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第二十九話 桔梗と睡蓮の子育て

 怪我はなかなか治らなかった。


 村人たちは交代で薬草や包帯を替え、桔梗と睡蓮を熱心に看病した。


 数日が経ち睡蓮が言い出した。

「子供のトラに餌を運んでやらんな」


「んだべ、明日の朝から狩りを始められるベか」


「大丈夫だ。きっとお腹すかしてるだ」


「んだな」


 早朝、桔梗と睡蓮は痛みを堪えて森へと出向いた。


 匂いを頼りに子供の虎たちの様子を見るためだ。


 子供たちは巣で眠っていた。

 巣といっても枝っぷりのいい木の下で、四頭の子供のトラが眠っているだけだ。


 桔梗と睡蓮は静かにそこを離れると、急ぎ足で逃げ出した。


「子供でも大きいベ。やっぱりトラはトラだべさ」

 桔梗は息を切らしながら、涙目の睡蓮を見た。


「怖かったべさ、四匹もいたべ。よく食べそうだ」


 二匹は狩りを始めた。


 怪我が負担となり思うように狩れず、半日で一、二匹が限界だった。

 狩った獲物は巣の側に置いて、物音を立てると一目散に逃げた。


 村長の家に着くと、滴るほど血の染み込んだ包帯を替えて貰い、食事をした。


 ずいぶんの間そういう日が続いた。


 身体を動かすため、傷も治らない。


 それでも桔梗と睡蓮は続けた。


「そろそろ狩りを覚えさせんといかねえ」


「んだな、森で生きていくなら狩りができなきゃならねえだ」


 二匹は脚に怪我をさせたウサギを運んできて、狩れるかどうかを見た。


「がんばれ」桔梗の前脚に力が入る。


「もう少しだべ、今だ噛みつくだ」

 睡蓮は心配そうだった。


 次に羽根を傷つけた水鳥を差し向けた。

 二匹は温かく子供のトラが狩りを覚えていく様子を見守った。


 これもしばらく続けた。

 獲物に負わせる怪我の状態も徐々に軽くしていき、トラたちの狩りが上達するように馴らしていった。


「いい子たちだべ。物覚えが早いべさ」

 桔梗が食事をとりながら睡蓮に話し掛ける。


「うちの子たちは賢いべさ。特に首に噛みつく時が抜群だべ」

 睡蓮はにこやかに食事に口を付ける。


 ある日、獲物が見つからなかった。


 獲物探しに夢中で気が付くと、別のトラの匂いがしていた。


「まずいべ、他のトラの縄張りに入っただ」

 桔梗は緊張を覚えた。


「すぐ出るべ」


 睡蓮が言った時には、既にトラはすぐそこまで迫っていた。


 二匹はゆっくり後ずさりする。


 トラは一歩また一歩と歩みよってきた。


 桔梗と睡蓮は踵を返すと全力で走った。


 閉じかけていた傷口が開く。


 このまま走っても追いつかれる。


 桔梗は睡蓮の半歩前に出て、木に飛びついた。

 睡蓮もそれに習う。


 トラの爪が襲いかかる瞬間、尻尾をあげた。

 二匹のお尻のすぐ下で、木の幹に深い溝が刻まれた。


 そのまま木に張り付くようによじ登り、なんとか張り出した枝にたどり着いた。


「どうするベ」

 睡蓮は今にも泣き出しそうだ。


「どっか行くのを待つベ」


 見上げながらトラは木の周りをゆっくりと回る。


「うちの子たちもこんなんなるベか」

 睡蓮は前脚を口に当てた。


「まあ、トラだからな」


 トラが何周かして、二匹は腰を抜かしそうになった。


 トラが木を登ってきたのだ。


 飛び降りるにはあまりに高い。


 トラは枝の高さまで登ってきた。


 二匹は枝の先に追い詰められて、枝が大きくたわむ。


 トラは枝に移ると、落ちないよう慎重に桔梗と睡蓮へと脚を進める。


 二匹はいよいよ追い詰められ、トラは首を伸ばし噛みつこうとしてきた。


 そんな動作を何度か繰り返していた時、枝の音元がバキリと音を立て、角度が一気に下がった。


 桔梗と睡蓮はトラの頭を蹴って、背中を駆け上がると幹にしがみつき、そのまま登った。


 木の枝は折れて、トラは地面に叩き付けられた。


 二匹は一つ上の細い枝に飛び移った。


 地面に背中を打ち付けたトラは、すぐに態勢を取り直すと鋭い眼光を二匹に向け、木の周りを歩き始めた。


 夜が来た。トラは警戒しながら根元で伏せた。


 わずかな物音で身を起こす。


 桔梗と睡蓮は襟首を咥え合い、樹上で交互に短い睡眠をとった。


 二、三日が過ぎただろうか、トラはようやく諦めて姿を消した。


 恐る恐る木から下りた二匹は、脇目も振らず村長の家に向かった。


 村長の家で薬草と包帯を変えてもらうと、食事を貪り熟睡した。


 目覚めると睡蓮が取り乱した。

「子供のトラたちに餌を運ばないと、お腹すかしてるベ」


「縄張りに気を付けて、狩りに行くベ」

 桔梗は痛みに耐えながら立ち上がった。


 森へ向かいながら二匹は、まずトラの子供の様子を見にいくことにした。


 巣には誰もいなかった。用心深く巣の周りを見て回る。


 血痕がないことから、何かに襲われた訳ではないことは分かる。


「巣立っただ」

 睡蓮は丸く開いた目を潤ませた。


「一人前になっただな」

 桔梗も目尻に涙を浮かべた。


 よかった。

 子供のトラが巣立ったことも、親のトラとの約束を果たせたことも。

 これで殺されたトラも、思い残すことは無いのではないか、二匹はそう思えた。


 すると尻尾の付け根がむず痒くなってきた。


 見ると光る(ゼンマイ)のようなものがくっついていた。


 見合わせた二匹の顔がほころぶ。


 やがて薇は大きくなり、クルッと伸びて光りが消えると、二本目の尻尾になった。


「尻尾が生えただ。これでエジンバたちを治せるだ」

 桔梗は二本の尻尾を振った。


「トラを成仏させてやれるだ」

 睡蓮も尻尾も見つめた。


 二匹は急いで村長宅に戻ると、台所から拝借した皿を咥え料理を要求した。


 エジンバの寝室に行くと、まずはサシャで成功した脚から治療することにした。


 脚の切断面に手をかざし、癒やしの術を発動させる。


 霊格が上がったのだろうか、半日もすればエジンバの脚は元通りになった。


 家の者たちはヒザを付いて涙を流しながら、手を合わせた。

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 二匹は食事を平らげると、脇腹に両手をかざした。


 夜半、エジンバの脇腹は完治した。


 食事をたらふく食べ、二匹は眠りについた。


 翌日、トラの墓に浄土の術をかける二匹の様子を、村人たちは見ていた。


 盛った土からモヤが沸き、一筋の煙となって天へと立ち昇っていった。

 心から感謝するトラの魂の穏やかな声が、桔梗と睡蓮に聞こえた。


 続いてシェラパの家に向かった。


 鍬を磨くシェラパの前に座り、浄土の術をかけたのだ。

 カドファンはそれで猫たちに起きたことを悟った。

 シェラパにも、トラたちの思いが伝われば、そう思ったのだ。


 シェラパの中に、親トラの子トラへの思い、子トラたちの親を待つ寂しい日々、人間が不用意に縄張りへ入ってきた時の、トラたちが感じる恐怖、それらがシェラパの中に流れ込んできた。


 シェラパは鍬を磨く手を休めた。


「まだ、こんなにトラがいるのか、このトラ狩りのシェラパ様が全て始末してやる」


 そう言うと、二本の鍬を手に出て行ってしまった。


「わだすたちの気持ちは伝わらなかっただ」

 睡蓮は寂しそうにうつむいた。


「どうするベ、ついて行ってやるべか」


「今は他のしとの治療をしたいべ」


「そうだな。人間も多分それを期待してるべさ」


 村長の脚を噛み、他の怪我人の所へ連れて行くよう催促した。


 食事をとりながら二匹は癒やしの術をかけ続けた。


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