第二十四話 ありがとうの嘘
獲物一匹につき、肉を挟んだパン一つだと思っている桔梗と睡蓮は、狩りに精をだした。
大きな獲物は多くの枚数の硬貨になると気づいてからは、大きな獲物を狙うようにした。
硬貨を咥えたまま狩りには出られないので、交換した硬貨は肉やの向かいに建つ家の庭先に埋めた。
気のいい主人は当然見張り番だ。
満足いく枚数が揃ったら、顎が外れそうな程の硬貨を咥えて屋台に向かった。
台に飛びつき硬貨を離すと、ジャラジャラと音を立てた。
「今日は稼いできたんだね」
店の女性、女房は笑顔で迎えた。
「沢山食べたいんじゃないのか」
店の男性、亭主が言う
「幾つ食べたいんだろうね」
そう言うと女房は指を立て始めた。
「一つ? 二つ? 三つ?」
指を一本ずつ立てた。
これは桔梗と睡蓮も分かった。
桔梗は、コン、コン、コン、とゆっくり三度鳴いた。
亭主と女房は驚いた。
「狐だったのかい」
睡蓮が唸る。
「これは失礼しました」
女房は笑いながら謝罪する。
「じゃあ、三つだね」
女房は三本指を桔梗の前に差しだした。
コン、と桔梗が鳴く。
続いて睡蓮の前にも指を三本立てて、コン、と鳴かせた。
女房は肉をパンで挟んだ物を三つずつ蝋紙に包むと、紐でくくり結び目を咥え易いように輪っかにした。
紐の先を咥え、川へ向かおうとした桔梗と睡蓮は、女房に呼び止められた。
「これを持っていきな」
紐のついた小さな麻袋に、昨日と今日のおつりを入れ店の外に回ると、桔梗と睡蓮の首にかけた。
「それなら落とさないだろう」
笑顔で腰に手を当てた。
二匹は首に掛かった財布を覗き込み、沢山の硬貨が入っていることに困惑して、女房を見た。
「あんたたちのお金だよ」
女房は手を振った。
手を振る意味を知っている二匹は、何度も振り返りながら川へ向かった。
「丸い板、沢山入ってるベ」
桔梗は川でパンをかじりながら首を捻る。
「何でだべ」
睡蓮も財布を覗き込んだ。
「でも、これで沢山交換して貰えるべ」
「んだな」
二匹はパンをかじりながら景色を眺めた。
次の日も狩りをがんばり、多くの硬貨を稼いだ。
貰った硬貨は咥えて財布に入れ、パンを買う時は適当に財布から出して、残った硬貨を財布にしまった。
「重宝してるみたいだね」
女房は笑顔でパンの入った包みを渡してくれた。
川へ向かう際、物乞いをしていた無精髭の男を見つけたので、後を付けてみた。
男は町外れの荒れ地に、四本の木を立てて、屋根になりそうな板に重し代わりの石を乗せただけの雨避けの下で、地べたに腕枕で横になった。
見ればそうした男たちは複数いた。
いずれも痩せこけていた。
活力がなく、無気力な目。
桔梗と睡蓮はカンナン村の飢饉を思い出した。
二匹は咥えていたパンを荒れ地に置いた。
パンの包みを見た男たちは、包みを破ると競ってパンを奪い合った。
「この人たちはお腹を空かしてるんだべ」
桔梗は眉毛を下げて男たちの様子を見た。
「んだ。可愛そうだべ。もっと貰ってくるべ」
睡蓮もパンに貪りつく男たちを見て、同情した。
桔梗と睡蓮は屋台に着くと、硬貨のほとんどを取り出して、鼻先で押した。
「よっぽどお腹すかしてんだね。でも食べ過ぎじゃないかい」
驚く女房に桔梗は硬貨を鼻先で押した。
「食べたいって言うんならいいんじゃないのか。何か事情があるのかもしれないし」
亭主の言葉に従って、女房は金額分のパンを包んだ。
二匹は受け取ると荒れ地に走った。
着いた時には皆すでに横になっていたが、パンの包みを置くと再び起きてきて、奪い合いそして貪った。
食べ終わると、手を合わせ、ありがとうございました、と笑顔を湛えて言った。
桔梗も睡蓮も、この言葉は分かる。
二匹の大好きな言葉だ。
その夜、二匹は水で腹を満たした。
翌日、早朝から狩りを始めた。
それを換金してパンを大量に買い込むと、物乞いのところまで持って行った。
物乞いは手を合わせて、ありがとうございます、と言う。
そんな毎日が数日続いた。
「あんた、やっぱりおかしいよ。あれだけ持って帰ってるのに、あの二匹、何かげっそりしてきてるよ。何やってるか見てきてやんなよ」
女房は桔梗と睡蓮を心配した。
亭主があとを付けてみると、二匹は買った全てのパンを物乞いに恵んでいた。
そのことを告げられた女房は、怒りに手を震わせた。
次の日も桔梗と睡蓮は財布から全ての硬貨を出した。
硬貨を押し返し女房はゆっくりとしゃべる。
「言葉は分かんないだろうけどよく聞きな。あんたたちがパンを持って行ってる連中は、働けるのに働かない奴らなんだ」
女房は二匹の顔を交互に見る。
「働けないんじゃないんだよ。仏教の真似事をして、お人好しからお金を貰って生活してるんだよ」
桔梗と睡蓮は首を傾げた。
「そうだよね分からないよね」
女房は腕組みをして考えた。
考えた挙げ句パンを一つずつ二匹に咥えさせて、残りの硬貨は財布に入れた。
「まずはあんたたちが食べな。すっかり痩せちまってるじゃないか」
そう言うと手を振った。
この意味は分かる。
仕方なく桔梗と睡蓮は荒れ地に向かった。
二匹が着くと男たちは這いだしてきた。
パンを二つおくと無精髭の男が呆れた。
「まさかこれだけじゃないだろうな。今日一日何してやがった」
他の男は声を荒げた。
「もっともってこい役立たずの野良犬が」
驚いて後ずさりすると、首元の財布が音を立てた。
「金持ってんのか」
男たちは一斉に飛びかかってきた。
怖くなった二匹は一目散に逃げた。
「怖かったべ」
桔梗は水を飲んで腹を膨らせようとする。
「何だったんだべさ。メスの人間も丸い板と交換してくれなかったべ」
睡蓮は財布の中を覗いた。
「もう行くのやめるべか」
桔梗は背筋を震わせた。
「あれだけ元気なら大丈夫だべ」
「メスの人間が交換してくれないなら、新しいとこ見付けなくちゃならねえな」
「こないだいい匂いのするとこ見付けたべさ」
睡蓮が鼻高らかに言う。
「明日は狩りしてそこ行くベ」
桔梗と睡蓮は水を飲みながら、お腹を鳴らした。




