第12話:シンデレラに対抗してかぐや姫をやろうとしたら、光先生の一言で婚姻届を提出しかけた件
秋風が心地よく吹き抜けるジパング高校。校内は数週間後に迫った文化祭の準備で、生徒たちの熱気とざわめきに包まれていた。
「——オーマイガー! ちょっと、式部先生? そっちのクラスの出し物、まだペンディング(保留)なわけ?」
廊下の向こうから、カツカツとけたたましいヒールの音を響かせて現れたのは英語科主任の新堂麗良先生だった。胸元には文化祭実行委員の腕章、手にはタブレットを抱え、完璧に巻かれた巻き髪をバサリとなびかせている。
「私のクラスはね、すでに企画のコンセンサスが取れて、ステージ発表でクラシカルな演劇をやることが決定したのよ。タイトルは……『シンデレラ(Cinderella)』! もちろん、主役のシンデレラは私よ! ネーミングの親和性もヴァイブスもパーフェクトでしょ?」
「……生徒の文化祭なのに、なぜ教員が自ら主役を張るのですか」
私が思わずジト目を向けると、麗良先生はフンと小鼻を鳴らした。
「ノンレギュラーの式部先生には分からないかしら? これぞトップダウンによるリーダーシップとエンパワーメントよ! それで、そっちのクラスは何をやるの? まさか、カビの生えた古典の朗読なんていうバッド・エクスペリエンスじゃないでしょうね?」
マウントを取り終えた麗良先生が去っていくと、背後から特大のタピオカミルクティーをすすりながら清原諾子が寄ってきた。
「……言われっぱなしねぇ、紫乃ちゃん。まあでも、あの横文字女がシンデレラなら、紫乃ちゃんは当然あれでしょ?」
「あれ、とは?」
「決まってるじゃない、『源氏物語』よ! あなたの代表作! 紫乃ちゃんが直々に光源氏の愛憎劇をプロデュースして、ステージ上で平安のドロドロ不倫劇でもデプロイすればいいんじゃないの?」
「だ、誰が生徒の健全な文化祭で光源氏の不義密通を演じさせるのですか!!」
私は真っ赤になって否定した。
「ならば……ならば開き直って、これにいたしましょう! 日本最古の物語にして、求婚者を論理的に叩きのめす痛快な古典SF——『竹取物語』です!!」
「た、竹取物語……!?」
補講の準備をしていた落ちこぼれ3人組(歩実・由奈・怜)が目を丸くした。
「そうよ! あの横文字シンデレラが西洋のプリンセス気取りなら、こちらは東洋の元祖月面プリンセス、かぐや姫で対抗するのです! もちろん、主役のかぐや姫は——この私が務めます!!」
私がビシッと自分の胸を指差した瞬間、講義室に痛烈な静寂が訪れた。
「……あの、式部先生」歩実が引き攣った笑顔で手を挙げた。「普通、文化祭の劇の主役って生徒がやるものなんじゃないかな……?」
「そうですよ」由奈も冷ややかにツッコむ。「新堂先生が生徒を差し置いてシンデレラやるのも大概だけど、それに張り合って自分でかぐや姫やるのは同レベルの暴走よ」
「……論理的整合性が破綻しています」怜もメガネを押し上げた。「教員同士のプライドの代理戦争にクラスの出し物が巻き込まれています」
「ええい、五月蝿いですね! 麗良先生が自作自演のシンデレラなら、私がかぐや姫をやることになんの不都合がありましょうか! 求婚してくる貴族たちに無理難題を突きつけて瞬殺する快感、ぜひ私がステージ上で実演して差し上げます!!」
私が鼻息を荒くして息巻いていた、その時だった。
「——おや、楽しそうな相談をしていますね」
ガラリとドアが開き、夕暮れの斜光を浴びて光先生が現れた。
相変わらずの国宝級の美貌。爽やかな笑顔を浮かべ、講義室にふわりと優雅な風を運んでくる。
「ひ……っ! ひ、ひひひひ光先生……っ!?」
一瞬で私の心臓が跳ね上がる。
「穂波さんたちから聞こえましたよ。『竹取物語』の劇をやるそうですね。式部先生がかぐや姫をなさるなら……僕はそうですね、帝の役でも務めましょうか?」
「み……みかど……ッ!? 光様が……帝……!?」
(かぐや姫にとって、唯一心を通わせ、文を交わし続けた最高権力者……ッ!?)
私の脳内メモリがパチパチと音を立てて火花を散らす。
そこへ、光先生がいたずらっぽく小首をかしげ、至近距離から極上の微笑みを投げかけてきた。
「もし僕が、かぐや姫である式部先生が月に帰るのを必死に引き留めたら……式部先生は、月に帰ってしまいますか?」
「……ッ!!???」
(ひ、引き留めたら……ッ!? 月に帰るのを……光様が……私を引き留める……!??)
私の脳内CPUが物理的なメルトダウンを引き起こした。
羞恥と歓喜と妄想が臨界点を突破し、私の口からとんでもない言葉が音速で射出された。
「いいえ!! 月などへは絶対に帰りません!! 不死の薬も羽衣も即座に破棄し、今すぐ役所へ走って婚姻届を提出いたしましょうぞーーーーッ!!!!」
静寂。
しーーーーーーん、と講義室の空気が完全に絶対零度まで凍りついた。
「……えっ?」
光先生が目を丸くしてポカンと立ち尽くす。
「……」
歩実が息を呑んだ。
由奈が静かに目をそらした。
怜が「うわぁ……」とドン引きの表情で一歩後ずさった。
諾子が持っていたタピオカのストローを噛み潰し、深々と天を仰いだ。
「「「……(全員ドン引き)」」」
「あ」
我に返った私の顔面から、プシューッと蒸気が噴き出した。
(し、婚姻届……!? 私はいま、光様に向かって何を……!?)
「あ、ありがたし……あやし……すさまじき……っ!! 『天の羽衣 着る折ぞ(※今すぐ羽衣を着て月へ逃亡したいです)』ーーーーッ!! ぐはっ!!」
私は自爆のショックに耐えきれず、講義室の教卓の下へ頭からスライディングして完全に沈没した。
「ちょっと紫乃ちゃん!! 文化祭の配役トークからコンマ1秒でガチ逆プロポーズして自爆するんじゃないわよーーーっ!!」
夕暮れの校舎に、諾子の怒声と、引きまくる生徒たちの乾いた乾いたツッコミが木霊していた。
(第13話へつづく)




