第十三話 睡蓮の思い
桔梗と睡蓮は朝食を貪るように食べた。
酒は一口も呑んでいない。
睡蓮は空になった皿を咥えてもっと寄越せと催促した。
「朝はよく食べるんですね」
盛り付けられてもなお要求し皿を山盛りにしてもらった。
桔梗はテーブルに飛び乗ると、料理を見回しながら肉のはいった鉢を咥え椅子に飛び乗った。
子供たちからがっかりする声が聞こえたが、お構いなしだ。
二匹はそれぞれ料理を咥えてサシャの部屋に向かった。
サシャは座って両親とともに食事をしていた。
桔梗と睡蓮はこちらを見て微笑むサシャをじっと見つめた。
二匹は料理を置いてベッドに飛び乗ると、サシャの脚に掛けてあった布を一気に引き剥がした。
サシャは思わず声を上げて足を隠そうとする。慣れているとはいえ、見られるのはやはり恥ずかしいのだろう。
両親も困惑していた。
二匹はベッドに飛び乗り咥え直した料理を、わずかに残されたサシャの白い太股の上に置いた。
「右足からだべ」
サシャから見て左に座る桔梗は真剣な眼差しで睡蓮を見た。
太股を挟んで左側に座る睡蓮が桔梗に桃色の瞳を向けた。
「絶対に集中力を切らさんようにな、キキョ」
「スイおめもな」
二匹は太股の切断面に両手をかざした。
肉球がぼんやりと光り始めた。
長老と両親はその様子を見ていた。その後ろには家族たちも集まっていた。
二刻ほど時が経ち二匹の眉間にシワが寄る。
睡蓮が目を閉じたまま桔梗に声を掛けた。
「キキョ、わだすからいくべ」
「んだ」
睡蓮はサシャの太股に置いてあった料理を口いっぱいに頬張った。
食べ終えると睡蓮はキキョに合図を送った。
「キキョいいべ」
桔梗が料理を頬張る。
霊力の回復は食事と睡眠、休養である。睡眠が足りてないのは不安だったが、昨日は昼寝をしていたのでいけるとふんだのである。
これは桔梗の焦りと睡蓮の桔梗を思う気持ちがそうさせた。
桔梗と睡蓮は交互に食事を取りながら、癒やしの術を続ける。
やがて皿が空になりかける。ここで料理を催促すれば確実に集中力が切れ、術は失敗する。失敗するとどう大変なことになるかは二匹も知らない。
そのとき長老が声を上げた。
「御狐様に料理を持ってこい精の付く料理じゃ」
サシャの太股の上には豪勢な料理が盛り付けられた皿が置かれた。
二匹は鼻を頼りに料理に口を付ける。
突然サシャの目が丸くなった。
家族たちもどよめいた。
太股の切断面から細い太股が出てきたのだ。
ここで気を抜いてはだめだ。
二匹は本能的に分かっていた。
太股は太くなり膝上まで伸びてきた。
太陽はとうに真上を過ぎていた。
聞きつけた村人たちも集まっていた。
サシャの部屋は勿論長老の家は大勢の人でごった返していた。
成功を信じてお祝いの料理を作る家庭もあった。
アベルの母親もその一人だ。
縄を解かれたアベルの父親は、自宅の前から長老の家を向いて正座をして手を合わせていた。
夕刻には膝下まで復元していた。それまでに料理は三度運ばれてきた。
涙を流して二匹の様子を見ていたのは長老や両親だけじゃないのは、至極当然のことであった。
膝下まで来ると、種をまいた樹木が芽を出すように、ヒョロリと細い足が苗木のように伸びてきた。
日はどっぷりと暮れていた。
サシャの足が完全に復元できたのは、深夜のことだった。
桔梗と睡蓮は瞼を開くと出来たての脚をくまなく観察し、サシャの表情を確認しながら手であちこち触り、成功したことを確信した。
サシャに紫眼と桃眼が向けられる。サシャは涙が止まらなかった。
長老や両親、集まった人々の顔を見て頷いた。
「ありがとう。ありがとう」
サシャやその両親、長老だけでなく集まった人々も感謝の言葉を口にした。
桔梗と睡蓮の心は温かく満たされた。
そしてそのまま、サシャの脚に倒れ込んだ。
桔梗と睡蓮が目を覚ましたのは三日後の朝だった。先に目を覚ましたのはやはり朝食の匂いに誘われた睡蓮だった。
置いてあった椀を被ると横で寝る桔梗が死んでいないのを確認して、椀を被せ舌で毛繕いをしてやっていた。
桔梗が目を覚ますと久しぶりの酒に舌鼓を打って、料理をたらふく食べ終えたら、休養がてら村を散歩した。
村人たちは感謝の言葉と共に感涙したことを伝えてきた。
一軒の家にハシゴが掛かっていた。
面白そうなので二匹はそれを使い屋根まで登ってみた。
「いい景色だべ」
桔梗は見渡した。
「偉くなった気がするべさ」
「ヒツジがちっこく見えるべ」
眼下の柵に入れられたヒツジを見下ろした。
「以前のわだすらみたいにちっこい世界に住んでるべかな。あの柵の中がヒツジの世界だべさ」
「そんなことないべ。ここに来る前はあそこさ住んでたべさ」
桔梗は見上げ青空に流れる雲を見た。
「まだ言ってるべか」
睡蓮は雲を見て呆れた。
「光るしと見たら信じるって言っていたべ」
「あれは夢だべ」
二匹は再びヒツジに目をやった。
「次はいつにするべ」
桔梗はヒツジを見たまま訊いた。
「明日の朝でいいべさ」
睡蓮は真剣な眼差しの桔梗を見た。
明朝、二匹は料理を集め始めた。
それを見た長老が皆に言う。
「御狐様にだす料理をしっかり用意しろ。決して切らしてはならんぞ」
口調を変えた。「御狐様、サシャをよろしくの願いします」
桔梗と睡蓮は長老を美しい瞳で見つめた。
サシャの部屋に行くと、両親は立ち上がりサシャの脚に掛けてあった布をはぐった。
「どうか娘をお願いします」
そう言って手を合わせた。
噂を聞きつけた村人たちは前回よりも早く、多く集まった。
桔梗と睡蓮による治癒の術での脚の復元は、夜になる頃には終わった。
サシャは両親に支えられふらついてはいるものの、しっかりと自分の脚で立つことが出来た。
それを見て安堵した桔梗と睡蓮は抱き合って、サシャのベッドの上で眠りに就いた。
目を覚ますとサシャの胸の上で寝ていた。頬を舐めます二匹を、目覚めたサシャは包みこむように抱きしめた。
「御狐様、本当にありがとうございます」
鼻声のサシャは枯れてもなお涙を流した。
足取りのしっかりしているサシャは、二匹を抱いて大広間へとやってきた。
「すぐ歩けるようになるんだな」
「サシャ姉さんよかったね」
「顔つきが全然違うわね」
みんな笑顔だった。
桔梗は背中を押してくれた睡蓮に感謝した。
「スイ。ありがとう」
「いいもんだな、キキョ」
睡蓮は桔梗の言葉に心地よさを感じた。
朝食を済ませると長老が声を掛けてきた。
「よかったら、好きなだけ滞在してください。酒も料理も用意しますから。サシャも皆も喜びます。村民たちも喜びます」
キツネの件もあったし、二匹は長老の家に滞在することにした。
コン、と鳴いて長老を喜ばせた。




