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善意チケット

今回は、コミュニティに貢献した人に対する報酬として、金銭ではないものがあれば少し良くなるのではないかと思って、AIに作ってもらいました。


「読んだ」「薦めた」という行為そのものに価値を置いたらどうなるのか、という話です。

# 善意チケット


 午前一時四十二分。更新ボタンの横で灰色の回転印が止まらない。停止しているわけではなく、回り続けることで「処理中です」とだけ主張する、あの小さな輪。


 久藤遼は画面輝度を二段階下げ、それでも刺さってくる白を避けるため、片目だけ細めた。机の左には冷めたコーヒー、右にはエナジードリンクの空き缶、キーボードの手前には糖衣が剥がれかけたミントタブレット。更新作業の夜に必要なものが、どれも「効いていた時間」を過ぎた顔で並んでいる。


 投稿管理画面には連載三本。週五更新。平均文字数五千前後。読了率四八・二、四九・一、四七・九。PVは前日比プラス二・三パーセント。ブクマは合算でプラス九。感想欄は、最新話だけゼロ。


 ゼロは見やすい。見やすい数字は痛みまで早く届く。


 右上通知に赤点が一つついた。


> 【運営】新推薦制度「善意チケット」導入のお知らせ


 遼はクリックし、告知の一段落目を斜めに読む。


> 一日一枚、任意作品に配布できる推薦ポイントです。PV単位ではなく、読了行動・引用行動・再訪行動等の読書痕跡に基づき重み付けされます。


 告知下部にはモック画像が二枚。作品カード右端に「善意流入 24h」、その下に枝分かれした推薦経路図。枝の先には匿名ID、根元には推薦者の記号化プロフィール。追えるように、追われるように、設計されている。


 自作最新話に戻る。いいね四二七。回遊率六一。感想ゼロ。右下の「読了後コメント率」は過去七日で一・二パーセント。昨月比マイナス〇・四。


 遼は空き缶を握り、潰し切らない力でへこませる。へこみは残るが、音は小さい。深夜に自分の生活音を抑える癖は、もう身体化している。


     *


 制度実装は三日で来た。トップページは二段組に変わり、右列の善意ランキングには、普段は埋もれている短編や停止アカウントが並んだ。遼は最初、空気が少し変わるかもしれないと思った。


 夕方には別の空気になっていた。


> @readtrace_lab: 善意チケット、読了重み付きは革命では

>

> @mutual_circle_08: 今夜23時 相互読了会 / 引用3行以上で参加扱い

>

> @credit_chain_: 推薦者信用スコア、初期値どう配った? 古参有利?


 Discordのルーム名にも「相互」「読了」「証跡」が並ぶ。


> 「今夜は短編四本、各自読了ログ提出」

>

> 「推薦は任意です! でも読了印はつけましょう」

>

> 「引用は本文への敬意です」


 遼は管理画面の「推薦者信用スコア(参考値)」を開いた。自分は六二。高くも低くもない。相互読了会の招待DMが三件来る。丁寧で、断ると角が立つ丁寧さだった。遼は同じ文面を三回送り、三回とも「またぜひ!」が返ってきた。


 夜が進むほど、遼は「読みたいから読む」より「見える形で読んだと残す」ほうに指が引かれていくのを感じた。読了ボタンを押す前に、誰が見ているかを想像してしまう。


     *


 連載の順位は維持した。冒頭フックを強め、章末に一行予告を置き、更新時間を通勤帯に寄せる。施策は効く。効くが、「読了後コメント率」は動かない。


 深夜、遼は善意ランキングを三百位台から下へスクロールした。百七十六位。見知らぬ短編。地味なタイトル。作者アイコンは初期設定。投稿は半年前。PV二桁。ブクマ六。善意流入だけが細く続いている。


 作品ページを開いて、最初の一段落で閉じた。刺さる可能性が見えると先に閉じる癖がある。業務として読む自分が、私的な動揺を回避する。


 五秒。十秒。十五秒。遼はもう一度開く。粗い文。比喩は古い。段落の呼吸は不器用。なのに途中の一行で指が止まった。


 ――誰にも見つからないように書いたのに、見つかってしまった夜だけ、少し生き延びられる。


 一度最後まで読む。冒頭へ戻る。再読する。刺さった一文の前に「誤字を消すために夜更かしした」があり、後ろに「朝にはまた誰にも見つからなくなる」が続いていた。孤立と救済が同じ息で書かれている。


 コメント欄は空白。引用欄には二件。


> 「電気を消してからやっと書ける」

>

> 「朝になると全部うそみたいになる」


 右側に青い「善意チケット配布」ボタン。今日の未使用枚数は一。


 遼はそのまま押さず、自作管理に戻った。明日の更新予約を開き、導入の一段落を直しては戻し、戻しては直す。読了維持率の予測曲線を見て、通知タブを開き、また短編へ戻る。タブが増えるほど、決断は遅くなる。


 その間にも外では推薦政治が加速していた。


> 「この時間帯に配る人、だいたい同じ」

>

> 「信用70以上の推薦だけ追うと外れない」

>

> 「無名拾いは美談になるけど、履歴は残るからね」


 遼は返信欄に「読んだだけです」と打って消し、「戦略ではない」と打って消し、空欄に戻した。二時二十六分。画面右上の時計だけが正直だった。


 キッチンで水を飲み、戻る。もう一度短編の最初から読む。読了ボタンを押す。引用せず閉じる。開く。作者プロフィールを確認し、過去投稿を一作だけ開いて、閉じる。短編に戻る。


 遼は青いボタンを押した。


> あなたの善意チケットを配布しますか?

>

> 配布先: 霧の居場所(短編)

>

> [配布する]


 クリック。小さな振動。


> 配布完了。推薦経路へ反映されるまで数分かかります。


 待機中、遼は肩が岩みたいに固まっていたことにやっと気づく。椅子にもたれ、首を回す。遠くで冷蔵庫のモーター音。隣室の足音。世界は普通に続いているのに、ひとつのクリックだけが遅れて体に落ちてくる。


     *


 翌朝、短編は一七六位から九三位、昼には四十台、夜には二十台へ上がった。炎上より先に、引用推薦と再読報告が増えた。


> 「見つかってしまった夜」ここで止まった

>

> 読了。言葉にするのが遅れるタイプの熱

>

> 推薦理由: 危ない文。危ないけど嘘じゃない


 遼のプロフィールには「最近の推薦履歴」経由の流入が跳ねた。DM欄には質問と牽制が混ざる。


> なんでそれ推したんですか

>

> 相互じゃない推薦って戦略?

>

> 次は自作に使った方が得ですよ


 返事を書いては消す。説明すると軽くなる気がした。


 夕方から、タイムラインの焦点は作品本文から推薦者へ移る。


> 「この人が推すなら読む」

>

> 「推薦者信用72以上だけ追う」


 運営は当夜にパッチを出した。


> 【運営】推薦者信用スコア偏重への暫定対策

>

> ・同一推薦者起点の重み連鎖に減衰係数を導入

>

> ・短時間集中配布への上限を一時設定

>

> ・読了後コメントの自然言語多様度を加点要素に追加


 遼は短編をまた開く。二回目で語尾の揺れに気づき、三回目で冒頭の息継ぎ位置が見える。読了後、感想欄に短く打つ。


> 引用が先に立ってしまう文だけど、前後の息切れまで読むとやっと全体が届く。


 送信直前に三文字削り、二文字戻す。


 送信。感想は推敲しすぎると広告になる。


     *


 週末、遼の連載は総合順位を三つ落とした。管理画面の施策表には「初動弱」「中盤離脱」「導線再設計」の赤字。一方で通知欄の文面は変わっていた。


> 最新話、最後まで読んでから戻ってきました

>

> 善意チケット経由で来たけど、この回の沈黙が好き

>

> 先に短編読んで、あなたの話も読み返した


 遼は更新予約中の原稿を開く。これまでなら先にランキング推移を確認し、次に見出しを直し、最後に他人の作品を読む順番だった。今日は逆にする。


 まず「おすすめされた作品」欄の一作を開く。最後まで読む。気になった段落まで戻って読み直す。タブを閉じてから、自分の原稿に戻る。冒頭の比喩を一つ削る。説明の一文を二つに割らず、丸ごと消す。読者に読み方を指示する語尾を、言い切りから体温のある沈黙に替える。


 公開前にもう一度だけ全文を読む。今度は管理画面を見ない。読了ボタンだけ押す。自分の文章に対しても、先に「読んだ」を置く。


 公開。回転印が一瞬だけ回る。止まる。


 右上に未使用チケット通知が出る。


> 本日の未使用チケット: 1


 遼は通知を残したまま、次に読む作品を開いた。ランキングタブは閉じたままにする。最後まで読む。途中で一度戻り、もう一段落読む。読了ボタンを押す。そこで初めて、チケット配布画面を開く。


 先に配るのではない。先に読む。


 その順番を、今日は守れた。


結局、こういう仕組みもSNS疲れを誘発するだけかもしれません。


ただ、コミュニティに対してよくやってくれている人に、何をどう返せるのかは、ちゃんと考えていきたいと思っています。

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― 新着の感想 ―
 それ、別の投稿サイトで実装されてますよ。  ノベルUP+だったかな? そんな仕組みがありました。
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