第一話 友達になりたい
翌日も朝一番の狩りを済ませてわずかな食事を口にすると、桔梗は少女に会うため森へと出掛けた。
――おらの名前はキキョウだ――
嬉しくて、つい尻尾が振り子のように揺れる。
少女の匂いが近づくと、キノコをつまみそれを咥えて麻袋に入れた。
「今日もきてくれたの、キキョウ」
少女は嬉しそうに麻袋の中を覗き、桔梗の小さな頭を撫でる。
すると桔梗の尻尾はなおのこと早く揺れた。
もっと頭を撫でられたくて、桔梗は森の中へ駆け出していった。
桃眼の子ギツネは母との朝一番の狩りを済ませると、涙を堪え硬いスジ肉を喉に押し込んだ。
じゃれ合う兄姉を横目に羨みながら森へと向かうと、草むらに隠れ桔梗と少女を眺めた。
――あの子ギツネ楽しそうだべ――
キノコを咥え戻ってきた桔梗は麻袋にそれを入れた。
少女の二本の指で桔梗は小さな頭を撫でられる。
ひとしきり撫でられると、再び森へと消えて行った。
桔梗と少女は何度もそれを繰り返した。
桃眼の子ギツネは勇気を出して、さらに少女に近づくと漂ってくるキノコの匂いと色、形を覚えて、辺りに目をはせた。
キノコを探し見つけると、咥え採って少し近くにある木陰に身を潜めた。
少女と子ギツネのキノコ狩りを見つめながら、キノコを咥えて前脚を一歩踏み出すが、それ以上の覚悟が決まらない。
もう一歩踏み出したい気持ちはあるのに、脚が震えて動かないのだ。
そうしているうちに日は随分傾いてきた。
朝一の狩りといっても獲物を探し歩きまわり、狩って巣まで戻るだけでも時は過ぎる。
餌を食べて少女を求めて歩いていると、結構な時間になっているのだ。
少女はお尻をは叩きながら立ち上がった。
「ありがとう、キキョウ」
桔梗は、コン、と鳴いた。
少女が家路に向かうと、桔梗はその横を小走りで付いていった。
「今日も送ってくれるの?」少女は微笑んだ。
桃眼の子ギツネは採ったキノコを咥えたまま、少し離れて隠れながら後を付いて行った。
村はずれの小高い丘までくると、桔梗は止まって座る。
母からこの辺りには来てはならないと言われており、特にこの丘の先には決して行ってはならないと強く言われているのだ。
「またねキキョウ」少女は桔梗に手を振った。
コーン、コーン
「したっけ、また明日」
桔梗は鳴いて合図した。
桔梗は少女が家の中に消えるまで、尻尾を振りながら見届けると、弾むように巣へと踵を返した。
桃眼の子ギツネはさっと隠れ桔梗のあとを、少し距離をおいて付いて行った。
途中、桔梗は巣へ、桃眼の子ギツネは川辺へと向かった。
桃眼の子ギツネが川辺に着く頃には、すっかり日は暮れ月が出ていた。
咥えていたキノコを落として、その場に伏せる。
「わだすの臆病者」
キノコを一かじりして、咀嚼しながら辺りを見回す。
「あの子ギツネ楽しそうだべ。わだすもキノコ渡せたらな」
桃眼の子ギツネは水辺まで水を飲みに行った。
夜の静けさにペチャペチャという水の音が響く。
水面に映る自分を見て桃眼の子ギツネは目頭を熱くした。
「わだすの弱虫――だからいつも硬い肉しか食べられないべ――」
水面に映る自分を、何度も叩いた。「わだすのバカ! バカ、バカ、バカ」
キノコをもう一かじりして、噛みしめながら月を見上げた。
「一匹で食べても、ちっとも美味しくないベ」
向こう岸の枯れた巨木を見た。
「背の高い木の先があの光る場所の半分まできたら帰るベ」
再び月を見上げた。
眩しいほど輝き、ドレスのような星をまとっていた。
――綺麗だべ――
桔梗が巣に戻ると肉のこびり付いたウサギの骨が残されていた。
母はほっとした顔で桔梗を見た。
骨にこびり付いた肉を前歯でこそぎ取って食べていると、母も肉を探してはこそぎ取り桔梗に口移しでくれた。
食事を済ませ、母の傷を舐め終えると、桔梗は川辺へと向かう。
川辺に着いた時、枯れた巨木の先は月の半分を少し過ぎていた。
そこには誰もいないが、独特の匂いと食べかけのキノコがあった。
「誰だべこんなもったいないことするのは」キノコを見て鼻を鳴らす。「なんだろう、この匂い。最近よく嗅ぐ匂いだべ」
桃眼の子ギツネは独特の体臭がした。金木犀のような香りである。
桔梗は白檀の香りがした。
これは狩りをする上で役に立った。
獣臭とは違うため、獲物に気付かれにくいのだ。
桔梗は食べかけのキノコを眺めた。
これが食べられることは少女から学んでいる。
お腹をすかせていた桔梗は食べかけのキノコを平らげて、川面に映る自分に話し掛けた。
「おら、友達ができたかもしんね」そう言って顔を背け小声で続けた。「キツネでないけど」
空を仰ぎ月に目を向け、自慢そうに声を張った。
「光る場所に住んでるしと、聞こえるかー。おら、友達ができたかもしれね」
そしてうつむくと、小声で小さく「キツネでないけど……」と続けた。
再び月を見上げて今日の出来事に思いをはせた。
桃眼の子ギツネが巣に戻ると餌の残骸が残されていた。
母は安堵の表情で彼女を迎える。
桃眼の子ギツネは骨からスジを剥ぎ取ると、何度も噛みしめた。母もスジ肉を剥ぎ取り噛んだ。
桃眼の子ギツネは少し柔らかくなった肉を、瞼を閉じて苦しそうに飲み込む。
母は噛んでほぐしたスジを子ギツネに口移しでくれた。
それは、とても柔らかく食べやすいものだった。
桃眼の子ギツネは時折咳き込む母の背中を舐めて、そのままそこで丸くなった




