第十一話 宴会
宴会はことのほか盛大なものだった。
今まで見たこともない料理に目移りしながら、大きなテーブルの上で料理を避けて歩いている。
見ると立っている人と座っている人がいるようだ。
「キキョ見てけろ」睡蓮が二つ並んで空いている椅子を見つけた。
「このままだと食べ物と間違えられるべ」
左が桔梗、右が睡蓮。
二匹は最もしっくりくるこの並びで座った。
二匹が座ったのを見ると村人の一人が声を上げた。
「御狐様の準備ができたぞ」
「まずは料理だ」
「いいえ飲み物でしょう」
「じゃあ酒だ」
桔梗と睡蓮は互いを見やった。
「水はでねえだか」
二匹の斜め前に椀に注がれた酒が置かれた。アベイの父親が飲んでいたものと同じ匂いがした。
桔梗は鼻を鳴らす。
「やっぱり水ではないべ」
「飲めるだか。キキョ飲んでみれ」
睡蓮のわがままがでた。
睡蓮は当たり前のことのようにわがままを言う。
桔梗は睡蓮を横目に椀の中に舌を浸け、しばらく味わってみた。
村人はそれだけで大喜びだった。
「どうだべ。具合は」
桔梗はもう一口飲んで舌舐めずりをして、睡蓮を見た。
「旨いベ」
桔梗の舌は止まることがなくなった。
「ズルいべ」
睡蓮も慌てて酒を飲み始めた。
二匹の椀はたちまち空になる。
桔梗が手を引こうとした際、爪が椀の縁に掛かり、軽快な音と共にわずかに椀が揺れた。
桔梗はそれがとても気に入った。
「いい飲みっぷりだね。さあもう一杯」
男が杓子で椀に酒を注ぐ。
二匹はコンと鳴きすぐに口を付けた。
桔梗はほんのり揺れる視界に身を任せた。
「何だべ、気持ちよくなってきたべさ」
「んだな、ふわふわしてきただ」
二匹は神通力のおかげで泥酔することはないが、どれほどのんでもほろ酔い程度が続くのである。
二杯目の椀もすぐに空になり、桔梗は椀を鳴らし音と揺れる様を楽しんだ。
三杯目が注がれる頃、桔梗と睡蓮の前に料理が盛られた皿がきた。
「さあ御狐様、沢山食べてくださいね」
二匹は長く飢えに苦しんでいたため、食に貪欲で食べることが大好きである。皿に盛られた料理の数々に目を輝かせた。
様々な料理を品定めする。
「どれも旨そうだべ」
「どれから食べるべさ」
二匹は胸をときめかせながら料理に口を付けた。
料理はどれも始めて食べる物ばかりで、いずれも美味しかった。
口に入れた料理を噛みしめながら、村人たちを見回した。
村人たちの間から口々にキツネと言う言葉がでてくる。
自分たちのことかとも思ったが、二匹は御狐様と呼ばれているようなので、どうやら違うらしい。
「最近またよく見かけるようになったらしいぞ、キツネ」
「ヒツジの近くだろう。夜になると現れるらしい」
そう言うと男は村の中央の柵で囲われた十数頭のヒツジに目を送った。
「あのもこもこの獣はヒツジっていうだな」
桔梗はヒツジを見た。
「んだ。食べてみてえな」
ヒツジ肉の煮込みを食べながら睡蓮は言った。
「ヒツジの近くにキツネ、おかたちかも知れね」
「かも知れねえべ。夜、待っといてみるか、キキョ」
「人間は困ってる感じだべ」
「何をしてるか聞いてみるべさ」
「んだな」
桔梗と睡蓮がそんな話をしていると、また椀に酒が注がれ目の前に新しい料理が出てきた。
桔梗と睡蓮は身を引いた。
「む、む、虫だべ」
「川海老を澄ましバターで揚げたものよ」
「さっきはおらがいっただ、今度はスイおめがいけ」
桔梗は睡蓮を睨み付けた。
「どう見ても虫だべさ」
「人間の作ったものは美味しいべ。食べてみれ」
睡蓮は川海老が威嚇するように開いた両腕の先についている、小さな爪の先をかじった。
「旨いベ、キキョも食べれ」
「今のは食べたうち入んねえベ。一匹全部食べれ」
睡蓮は固く瞼を閉じて、決死の覚悟で眉間にシワを寄せながら川海老を口に放り込むと、恐る恐るかじった。
最初こそビクビクしていたが、突然瞼を開いて美味しそうに食べはじめた。
「旨いベ」拍子抜けたしたような声だ。
「サクサクした食感にプリッとしたかみごたえ、口いっぱいに広がる風味が堪らねえベ」
睡蓮は川海老を二、三匹口に入れると桔梗を見ながらサクサクと音を立てた。
「騙してねえべか」
桔梗は目を細める。
「騙してるベさ」
そう言うと睡蓮は三度川海老を口にした」
桔梗は堪らず川海老を口にした。
川海老の皿が空になるのに時間は必要なかった。
「あら、気に入ったのね。じゃあこれも気に入るわ」
そう言って女性は酒を勢いよく舐めていた桔梗と睡蓮の前に、新しい料理を置いた。
「これは駄目だべ」
桔梗は身じろぎした。
「刺すヤツだべ」
睡蓮も身を引いた。
皿には澄ましバターで揚げた沢蟹が、両腕とその先に川海老とは比べものにならない大きな爪を広げ、威嚇していた。
「今度はキキョの番だべ」
睡蓮は細めた目で桔梗を睨んだ。
「ちょうど一回ずつだべ……そうだ、ポンコロリで決めるベ」
ポンコロリは二匹が向かい合って両手両足をつけ、口先で生成した石粒を交互に飛ばし合い、顔に当たるか手足のどちらかを放すかした方が負け、というルールの天誅五行を無駄遣いした遊びである。
天誅五行とは土、火、水、雷、風、の仏が宿りし五行の微細元素を操り、天地を動かすというものだ。
尻尾一本につき一行を習得できる分けではないが、今回、桔梗と睡蓮は土を操る石岩行を習得した。
神通力にせよ天誅五行にせよ、赤子が何度こけようとも、つまずこうとも、自ずと歩けるように、桔梗と睡蓮も当然のことと受け入れ、また時に失敗しながらでも自ずと行使できるようになっていく。
ポンコロリだが、食後やなにかを決める際によくやる。
小石がポンと当たってコロリと落ちるから、ポンコロリだ。
早速向かい合うと両手両足を合わせた。
「前回はわだすで終わっただ、だからキキョからだべ」
桔梗は口を小さく開けてその先に小石を作りだし、睡蓮の顔を狙った。
顔を左に向け左を狙う素振りをして、右に小石を飛ばした。
小石は睡蓮を過ぎると桔梗の意思で消した。
「読んでたべ」
歯ぎしりする桔梗を嬉しそうに眺め、睡蓮は小石を生成し正面に放った。
間一髪で桔梗は避けた。
攻防は続き睡蓮が勝利した。
「よっしゃあ、勝ったべさ」
睡蓮は心底嬉しそうだ。
桔梗は恐る恐る爪をかじる。
「こっちさ見てるベ」
川海老よりも歯ごたえがあり、風味も豊かだった。
残りも口に放り込みザクザクと食べた。
さらに口に放り込むと再び噛む。
「感想を言うベ」
もどかしそうな睡蓮だ。
「旨いベ。さっきのより、おらこっちの方が好きだべ」
桔梗はまた沢蟹を口に入れ、ザクザクと心地よい音を立てた。
睡蓮は恐る恐る口に入れ、ゆっくり噛む。
「美味しいべさ」
沢蟹の皿は先程以上の早さで空になった。
「この虫もっと食べたいべ」
「んだ、キキョなんとか人間に伝えてけろ」
「テーブルの上でこの虫のまねさすればいいべ」
「ポンコロリだべ」
「いいや」桔梗が深刻な顔つきになった。
「さっきはおらだったべ、次はスイの番だ」
睡蓮は深呼吸をしてテーブルに飛び乗ると、中央まで歩き直立して蟹のように両腕を広げた。
神通力のおかげ手先が器用になったとはいえ、さすがにキツネの手で蟹の爪は再現できない。
村人たちが静まりかえり睡蓮に注目した。
そんな中一人の女性が口を開いた。
「川海老かしら沢蟹かしら」
「なるほど」
村人たちは微笑みながら掌を拳で叩いた。
「スイそれではどっちの虫か分からんベさ、脚だ。脚が決め手だ」
桔梗は睡蓮に檄を飛ばした。
睡蓮は意を決した。
脚を開いて、ガニ股になって見せた。
「沢蟹ね」
口を手で覆いクスクスと笑った。
村人たちも、これがカンナン村を飢饉から救い少年を死から守った御狐様だと思うと、笑わずにはいられなかった。
睡蓮は赤面し椅子に駆け込むと、丸くなり顔を身体の中にねじ込んだ。
「恥ずかしかったべさ。もうお嫁に行けないベ。次はキキョの番だべ」
「こんな大仕事、スイにしかできねえべ」
沢蟹がでてくると睡蓮もさっきのことはすっかり忘れ、揚げたてを夢中で食べた。
お腹の膨れた二匹は酒を飲み干す。桔梗は相変わらず椀の縁を鳴らした。
新たに注がれた酒を飲んでいると、長老が話し掛けてきた。
「御狐様のおかげで久方ぶりに皆楽しい時間を過ごすことができました。よければ今夜わしの家に泊まっていきませんか」
「そうしてくれ」
「ええ、ちゃんと寝床も用意しますよ」
長老の後ろで息子夫婦らしき人物たちも、二匹を歓迎しているようだった。
桔梗と睡蓮は長老の言葉に甘えることにした。




