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第十六話 寺院

 どうしてこうなったのか。


 夜に出発したのが災いした。


 椀を被った小さな子狐は白い布を巻いて月を目指して歩いていた。


 道を歩いていたつもりが、日が昇ってみれば砂丘こそないものの、一面の砂地が広がっていた。


 椀を斜めに被り、ボロボロのほどけかけた布を引きずりながら、砂漠を歩いている。

 この二、三日まともに食事をしていないし、水すら飲んでいない。


「どこで間違えたべ」

 桔梗は椀を被り直した。


「あの光る場所さ真っ直ぐ行けねえんだな。それに動いてるベ」


「スイもそう思うべか。おらも森の川辺にいた時から、動いてるような気がしてたべ」


「あそこは特別な場所だから、簡単に着けねえ仕掛けがあるに違いねえ」


「もしかしてあそこが極楽だべか?」


「じゃあ、あそこにオスギツネがいるべ。て言うか、わだすら極楽さ目指してるべか」


 桔梗が立ち止まった。

「死んでしまうべ」


 睡蓮も立ち止まった。

「引き返すべ」


 二匹は同時に踵を返し言葉を揃えた。


「どっちから来たべ」


 その場でくるくる回り顔を見合わす。

「どっちさ行ったらいいべ」


 夏の風が足跡を消してゆく。



 途方に暮れ歩いていると巨大な岩が見えた。

 その上にはわずかながら木々が生えていた。


 その岩に近づき見上げたが、到底登れそうにはなかった。

 仕方なく岩に沿って歩いていると、高い位置に人物をかたどった大きな石像が岩から削り出されていた。

 その左右を少し小さな石像が数体、やはり岩から削り出されていた。

 まるで巨人が岩に張り付いているように見える。

 その周りを彩る装飾も岩から削り出されていた。

 これもまた岩に張り付いているようだ。


 桔梗は像を仰いだ。

「凄いべな、大きなしとが岩に張り付いてるだ」


 睡蓮も見上げた。

「あの団子頭、夢に出てきた光るしとみたいだべ」


「あのしとはもっと綺麗だったべ」


「あっちのはどうだべ」


「んーん、やっぱり夢に出てきたしとの方が綺麗だったべ」


「あのしとはメスな、オスな」


「多分メスだべ」


「このしとたちもメスな?」


 桔梗は石像を見て回った。

「このしとたちはオスだべ。なんとなく……あそこは入れるべ」


 石像の下は柱を切り出したようになっていて、その奥が通路になっていた。

 日陰になり涼しそうなので、そこに二匹は入っていった。


 睡蓮は通路に仰向けで寝転がった。

「ここは涼しいべ」


 桔梗もその横に寝る。

「冷たくて気持ちいいべ。ここにも沢山しとの形した岩が有るべ」


 通路の壁には幾つも石像が切り出されており、足下に火を灯した太いロウソクが置いてあった。


「こらリスめ、出て行け」

 十代後半と思われる少年がほうきを振り上げて走ってきた。


 二匹は慌てて飛び起きた。

「リスよりうんと大きいべ」

 さらに奥から声がしたのは、睡蓮が捨て台詞を吐いて駆け出そうとした時だった。


「バドゥール待ちなさい」


バドゥールと呼ばれた少年は立ち止まると声の方を振り返り、頭を下げた。

「カドファン様、なんでございましょう」


 適当な距離で桔梗と睡蓮はその様子を覗った。


「その二匹はリスじゃないのでは? よく見るのです。観察すると言うことはとても大切なことですよ」

 カドファンと名乗った男は桔梗と睡蓮に穏やかな視線を送った。


 バドゥールは二匹を見た。


 カドファンはパドゥールに言い聞かせた。

「額に花模様。紫眼に桃眼。長いまつ毛。最近行商がよく口にする御狐様では」


「しかし、尻尾が大きいです」


「よく観察しなさい、大きいのではありません」カドファンは二匹を覗き込んだ。

「二本あるのです」


「では妖怪の類い」

 バドゥールはほうきを構えた。


「御狐様と呼ばれるにはそれなりの理由があるはず。よろしければこちらに来て食事でもどうですか」


 桔梗と睡蓮はバドゥールの横を駆け抜け、カドファンのもとに飛んで行った。


 岩を削り出して作られた構造物の中は単純で、石像を掘ってあるか幾つかの四角い部屋を掘ってあるか、であった。


 カドファンが出してくれた料理は、これまで村々で口にしたものに比べれば質素だったが、今の二匹にとってはなによりのご馳走だ。

 ただ残念だったのは、脱いだ椀を置いたら注がれたのが酒ではなく水だったことだ。


 二匹は夢中になって食べた。


 それを微笑ましく見ながら、カドファンは独り言のようにしゃべり出した。


「この石窟寺院にはわずかながら経典がございまして、上の森に住む野ネズミどもが噛みはしないかと気が気ではございませんでした。私どもは托鉢で生活しているのですが、信徒の方々は手渡ししてくれる者もいれば、正面に彫ってある御仏に供えていく者もおりまして」


 カドファンは石窟寺院の正面に目を向けた。


「案の定野ネズミが集まってきて困っておりました。するとある日バドゥールが数匹の猫を連れてまいりまして、おかげで野ネズミはいなくなりました。ところが今度は猫が増え始めたのです。あまりの数にまいっていたところ、その数が日に日に減っていったのです。その頃からです。ここから東へ」


 そう言うとカドファンは壁の一つ面を指した。


「しばらく行くと大きな道に出ます。そこにでるようになったのです。化け猫が」


 二匹は食事をしながらその話を聞いた。


 カドファンは椀に水を注ぎ足した。

「バドゥールもそれであなた方のことを妖怪などと呼んだのです。許してやってください」

 カドファンは手を合わせた。二匹もカドファンに手を合わせた。


 驚いた顔をしたカドファンだったが、穏やかな顔で微笑んだ。


 桔梗と睡蓮は石窟寺院を見て回り東に向かうことにした。


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