第九話 二本目
「あの光る場所さ光るしと済んどるべ」
桔梗はうっとりとした。
「本当だか」
桔梗は少しばかり強い口調だ。
「だって人間の影とか獣の影とか、見えねえベ。住んでたらあの白いもこもこの獣が、空のふわふわに住んでることも信じるか?」
「光るしと見たら、信じてもええ、でもそれまでは嘘吐きキキョって呼ぶベ」
「狩りの時、呼びやすいようにキキョとスイにしたべさ。それならキキョウって呼んで欲しいべ」
「駄目だべ、狩りの時は嘘吐きって呼ぶベ」
「……ならっ!」
言いかけて桔梗は背後に気配を感じ、睡蓮を横に蹴り飛ばすと自らも横に飛んだ。
回転して飛んできた鉈のような包丁が、二匹の間に音を立てて刺さった。
「何だべ」
睡蓮が背後を向くと黄色く濁った目を鈍く光らせ、幼い少年の父親が叫びながら走ってきた。
「お前らキツネはいつも大事なヒツジを襲いやがって!」
父親は鉈を引き抜きざまに振り向いて勢いよく振りかぶると、土手を駆け上がる二匹に目がけて投げた。
薄闇に少年の声がした。
「ここに居たんだ」
月明かりの中、笑顔で駆け下りてくる幼い少年の喉を――鉈は鋭く掻き切った。
倒れた幼い少年の身体はズルズルと土手を滑り落ちた。
桔梗と睡蓮はすぐさま少年の喉を舐めようと駆け寄る。
奇声を上げながら父親は駆けつけ、二匹を拳で殴り飛ばした。
「息子が穢れる!」
ブクブクと泡立っている血液が次々流れ出す傷口を、父親は泣きながら押さえた。
幼い少年の身体が激しく痙攣する。
桔梗と睡蓮が少し離れた場所で舌をペロペロ動かしていると、不意に尻尾の根元がむず痒くなってきた。
尻尾の根元に目をやると、光る小さな薇のようなものが生えていた。
それは見る見る大きくなり、光が消えると巻いた尻尾になった。
ゆっくりとその尻尾はほどけて最初からあった尻尾と同じになった。
二本目の尻尾であった。
桔梗と睡蓮に二本目の尻尾が生えたのだ。
二匹は呆気にとられて顔を見合わせた。
キツネは霊力の高い生き物だ。
霊格が上がり尻尾が増えると神通力と天誅五行が使えるようになる。
神通力も天誅五行も様々な力があり、尻尾の数に応じてその力や強さも変わってくる。
神通力には、人間言葉が聞き取れるようになるだとか、ほんのわずかな時間、直立歩行が出来るだとか、ほんの少し前脚、手が器用になるだとか、役に立つのか分からないものもあるが、あらゆる怪我や病を治す『癒やしの術』が使えるようにもなる。
まさに今、二匹が必要としている力であった。
桔梗と睡蓮は幼い少年に駆け寄ると、すぐさま両手をかざした。
父親は怒声をあげて再び二匹を殴り飛ばした。
二匹は川辺をボロ布のように転がった。
桔梗は唸りを上げながら父親の正面に回ると、口を大きく開け空気を貯め込んだ。
神通力の圧宙丸だ。
口の先に圧縮した空気を貯めて放つのだが、威力の高いものにしようとすると、集めて圧縮するのに時間が掛かる。
桔梗は急いで慌てず大きな圧宙丸を父親に放った。
反動で桔梗は土手を上るように転がった。
父親は対岸まで飛ばされ土手に叩き付けられ、意識をなくした。
すかさず睡蓮が少年の首に手をかざし桔梗を待つ。
体勢を立て直した桔梗はすぐさま少年に向かって走って行った。
二匹揃って手をかざす。
今の桔梗と睡蓮の霊格では二匹揃わないと癒やしの術が使えない。
肉球が穏やかに光った。
癒やしの術が発動したのだ。
瞼を閉じて意識を集中する。
月がどんどん流れて行き星の位置が変わる。
やはり霊格が低いため、治癒に時間が掛かる。
流れ出た血液が傷口へと逆流していった。
傷口がゆっくり閉じていく。
怒号と激しく水を蹴る音がした。
父親が意識を取り戻し逆上して川を渡ってきているのだ。
後もう少し。
少年の首の傷が塞がったのと同時に、首根っこを掴まれた二匹の身体は宙に浮き、冷たい川に力任せに叩き付けられた。
霊力が底をついた二匹は、冷たい川の流れに翻弄されながら、意識をなくした。




