第二十話 情けない報復
力なく項垂れるウリ坊を抱えた髭面の男は、まるで恨みでも吐きかけるかのような目つきでイノシシの死骸を睨み、誰ともしゃべることなく村の方へと歩いて行った。
桔梗と睡蓮がウサギをかじっていると、アーレがやってきてありがとうとはにかんだ。
「コンコンちゃんたちまたね」
家族の集団の中から家長らしき男が三人やってきた。
「あのイノシシはどうするんだ」
三人のうちの一人が訊いてきた。
「いらないなら俺たちにくれないか」
もう一人が言う。
特に食べるつもりもない二匹は、コン、と鳴いた。
「あんたたちにはウサギがあるんだし、もらっていいてことだな」
二匹がまた鳴くと男達は顔を見合わせて笑顔になった。
「あのイノシシは俺たちのだ。村に土産で持っていったら少しは待遇がよくなるぞ」
男たちはイノシシの脚を持ち、家族共々村へと向かった。
アーレは二匹に手を振った。
「誰もありがとうって言わなかったベ」
睡蓮が寂しそうに言った。
「アーレは言ったベ。それに何か事情があったんだべ」
桔梗は睡蓮を慰めた。
「ありがとうって言えない事情ってなんだべ」
「分んね、だけどありがとうって言われるために、人助けしてるわけじゃないべ。人間が好きだからしてるんだべ」
「わだす、ほんのちょっぴりだけど、人間が嫌いになっただ」
睡蓮の頭に枝に吊された猫たちの様子がよぎった。
「たまたま、よくない人間との出逢いが続いただけだべさ」
二匹は再びウサギにかぶりついた。
豊かな森を湛えた山の麓に村はあった。
家は八十件程でかなりの大きさだ。
広場には化け猫退治の時の行商もいた。
睡蓮はやや警戒気味であったが、ほとんどの人が二匹を見るや跪き手を合わせた。
二匹を見つけた行商も、小間使いと共に駆けつけて改めて礼を言われた。
そうしているうちに睡蓮の緊張もほぐれてきた。
「獣と違って、人間には悪いしとといいしとが居るんだべ。悪いしとばっかりじゃないべ」
桔梗は睡蓮に言い聞かせた。
「んだな」
すると、村の長らしき人物がやってきた。
「ようこそシャクトラーナへ、越してきた者がイノシシをくれまして、よかったら一緒にどうですか」
「それってわだすたちが倒したイノシシでねえか」
「まあいいべ、酒があるかもしれん」
酒という言葉に睡蓮の愚痴も吹き飛び、ご機嫌に鳴いた。
広場ではイノシシを解体したものが焼かれており、皆地べたに座り酒を呑んでいた。
桔梗と睡蓮も椀を脱ぐと樽から酒を汲み、呑み始めた。
「イノシシはどこ行ったべ」
睡蓮は辺りを見回した。
「これからでてくるべか」
助けた家族の集団が居て、二匹に気づき気まずそうにうつむいていた。
女性が皿にのったイノシシの肉を持ってきた。
「どうぞ召し上がってくださいな」
二匹の間に肉を置いた。
「何の肉だべ」
一口かじった桔梗が首をかしげる。
「美味しいべ、この獣も血の味が違うべか? ウサギとは大違いだべ」
「今度からこれを狩るベ」
二匹は肉を咀嚼しながら広場の様子を眺めた。
少し離れたところにいるアーレを桔梗は見つけたが、きたがっているアーレは父親に阻まれてこられずにいた。
娘がうかつにキツネと話し、イノシシが自分たちの獲ったものではないと、発覚するのを恐れてのことだろう。
桔梗と睡蓮はイノシシの肉を食べながら、楽しそうに語らう人間を見て心が和んだ。
夜、ほろ酔い気分である家の軒下で寝ていると、身体がふわりと浮かんだ。
振り返ると、イノシシに追われながらウリ坊を抱きかかえて逃げていた、髭面の男が二匹のうなじを掴んでニヤけているのだ。
「おい、鳴くんじゃないぞ。大人しくついてこい」
髭面の男は二匹を自宅に連れ込むと、木でできた檻の中に乱暴に投げ入れ、蓋をした。
檻はウリ坊の匂いが充満していた。
桔梗と睡蓮は椀を被り直すと、座って男を見た。
男は酒を呑みながら、恨めしそうにテーブルの上の包丁の刺さったウリ坊を見ていた。
「お前らあんなに強いなら、山にいるイノシシの子供全部殺してしまえ」
桔梗と睡蓮は耳を疑った。
「そしてその親に思い知らせてやれ、この俺の怖さをな。この俺の家族をこんなにした報いを受けさせろ」
男は背後の棚を振り返った。
棚には幾つもの人間の髑髏が並べてあった。
「これは家族だ」男は顔を歪めた。
「あいつらに殺された。だからあいつら子供を奪い、俺と同じ苦しみを味合わせてやるんだ」
男はウリ坊に刺さった包丁を手にすると、グサグサと刺した。
血しぶきが髭面に散る。
食べるために殺したのではない――二匹は化け猫を思いだし驚愕した。
「俺の言う通りにしないと、おまえらもこうだ」
男は狂ったようにウリ坊の腹に包丁を振り下ろした。
「俺はたった一匹イノシシの子供を持って帰っただけなのに、追い掛けてきやがって、家の中にまで入って来やがって――」
髭面の男は泣き崩れた。
「家族全員を踏み殺しやがって、絶対にゆるさねえ」
そんな状況でこの男が何故助かったかは、昼の一件をみれば容易に想像がついた。
男は酒を煽るとズタズタに切り裂かれたウリ坊を掴み、部屋の隅の木箱に投げ入れた。
木箱から溢れる無数のウリ坊の骨を見て、桔梗と睡蓮は腰を抜かした。
「何だべ、あれ全部食べるためでなく、殺しただか」
桔梗の口から言葉がこぼれる。
「何であんなことができるだ」
睡蓮は声を震わせた。
震える足でゆっくり立ち上がった睡蓮は、眉を吊り上げて圧宙丸を放った。小さな身体が後方に転がる。桔梗は震える足で砕け散った檻から歩みでた。
桔梗と睡蓮は並んで特大の円錐形をした岩を生成して、髭面の男に向けた。
男は逃げ回り、部屋の奥へと駆け込んだ。
きっとイノシシがきた時もこうしたに違いない。
二匹は男の後を追う。
男は小さな窓に手を掛けて、まるで天井に張り付いているようだった。
狙いを定めて放とうとした時、不意に桔梗は岩を消して睡蓮の怒りに震える肩へ手を置いた。
「ここで殺してしまえば、この男と同じだべ」
しばらくして睡蓮も石岩行を解いた。
二匹は髭面の男の家を後にした。
無言で村の中を歩き畑の隅にくると、寄り添い丸くなって月を見上げた。
カンナン村の森がとても恋しく思えた。
二匹とも言葉を発することなく、ただただ月を見つめた。




