前に、最高の爆笑とツッコミが響き渡ったのだった。


(第6話へつづく)

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