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第二話 出逢い

 翌日、二匹はいつものように日課を済ませると、少女を探して森を歩いた。


 ほどなく少女を見つけた桔梗は彼女の脚に飛びついた。


「あら、今日も来たの」


 少女は笑顔で迎えた。


 桔梗はキノコを採ってきては褒められ、尻尾を振りながらキノコを採りに行く。

 それを何度も繰り返し、時折キノコと一緒に麻袋に入っている薬草も採ってきた。


 薬草を採ってくると、少女はいっそう喜んだ。


 桃眼の子ギツネはキノコを咥えそれをうらやましそうに眺めていた。


 日が傾くと桔梗は少女の横に、桃眼の子ギツネは少し離れたところから、少女に付いていき村はずれの小高い丘まで来る。


「じゃあね」


 少女が手を振ると桔梗は鳴いた。


 コーン。「したっけ」

 そして続けた。コーン。「また明日」


 日が暮れて川辺に着くと、桃眼の子ギツネは寂しくキノコをかじり、枯れた巨木の先に月が半分差し掛かると巣へ戻った。


 桔梗が川辺にくると、また食べかけのキノコが残っていて、最近よく嗅ぐ匂いが漂っていた。

 月は巨木の先端を半分と少し過ぎていた。


 こんな毎日が風に吹かれたページのように数日続いた。


 桃眼の子ギツネはキノコを咥え、ある時は木陰から、ある時は草むらから、ある時は落ち葉に埋もれて、桔梗と少女の姿を眺めていた。


 前脚はいつも一歩前に出ていた。

 だがその先が出ない。



 ある日のこと、桔梗が薬草を持って帰ってきた時だった。


――いっぱい採れた。また沢山褒められるベ――

 そう思っていると、


「きゃっ」


 少女が短く悲鳴を上げた。


 桔梗は薬草を落とし少女の元に駆け寄った。


 少女の右腕に蛇が噛みついている。

 頭の形状から桔梗にもそれが毒蛇だと分かった。


 桃眼の子ギツネは思わず二、三歩駆け出す。

 足元にキノコが転がった。


 桔梗は無心で少女の腕に巻き付こうとしている蛇の頭に噛みつき、それを引き剥がすとグルグルと振り回し遠くへ投げ飛ばした。


 血相を変えて少女の腕を舐めようとすると、少女は桔梗を掌で突き飛ばした。

「ダメ! 口の中に傷や虫歯があると、あなたも毒にやられる」


 とりあえず舐めてはいけないことは分かった。桔梗は少女の近くで見守った。


 少女が傷口の周りを圧迫すると、まずわずかに透明な液が滲み出て次に血液が玉となって出てきた。


 桔梗は思わず離れた場所で、舌をペロペロと動かす。


 桃眼の子ギツネも無意識に舌を出して動かしていた。


 血をある程度出し終わると、少女は辺りを見回し薬草を摘み取り口にねじ込むと、しっかり噛んでそれをたっぷり傷口にすり込んだ。


 桔梗はその薬草の匂いを嗅ぎ、よく見て色と形を覚えた。


 再び少女は辺りを見回すと、赤い実のなる小低木を見つけて駆け寄り、その実を摘んで食べ始めた。


 桔梗はその実の匂いを嗅ぎ、色と形も覚えた。


 少女は深い息をついて近くにあった木に背中を預けて座り込んだ。

「さっきは突き飛ばしてごめんね」


 額に生汗を浮かべる少女を、桔梗は心配そうに見つめた。


「でももう大丈夫だと思う……」


 少女の息が浅くなっていく。


 桔梗は慌てて薬草を集めて少女が肩から下げている麻袋に入れ、赤い実のついた小低木を実のたっぷり付いた枝ごと食いちぎり、麻袋に押し込んだ。


 再び薬草を摘んで帰ってくると、少女はバタンと音を立てて倒れた。


 咥えていた薬草を麻袋に詰め込むと、桔梗は少女を前脚で揺さぶり頬を舐めた。


 少女の顔色は青白い。


――かろうじて息はしてるベ。心臓の音も聞こえる――


 桔梗は少女の襟首に噛みつき四本の脚で踏ん張って後ずさりした。


 小さな小さな身体で懸命に少女を引っ張った。


 しかし進んでも、せいぜい一歩で二、三センチだ。それでも引っ張り続けた。


 眉間にシワを寄せ、前脚を出しては引っ込めていた桃眼の子ギツネが、夢中で飛び出して行った。

 桔梗に並んで少女の襟首に噛みつくと、共に引っ張った。


 桔梗は桃眼の子ギツネを横目にチラリと見たあと、少女を引っ張り続ける。

 桃眼の子ギツネは険しい顔で少女を引っ張り続けた。


 歯が抜けそうに痛い。

 脚がしびれる。

 爪が折れそうだ。


 それでも二匹は少女を村へと引っ張り続けた。


 日は傾き辺りは暮れ始めた。

 間もなく川辺には月が見える頃だった。


 二匹はようやく村はずれの小高い丘を越え、少女の家の五メートルほど手前までたどり着いた。


 木の板の壁にに藁葺きの屋根。腰高まで石を積んだだけの粗末な家だった。


 二匹は家の戸まで駆け出し、けたたましく吠えまくり、戸を引っ掻いた。


 少しすると人間の声がした。

「今日はやけに遅かったね。心配したよ」


 桔梗は戸の前で座って待ち、桃眼の子ギツネは五メートルほど離れた少女のところで待った。


 戸を開けたのは老婆だった。桔梗を見た途端目を丸くした。

「なんて小さいの。いつも孫が言っていたのはあなただね」


 桃眼の子ギツネが吠える。老婆はそちらを見て口を覆った。


「何があったの」


 桔梗は少女に駆け寄り、麻袋の口を広げて見せた。


 薬草と赤い果実を見てすぐに察した。


「蛇に噛まれたのね」

 老婆は少女を抱えて家の中に入った。

 

 二匹は恐る恐る人間の家へと入っていく。


 老婆は、大きな木箱に藁を詰めて麻布を敷いただけのベッドに、少女を寝かせた。


 二匹の子狐は、ベッドに飛び乗ると少女の顔を挟んで座り、心配そうに見つめた。


 老婆はまず薬草を鉢ですり潰したものを少女の腕に塗り、腕を細い麻布で巻いて薬草を固定すると、赤い実の果汁をゆっくりと飲ませた。


「よく連れて帰ってくれたね」

 心配そうにしながらも老婆は二匹にそう声を掛けた。


 二匹には老婆が何を言っているのか分からないので、とりあえず、コン、と鳴いて彼女を見つめた。


「てっきり一匹だと思っていたら二匹いたんだね。どっちがキキョウだい」


 桔梗は鳴いた。


「確かにそのおでこの模様に瞳の色はキキョウだ」


 また名前を呼ばれたので桔梗は鳴いた。


 家の奥から咳き込む音がした。


――おかさんと同じ咳だべ――


 背中を舐めてやろうとそちらへ向かうと、老婆が桃眼の子ギツネに話し掛けてきた。


「最近よくない風邪にやられてね」老婆は奥で寝ている老人のベッドに腰掛けた。「でもこれを飲ませれば大丈夫だよ」


 そう言ってベッド横のテーブルにある薬草をすり潰し、それを老人にゆっくり食べさせた。


 少しして老人の咳は止まった。


 桃眼の子狐はその薬草の匂い、そして色と形を覚えた。


 老婆は、戸棚から木の実を練り込んだ薄焼きパンを二枚取りだした。

「さあ、今夜はもう遅い。お前たちのお母さんも心配するだろう。これを持っておかえり」


 老婆は二枚の木の実入り薄焼きパンを差しだした。


 どうしていいか分からず二匹は老婆の顔を見て、パンを見た。自分と同じくらいありそうな大きさのパンだ。


 老婆は微笑んだ。


「できたキツネだね。遠慮せず持っておいき。孫を運んでくれたお前たちならこれくらい平気だろう」

 老婆はパンを二匹の口に押し当てる。


 二匹がそれを受け取ると、老婆は両脇に彼女たちを抱え家の外に放した。そして両手を合わせた。


「今日はありがとう。本当にありがとう。」


 二匹は思った。


 意味は全く分からないが、なんていい響きなのだろう。


 と。


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