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第十八話 畜生と畜生

 寺院の中でも一層広く岩を掘り出した部屋は、今夜に限りとても賑わっていた。


 化け猫に襲われたにもかかわらす、全員が無事だったからだ。


 皆、桔梗と睡蓮の活躍話に夢中だった。


「桃色の瞳の御狐様は撃退した後、座り込む余裕まであったのよ」


「あれは腰を抜かしたんだべさ」

 桔梗は食事を飲み込むと、睡蓮に呆れた。


「余裕を見せたんだべ。人間を安心させるため、余裕を見せたんだべ」

 睡蓮は目を細めて桔梗を見た。


「でも強すぎるべさ。どうやって倒すべか。作戦はねえべか」


「……ないべ」

 桔梗の問いに睡蓮あっさり答えた。


 馬車に乗ってた一行の話を、表情をクルクル変えて聞き入っていたのはカドファンで、パドゥールは黙々と食事を進めていた。


 日が昇る頃、寺院内を探検した後、桔梗と睡蓮は巨大な岩を見て回った。ぐるり一周するとかなりの大きさであることが分かった。


 全体的に切り立っていて高さがあるものの、岩そのものが斜めになっているため、一カ所だけ桔梗たちでも登れそうな高さの場所が見つかった。


 まずは桔梗の背に睡蓮が立ち岩の縁に飛びつき、ぶら下がる。


 次に桔梗が睡蓮の尻尾に掴まり、そのまま上まで登ると睡蓮を引き上げた。


 地面には砂が堆積しており、葉の少ない枝の付いた細い木が根を張って乱立していた。

 二匹が見てきた森とは全然違っていた。


 岩山を登り進むとそれなりに薄暗くなっていき、桔梗と睡蓮を警戒させる。


 背後に気配を感じた二匹は前に飛んだ。

 二匹が居た場所に太い腕とその先に付いた鋭い爪が叩き付けられた。


 木に隠れ身を隠した桔梗は、化け猫の前脚による横払いによって、折れた木ごと吹き飛ばされた。


「キキョ!」


 叫ぶ睡蓮に桔梗を助けに行く余裕はない。


 化け猫は睡蓮を追った。

 木々の間を縫うように逃げながら、石を生成するが振り返り放つ機会がない。


 桔梗は圧宙丸で木を吹き飛ばし、腹を押さえながら立ち上がると、円錐の石を生成して狙いを定め、動き回る化け猫に射出した。


 石は化け猫の太股に命中し、バランスを失った化け猫は木々を倒しながら砂地の上を滑った。


 すかさず睡蓮は振り向き、石の円錐を倒れた化け猫背中に打ち込んだ。


 桔梗と睡蓮は懸命に化け猫から離れた。

 とにかく走りまくった。


 ようやく振り向けた時には化け猫の姿はなかった。


「危なかったべ」

 桔梗は腹を押さえた。


「大丈夫だべか」


「んだ、たいしたことないべ。木がなかったら逆に危なかったべさ」


 二匹はしばらく歩いた。すると、異様な匂いに気付いた。


「何だべ、この匂い」

 睡蓮が鼻を鳴らす。


「臭いべ、スイ」

 桔梗は目を細めて睡蓮のお尻の辺りを睨んだ。


「違うベ、キキョだべ」

 睡蓮は桔梗のお尻に顔を近づけた。


「やめれ」


「先に言いだしたのはキキョだべ」


 二匹はふざけながら匂いの元を探した。


 しばらく進み桔梗は愕然とした。

「これだべ」


「なんだべこれは」

 睡蓮は見上げた。


 縄で首を括り付けられ木の枝に吊された、干からびている猫の死骸があった。

 それも一匹、二匹ではない。三十匹近く吊されていた。


「餌にするためではないべ」

 桃眼から一筋の涙がこぼれた。


「んだな。獣にはできないべ。人間の仕業だべ……降ろしてやるべ」

 紫眼が吊り上がる。


 桔梗と睡蓮は化け猫に注意しながらも、猫を枝から下ろして、神通力で手先を器用にして、縄を解くと地面に並べた。


 二匹並んで手を合わせると、浄土の術を使った。


 猫たちの記憶が流れ込んできた。


 人間の手によって暴れる猫の首に縄をかけ、木に吊される。

 もがき苦しみながら、時間をかけて死に至る。

 猫たちの最後に見た光景は、いつも餌をくれていたパドゥールがニヤける顔だった。


 猫たちの無念、恨み、苦しみ、絶望、そして困惑。

 それらが一斉に桔梗と睡蓮の中に流れ込んできたのだ。


 背後に鳥肌が立つほどの殺気を感じたが、桔梗と睡蓮は術を続けた。


 凄まじい足音で化け猫がせまってくる。

 とてつもない形相で二匹に飛びかかった。


 桔梗と睡蓮は定められた文言を唱えた。


 化け猫はまるで二匹の身体に吸い込まれるかのように、頭の先から尻尾の先までその姿を消した。


 猫の死骸からモヤが湧き、幾筋もの魂の煙となって天に立ち昇っていった。


 二匹が流す涙は猫のためでもあったし、人間の行動が理解できない苦しみからくるものでもあった。


 猫たちは一匹ずつ埋めてやり、改めて手を合わせた。


 このままパドゥールを放っておけば、違う形で過ちを犯すのではないか。


 だが食べるため以外に殺していいものか。

 桔梗と睡蓮には選択肢が思いつかない。


 言葉が通じればカドファンに伝えることもできるのだが。


「出来ると思うべか」


「相手がカドファンなら可能かもしれん」

 桔梗の問いに睡蓮はそう答えた。


 寺院に着くとカドファンの前で浄土の術を使った。


 いつもは流れ込んでくる。

 今は送り込んでみるのだ。


 手を合わせてしばらくすると、カドファンは涙を流し始め嗚咽を漏らし、耐えきれず両手で口を押さえ。その場に泣き崩れた。


 落ち着いたカドファンはパドゥールを呼び問うた。

「何故あのようなことをしたのです」


「何のことでしょうカドファン様」

 ひょうひょうと答えるパドゥールには、薄ら怖い物があった。


「猫をあやめたことです」


「……畜生は仏の教えを守ろうとしません」


「ですが、あなたは五戒の一つ殺生戒を破りました。あなたの理屈で言えばあなたもまた畜生ということになりますね」


 パドゥールはうつむいた。それは反省というより言い返せない悔しさから、と言った方がいいだろう。


 突然パドゥールが桔梗と睡蓮のうなじを掴んで走り出した。


「待ちなさいパドゥール!」

 カドファンはすぐさま追い掛けたが、若さには勝てない。


 二匹を連れてパドゥールは猫の吊されていた場所まで走った。


 睡蓮を地面に置き逃げないように足で踏みつけると、猫を縛り付けてあった縄で桔梗を縛り枝に吊した。


 桔梗は足をばたつかせもがき苦しんだ。


 続いて睡蓮も同様に枝に吊された。


 パドゥールの顔がいやらしく歪む。

「何をしているのです」

 カドファンは息を切らしていた。

「私は人間です優れた生き物です。この者たちは畜生です、下等な生き物なのです。カドファン様は何故お気づきにならないのですか」


 二匹は苦しくて瞼を固く閉じ手を縄と首の間に入れようとする。


「すぐにその二匹を降ろしなさい」


 カドファンが近づこうとするも、パドゥールが行く手を阻む。


 桔梗が渾身の力で圧宙丸を放った。


 木に叩き付けられ、パドゥールは気絶した。


 駆けつけたカドファンは二匹の縄をほどいて、そっと地面に置いた。


 桔梗と睡蓮は咳き込みながら互いの背中をさすった。


「死んでしまったのでしょうか」

 カドファンは心配そうにパドゥールに近づくと、息があるのを確認して安堵した。


「この者は私が諭し道を示してまいります。どうか許してやってください」



 桔梗と睡蓮には分からなかった。

 パドゥールに生きる価値があるとは思えなかったからだ。


「食べるためではないべ」

 桔梗は納得いかない様子だ。


「パドゥールは何であんなことしただ」

 睡蓮も同様であった。


「分かんねえべ。カドファンは腹が立たねえべか」


「わだすたち死にかけたべな」


「んだ」


「あんな建物には気を付けた方がいいべな」


「んだな。人間にはいい奴と悪い奴がいるべ」


「人間には当分近づかん方が良いべな」


 色々と話ながら歩いていると広い道に出た。


「この道行けば人間の村さ行けるべ」


「また美味しい食べ物と酒が呑めるべな」


 桔梗と睡蓮は村を探して広い道を歩くことにした。


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