第11話:『SVOC』は漢文の返り点と同じ!? 〜横文字英語を古典文法でぶっ潰すアルゴリズム〜
「——ハッ! 見なさい、式部先生。これが我が校のイングリッシュ・スタンダード、直前模試の過去問よ!」
放課後の第一講義室。
ホワイトボードの前に仁王立ちした新堂麗良先生が、バサリと分厚い英語の共通テスト模試の過去問を叩きつけた。ブランド物のタイトスカートを揺らし、香水の匂いを漂わせながら、私たちを勝ち誇ったように見下ろしている。
「来週の期末テスト兼・実力模試。あの落ちこぼれスリー(歩実・由奈・怜)の英語の平均点がクラス平均の65点を超えなければ、式部先生には契約満了でご退場願うわ! もちろん、ヒカル先生との放課後のコンタクトも全面的にディスコンティニュー(中止)よ!」
「なっ……!! ひ、光先生との関わりを断絶……!? そ、そのような無慈悲な処罰、平安の流罪にも匹敵する暴挙で侍り……ッ!!」
私がパイプ椅子から身を乗り出して戦慄すると、隣で特大サイズのタピオカミルクティーを飲んでいた清原諾子が、冷ややかな目で麗良先生を睨みつけた。
「随分と安い挑発ね、新堂先生。平均65点? そんなぬるい目標じゃなくて、全員80点オーバー取らせてあげるわよ。あなたのその薄っぺらな『フィーリング横文字メソッド』がいかに役に立たないか、教育のプロとして徹底的にエビデンス(笑)を叩きつけてあげるわ!」
「言ってくれるじゃない、外部のバイト講師が! 英語は言語! ネイティブのヴァイブスと感覚でサラッとスキミング(速読)するのがグローバル・スタンダードなのよ! 古臭い古典脳で英語が解けるわけないでしょ! カモン、スリー!」
麗良先生がヒールを鳴らして講義室を出ていく。
残されたのは、机に突っ伏して魂を吐き出しかけている落ちこぼれ3人組だった。
「うぅぅ……無理だよぉ……。英語なんて単語が多すぎて目が滑るし、関係代名詞とか仮定法過去完了とか、呪文にしか見えないよぉ……」
歩実がシャーペンを握ったまま涙目になる。
「私も……SNSの海外ミーム動画は見るけど、入試英語の長文って何を言いたいのかサッパリ……」由奈がスマホを伏せてため息をつく。
「……僕も、英単語の機械的な暗記には限界を感じています」怜がメガネを押し下げ、苦渋の表情を浮かべた。「主語と動詞が離れすぎている長文になると、途端に構文が崩壊して誤読してしまう……」
「……フッ。案ずることはありません、生徒たちよ」
私はすっと立ち上がり、教卓の黒板へ向かった。
「式部先生……?」怜が顔を上げる。
私はマーカーを手に取り、巨大な文字でホワイトボードにこう書き殴った。
【SVOC = 漢文の返り点 & 古典の敬語ベクトル】
「「「……えっ!?」」」3人が同時に目を丸くした。
「怜君、由奈さん、歩実さん。英語という異国の言語を前にして、多くの日本人が『感覚』や『単語の羅列』で読もうとして挫折します。ですが、思い出してください。1000年前の平安貴族たち——私たち日本人は、海を越えてやってきた難解極まる異国の言葉(漢文)を、どのようにして克服したと思いますか?」
「……あ」怜の目がカッと見開かれた。
「漢文の……『返り点(レ点・一二点)』や『送り仮名』による……構文の構造化……!?」
「その通りです!!」
私は黒板をバンッと叩いた。
「英語の基本構造はS(主語)+V(動詞)+O(目的語)。日本語の語順(主語+目的語+動詞)とは全く異なります! ですが、漢文もまた『動詞が先、目的語が後』という英語と全く同じ基本構造を持っているのです! 昔の日本人は、語順の違う異国の文章を無理に前からフィーリングで読むのではなく、『まずV(述語動詞)を探し、そこからS(主語)とO(目的語)へ矢印を引く』という返り点のアルゴリズムで完全に制覇しました!」
「そうよ!」諾子が黒板の横に立ち、タブレット端末の画面をプロジェクターで投影した。
「新堂先生は『ネイティブの感覚で読め』なんて無責任なことを言うけど、非ネイティブが試験で勝つための最短ルートは『論理的な構文解析』よ! ほら、第1話でやった『古文の敬語による主語特定』を思い出しなさい!」
諾子がホワイトボードに英文を書き出す。
The young lady whom the emperor loved deeply passed away in the cold autumn night.
「うわぁ、長い……関係代名詞が入っててわけわかんないよぉ」歩実が頭を抱える。
「焦るんじゃないわよ! まず文全体の本動詞(メインのV)を探すの! この文の中で、誰がどうしたの!?」
「えっと……『loved(愛した)』と……後ろに『passed away(亡くなった)』がある……?」由奈が呟く。
「そう! 『whom〜』で挟まれた部分は、前の『The young lady(若き貴婦人)』を修飾してるだけのただの飾り(カッコ)! つまり、文の骨格は【The young lady (S) + passed away (V)】、『その貴婦人が亡くなった』という、たったこれだけの主語と述語の骨組みなのよ! 古文でいう『〜のたまひて、〜侍りけり』の主語の特定と全く同じ構造でしょ!?」
「っ……!!」
怜がハッと息をのんだ。
「なるほど……! 関係詞節や前置詞句といった修飾語をカッコで括って削ぎ落とせば、どんなに長大で難解な英文も、単純な『SがVする』という骨組みに還元できる……! 修飾語に惑わされず、動詞の数と接続詞の数をカウントして構文をツリー化する……これは完全に、プログラミングや古文の論理読解と同じアルゴリズムだ!」
「そうなのです!!」
私は力強く頷いた。
「英語長文とは、恐ろしい怪物の群れではありません。骨組み(SVOC)という骨格に、形容詞や副詞という『十二単の衣』が何重にも重ね着されているだけなのです! 十二単の構造を知る平安貴族にとって、一枚ずつ衣を剥いで芯を見抜くことなど、造作もないこと!!」
「十二単の重ね着を剥ぐ……! なんかめちゃくちゃ分かりやすい!!」歩実が目を輝かせた。
「ほら、どんどん行くわよ!」諾子がペンを回す。
「共通テスト英語の長文なんてね、現代のSNSのタイムラインと同じよ! 『However』や『In fact(実際は)』の後ろにしか筆者の本音(バズ構文)は書かれてないの! 接続詞に印をつけて、段落ごとの主張を1行で要約する! 平安の歌合の判定基準と同じ、論理とエビデンスで解き明かしなさい!」
「「「はいっっっ!!!!」」」
講義室の空気が、熱狂的な集中力で満たされていく。
暗号にしか見えなかった英文が、論理のメスによって次々と解体され、生徒たちのノートが鮮やかなマーカーと矢印で埋め尽くされていった。
そして迎えた、運命の実力模試・返却日。
放課後の職員室。
採点済みの成績一覧表を握りしめた新堂麗良先生が、信じられないものを見るような目でガタガタと震えていた。
「な……な、何よこれ……!? アンビリーバブル……こんなの、あり得ないわ……!!」
成績表に印字された3人の点数。
穂波 歩実:英語 82点(前回比 +38点)
七瀬 由奈:英語 85点(前回比 +41点)
漣 怜:英語 96点(学年トップクラス)
「平均点……87.6点……!? クラストップどころか、学年平均を20点以上オーバーしてるじゃないの……ッ!?」
「ふふん……いかがですか、新堂先生」
私が胸を張り、眼鏡の位置を直した。
「真の言葉の力とは、表面的な発音や横文字の乱用にあらず。構造を見抜き、文脈を正確に読み解く論理の深さにございます。古典で培われた日本語の文法力こそが、異国の言葉を制する最強の武器なのです!」
「ぐ……ぐぬぬぬぬ……ッ!!」
麗良先生がプライドを粉々に砕かれ、顔を真っ赤にして絶句する。
「ざまぁ見なさい!」諾子が後ろでドヤ顔のピースサインをキメた。「これが私たちの『古典×論理アルゴリズム』のシナジー(笑)よ! 文句があるならいつでもリベンジのアジェンダ(笑)を立ててちょうだい!」
「キィィィーーーッ!! 覚えてなさぁぁぁい!!」
麗良先生はブランド物のバッグを抱え、ヒールを鳴らして逃げるように職員室から走り去っていった。
「やったぁぁぁ!! 勝ったぁぁぁ!!」
職員室の外で待っていた歩実たちが飛び跳ねて歓声を上げる。
……だが、その時だった。
「——本当に、見事な指導でしたね。式部先生、清原先生」
職員室の入り口から、夕陽の光を浴びて光先生が姿を現した。
相変わらずの国宝級の美貌。生徒たちの成長を心から喜ぶ、眩しすぎる聖母のような微笑み。
「ひ……っ!? ひ、ひひひひ光先生……っ!?」
一瞬で私の心臓が爆ぜかけた。
「生徒たちの隠れた論理的思考力を引き出し、英語の苦手意識を克服させるなんて……式部先生の教員としての情熱と知性に、僕はまた深く惚れ直してしまいましたよ」
「……ッ!!???」
(ほ……『惚れ直してしまいました』……!? 光様が……いま……私の知性に……『惚れ直した』っておっしゃいました……!???)
私の脳内CPUが、今世紀最大の核爆発を起こした。
「あ……あ……っ!」
「式部先生?」
光先生が心配そうに、すっと顔を近づけてくる。近すぎる! その神聖な吐息がかかる距離感!!
「い、いと……いと、ありがたし……っ! 私の心臓のSVOCが崩壊し……S(私が)V(光様に)O(魂を)C(奪われました)ーーーーッ!! ぐはっ!!(※尊さのあまり白目を剥いて職員室の給湯室へ向かって盛大にスライディング自爆)」
ズザザーーーッッ!!!!
給湯室のドアに派手に激突し、湯飲みをガシャガシャと鳴らしながら床に沈没する私。
「ちょっと紫乃ちゃん!! 英語の構文解釈を使って推しへの告白自爆をキメるんじゃないわよーーーっ!!」
「あははは!! 式部先生、完全勝利からの華麗なる自爆だーーーっ!!」
夕暮れの職員室に、諾子の怒声と生徒たちの爆笑がどこまでも響き渡っていたのだった。
(第12話へつづく)




