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第三十話 親子の再会

 大きなトラを仕留めたことで、一人前の狩人にでもなったつもりでいた。


 シェラパにとってトラ退治は家族の復習でも何でもなく、ただ自己承認欲求を満たすための手段だ。


 鍬を両手に森を我が物顔で徘徊する。


「出てきやがれトラども、このトラ狩りのシェラパ様が駆逐してやるぜ」


 樹上で寝ていた一匹のトラが、懐かしい匂いに目を覚ました。


 シェラパの鍬の先から、衣類に付いた血痕から、母の匂いが漂ってきた。


 木から降り匂いの元を探し始めた。


 森の深い場所でトラはシェラパを見付けた。


 鍬の先を見つめ、この男が母を殺したのだと確信した。


 トラと対峙したシェラパは顎が鳴り、脚が震えた。


 鍬で刺し殺したトラよりも遙かに小さい。


 だがそのトラは無傷だ。


 シェラパは鍬を投げつけた。


 頼りなく飛んでくる鍬を、トラは悠々と避け、シェラパに歩みよって来る。


 抜けそうな腰を踏ん張りながら、震える脚で後ずさる。


 もう一本の鍬を構え、後ろに足を運ぶ。


 全身から生汗が出て、血の気が引いていた。


 もう一本の鍬をシェラパはトラに投げつけ、わめきながら必死で逃げた。


 トラはそのあとをゆっくりと追った。


 トラにとってこれは狩りではなく、報復なのだ。


 適当なところで、大きな爪を一振りする。


 衣類は引き裂かれシェラパは背中に深い傷を負った。


 血を流しながら前のめりに倒れ、悲鳴を上げる。


 トラはシェルパが起き上がるのを待つと、再び歩き始めた。


 太い腕が、一振り、また一振りと、シェラパを襲う。


 痛みと恐怖に泣き叫びながら、村へと急いだ。



 桔梗と睡蓮は治療を続けていた。


 ごく短い仮眠をとっては食事を押し込み、治療を始めた。


 村人たちはヒザを付き、手を合わせて涙した。


 次は、腕のない男であった。これで最後だ。


 両手をかざし癒やしの術をかける。


 徐々に腕が伸び、生えてくる。


「集中力を切らすでねえべ」

 桔梗の言葉に瞼を閉じたままの睡蓮が頷く。


 そこへシェルパの声が響いた。


「たすけてくれー。トラが来た。大きなトラだ。俺は大怪我をしてるんだ」


 衣類を真っ赤に染めながら、シェラパは転がりながら家の戸を叩いて回った。


 トラが背後からシェラパの脚に噛みつくと、村中に絶叫が響いた。


 ほとんどの村人たちが、桔梗と睡蓮の治療を施す様子を見に来ていたため、家々は留守だった。


「戸をしっかり閉めろ」

 村長が険しい目つきでそう言った。


 シェラパの声は桔梗と睡蓮にも聞こえていたが、癒やしの術を中断するわけにはいかない。ここで中断すれば、怪我人や例えば病人であっても、不自由が残る。


 シェラパはトラにオモチャのように玩ばれた。


 もはや悲鳴すら聞こえない。


 そんな時、幼い少女と母親が畑から走ってきて、トラに玩ばれるシェラパと鉢合わせした。


 シェラパは苦し紛れに少女の細い脚を掴んだ。


 トラを間近にして少女も母親も声が出ない。


 そのことを見ていた村人が村長に伝えると、村長は顔を苦悩に歪めた。


 その会話も二匹には聞こえていた。


 それでも桔梗と睡蓮は焦らず癒やしの術を続けた。


 息はあるものの動けなくなったシェラパと、シェラパに掴まれた少女、そして少女を抱きしめる母親。


 その周りをゆっくりと、脅すようにトラは歩いた。


 母の血の臭いが充満するこの村は、全てが敵なのだ。


 腕は完全に再生した。

 

 治療を終えた桔梗と睡蓮は、急いで窓から飛びだした。


 適当な距離をとってトラと対峙すると、小さい身体で威嚇態勢をとり、尻尾を逆立てた。


 二匹に気づいたトラはゆっくりと近づいてきた。


 背筋を反らせ飛びかかろうとする。


 桔梗と睡蓮は仕方なく天誅五行、石岩行の準備をした。


 突然虎の鼻が鳴る。

 ビャクダンとキンモクセイの香り。

 この香りがすると、たいてい近くに餌があった。

 狩りを覚える時にも、この香りがしていた。


 桔梗と睡蓮にも分かっていた。

 このトラが餌を与えてきたトラの一匹だと。


 睡蓮はそのまま威嚇し続け、桔梗は遠回りして母と娘の所まで行くと、シェラパの手を噛み離して、二人をゆっくりと家の中まで誘導した。


 トラはシェラパを咥えると、森へと帰って行った。


 途中、桔梗と睡蓮を何度か振り返りながら。


 姿が見えなくなると、二匹はその場で意識を失った。



 目覚めると村長の家だった。


 桔梗と睡蓮は多くの人に感謝されながら、食事を楽しんだ。


 あの時残っていた霊力では、シェラパを助けることはできなかっただろうし、何よりトラと争うつもりがなかった。


「うちの子は立派にになってただ」

 睡蓮はにこやかに言う。


「おらたちの育て方がよかったべさ」

 桔梗も満足そうだった。


 食事を終えると母トラの墓にその報告をしに行った。


 尻尾が二本になったせいか傷の治りも早かった。


 二匹は森の外れの原っぱで、椀に注いでもらった酒を舐めながら、景色を楽しんだ。


 左に桔梗、右に睡蓮だ。


「シェラパはバカだべ。忠告も聞かずにうかつに森に入るから」

 桔梗は椀から顔を上げた。


 睡蓮も椀から顔を上げる。

「カドファンなら変えてやることができたべか」


 桔梗はしばらく考えた。

「おらたちはキキョウとスイレンだべ。カドファンでねえ。おらたちにできることをやったらいいべ」


「んだな、できねえことをしようとしても、仕方ないべさ」


「沢山のしとの怪我を治せたんだ、よかったべ」


「これからも、しと助けするだ。あと獣助けもするだ、物の怪助けもするだ」


「また、子育てさしてみてえな」

 桔梗は照れくさそうに椀を見た。


「わだすもいい子に育てる自信があるべさ」

 睡蓮は鼻先を掻いた。


「傷もだいぶ癒えたし、そろそろ行くべか」


「んだな、他を見てみてえ。沢山の世界を見て、色んな経験をしてえ」


 二匹は、舌を酒に浸した。


 すでに空にはいわし雲が広がっていた。


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