第三十五話 キキョとスイの治療院
日中は治療に励み、夜は旨い酒と料理に舌鼓を打った。
そのあとはポンコロリをして遊ぶ。
小石を軽く飛ばして、ポンと当たってコロリと落ちた方が負け。
大好きな遊びだ。
時には二人の世話係、ダルシャナとヒーラも加わった。
座り込む二匹の後ろで、寝そべって頬杖をついて小さな背中で顔を隠し、それぞれの動きに合わせて小石を避けた。
勝てば治療費の中から少額硬貨を一枚渡した。
治療費は思ったほど高額ではなく、二匹はそれも満足したし、ある程度貯まれば高額硬貨に両替してクマール商会はその際、本当にわずかな手数料しか持っていかなかった。
桔梗と睡蓮は毎日満たされていた。
クマール商会は自社でも多くの馬車で行商を行っていたが、他の行商人にも商材をおろしていたため、治療院の噂は口コミでたちまち広がった。
患者は日ごとに増え、行列が出来るまでにさほど時間は必要なかった。
神通力が強化された上、二匹の霊格も幾分か上がり、治療に掛かる時間も以前より随分短くなった。
「今日の両腕をなくしたしと、喜んでたべ」
桔梗は夕食をとりながらダルシャナにコンコン鳴いた。
「食事もままなりませんからね」
ダルシャナは笑顔で口の周りを拭く。
「顔に大きな傷のあるメスのしともとても喜んでくれたべさ」
睡蓮はヒーラの顔を見た。
「女性にとって顔はとても大切ですから」
ヒーラは睡蓮の食べこぼしを拭きながら答えた。
桔梗も睡蓮もとても楽しく時間を過ごしたし、ダルシャナとヒーラも純粋な二匹の子ギツネと過ごす時間が好きだった。
会長室に勘定官のビカシュが呼ばれた。
「何のご用でございましょうか」
顔が崩れそうなほどの笑顔を湛え、ビカシュが入ってきた。
「売り上げはどんな具合だ」
「上々でございます間もなく箱も一杯になろうかと」
揉み手でビカシュはダンラジに答えた。
「うむ、もう一箱用意させよう」
「ただやはり気がかりなのは……仮にあの箱を一つでも持って出されると、我商会は傾くかと……」
ダンラジは声を上げて笑った。
「あんな子ギツネに、あの箱が持てるものか。せいぜいぶら下げていた、薄汚い革袋に溢れんばかりに銭を詰めて、こぼしながら逃げるくらいのことよ」
ダンラジは顔の前で強く拳を握った。
「あとは私兵に銭を追わせてとっ捕まえて、また働かせればいい。銭の詰まった箱を五箱も寄越せと言いおった強欲キツネだ。銭で言うことを聞かせるんだ」
「しかし、不思議な力を持っています。突然力持ちになることも……」
「想像つくか、あの子狐が重たい箱を持ち上げているところを。そのために、街役人に借金までして詰め込んで重くしたんだ」
ダンラジのニヤけ顔は止まらなかった。
「それよりも世話係はどうだ」
「よくやってます」
「どちらも逃がさんように、安全のためと偽って全ての出入り口に私兵を立てろ」
ダンラジは机にヒジを付いて、絡めた指に顎を乗せた。
桔梗と睡蓮は治療を続けた。
ダルシャナとヒーラたちと話している時に、二人は幼なじみでヤクタラ村からきたということが分かった。
オスギツネと戦った、ヒツジのいる村だ。
外の世界が見てみたくて飛びだした、と言うのだ。
桔梗と睡蓮は自分たちと重なった。
この街は居心地がよく居着いたものの、クマール商会で働き後悔しているのだとか。
「人の扱いが雑で、実入りも少ない。入る時はいいことを言われるのですが、いざ辞めようとするとあれこれ言われ辞めさせてくれないのです」
小さな声で二匹にそう耳打ちをした。
それでも桔梗と睡蓮にとって楽しい毎日が過ぎる中、突然尻尾の付け根が痒くなってきた。
尻尾の根元で光る薇を見たダルシャナとヒーラは驚いた。
さらにその薇が大きくなったのには、腰を抜かしそうになった。
「四本目だべさ」
桔梗は尻尾を振ってみた。
「わだすら善行を重ねる、をしただか、徳を積む、をしただか」
睡蓮も尻尾を振る。
四本目で天誅五行の雷撃行を習得した。
神通力も強化され、新たな神通力も覚えた。
「これは……」
ダルシャナは二匹の四本目の尻尾を見た。
「おらたち善行を重ねるをすると、尻尾が増えるだ」
桔梗はダルシャナを見た。
「善行を重ねていくと尻尾が増えるのですか」
ヒーラが訊いた。
「徳を積むっていうのをしても、増えるだ。わだすたち、善行を重ねるや徳を積むを沢山やっただか」
睡蓮の問いかけにダルシャナとヒーラは深くうなずいた。
「キキョ様とスイ様は多くの患者を救うことで、善行を重ね徳を積みました」
ダルシャナが答えた。
「でも、それはダンラジがやったことでねえか」
桔梗は二人を見た。
「いいえ、ダンラジは己の欲のためにやったのです。人々のためではありません。ですが、あなた方は常に患者のために動いていらっしゃいました」
ヒーラが答えた。
「でもおらたちは、丸い板……お金を要求しただ」
ダルシャナとヒーラは声を揃えた。
「それは訳あってのことではないのでしょうか」
「……」
二匹は沈黙した。
そののち口を開いたのは桔梗だった。
「おらたちは数日したらここを出るベ。おめたちも一緒にでれ、そしてヤクタラに帰るベ」
睡蓮も口を開いた。
「ヤクタラはいいとこだったべさ。人もいいし花畑もあるし、森も豊かだべ」
ダルシャナとヒーラは静かな涙を流した。
「でも、安全対策と称して私兵が見張りについています」
ヒーラが心配そうな顔をした。
「大丈夫だ、おらたちが無事に街の外まで連れ出してやる」
ダルシャナとヒーラは顔を見合わせて、うなずいた。
数日が過ぎた。
その間、桔梗と睡蓮はもちろん、ダルシャナとヒーラも懸命に働き、一人でも多くの患者を救おうと頑張った。
そして夜がきた。
いよいよ決行だ。
二匹はそれぞれ革袋を持ってきて、その中に入るだけ高額硬貨を詰めると、神通力によりさらに器用になった指先で口をしっかり閉じた。
桔梗はダルシャナに睡蓮はヒーラにパンパンに膨らんだ革袋を差し出した。
「持って行ってけろ」
「いえ、あなた方のお金が――」
二匹は背後にある六箱以上の山積みの高額硬貨に両手を広げた。
「心配入れねえ、わだすたちにはこれがあるだ」




