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MADE IN 東京  作者: 水色蛍
0番目の修理屋編
3/19

第3話:第零技術局

 重厚な防音扉が閉まると、そこは外界の喧騒から切り離された、電子とニコチンの聖域だった。

 広さは学校の教室ほどだろうか。


 だが、空間の半分以上は天井まで積み上げられたサーバーラックと、用途不明のジャンクパーツの山で埋め尽くされている。


 部屋の中央には、数台のCRT(ブラウン管)モニターが鎮座し、緑色のコマンドラインを高速で吐き出していた。


 回転椅子に座り、くわえタバコでキーボードを叩いている男——くぬぎ 蓮治れんじは、煙の向こうからカナを見上げた。

 

 32歳。無精髭に、よれたチェックのネルシャツ。

 彼はこの第零技術局の首席技師であり、カナたちが使う対バグ兵装の生みの親だ。身なりさえ整えれば、それなりにイケているだけに勿体無い。


「ただいま、椚さん。……タバコ、臭い」


 カナは手で煙を払いながら、カウンターに昨夜の戦利品であるMDとデジカメを置いた。


「悪いな。換気扇がイカれててよ」 蓮治は灰皿——空き缶を加工したもの——に『セブンスター』を押し付けると、愛おしそうにカナのガラケーを手に取った。


「ほう……バイオメトリクス(生体認証)を強制解除した痕がある。お前、また自分の血を使ったな? 端末が熱暴走寸前だぞ」


「仕方なかったの。あいつ、学習するタイプだったから」


「学習型か。……厄介だな。最近のバグは質が悪い。まるでWindows Me並みに不安定だ」


 蓮治は皮肉っぽく笑い、作業机の上の『BOSS』の缶コーヒーを煽った。


「——カナさん、おかえりなさい」


 部屋の隅、サーバーの排熱が一番暖かい場所から、小さな声がした。

 バランスボールの上に体育座りをしている少女。


 朝比奈あさひな 乃亜のあだ。 15歳。


 ダボっとしたパーカーに、首には大きなヘッドホン。手には『ゲームボーイ』が握られている。


 彼女は画面から目を離さず、十字キーを器用に操作しながらカナに話しかけた。


「……無事でよかった。カナさんの波形、昨日の夜、すごく乱れてたから」


「心配してくれたの? ありがとう、ノア」


 カナが微笑みかけると、ノアはパーカーのフードを深く被り直し、照れ隠しのようにゲームの音量を上げた。ピコピコという8bit音が、重苦しい部屋に響く。


 彼女は「広域探査」担当。そのゲーム機は、裏東京の座標をマッピングするためのレーダーに改造されている 。


「フン、相変わらず脳筋ね」


 不機嫌そうな声が、スチール棚の影から響いた。

 パンクファッションに身を包んだ女性。


 沢良木さわらぎ 莉子りこだ。 20歳の大学生。


 黒いリップに、ヴィヴィアン・ウエストウッドのアーマーリングが鈍く光る。

 彼女は雑誌『KERA』をパラパラとめくりながら、つまらなそうにカナを一瞥した。


「あんたがヘマして死んだら、誰が前衛やると思ってるわけ? 私の負担が増えるのだけは勘弁してよね」 「……ごめん、リコさん」

「謝らなくていい。ただ、死ぬならデータの回収が終わってからにして」


 莉子の言葉は冷たいが、その手元にはカナのために用意されたであろう、未開封のミネラルウォーターが置かれていることをカナは知っていた。


 彼女たち3人は、かつての「実験事故」の生き残り。 同じ「バグ」を体に宿し、同じ地獄を見た姉妹のようなものだ。

 魂の部分で奇妙に癒着している 。


「——全員、揃っているようね」


 凛とした声と共に、奥のパーテーションから一人の女性が現れた。

 九条院くじょういん 紗夜さよ

 この第零技術局を束ねる局長であり、ハンドラーだ。上質なスーツを着こなし、ハイヒールの音を響かせて歩くその姿は、このゴミ溜めのような部屋には不釣り合いなほど洗練されている 。


 彼女の背後には、長身の青年——灰谷はいたに 誠二せいじが控えていた。 元警察官である彼は、ここには珍しい「非感染者(普通の人間)」だ。

 彼は無言でカナにタオルを手渡すと、蓮治の散らかしたデスクを片付け始めた。


「カナ、昨夜のデータを確認しました」


 紗夜はモニターの一台を指差した。

 そこに映し出されていたのは、カナが撮影した「自販機の怪物」の解析画像だった。だが、それはただの写真ではない。

 複雑な数列へと分解され、赤く警告灯が点滅している。


「結論から言います。……敵の『定義』が変わりました」


「定義……?」カナが眉をひそめる。


「ええ。これまで彼ら——上位者——にとって、私たちは単なる『バグ』や『ノイズ』でした。無視するか、見つけたら消去する程度の存在」


 紗夜は細い指で、モニター上の文字列をなぞった。


「ですが、この個体には明確な『捕食意思』があります。彼らは人類を、自らの環境を維持するための『燃料リソース』として認識し始めています」


 部屋の空気が凍りついた。蓮治がタバコの煙を長く吐き出す。


「つまり、害虫駆除から、食事の時間に変わったってことか。……クソったれだな」


「そういうことです」 紗夜は冷徹に続ける。


「彼らと対話は不可能です。彼らにとって、この東京を侵食し、自分たちの住みやすい環境へ『再定義アップデート』することは、呼吸をするのと同じ自然現象なのですから」


 人類を「ウイルス」や「餌」と見なす、絶対的な上位存在 。 正義も悪もない。ただ、システムとしての生存競争がそこにあるだけだ。


「だからこそ、私たちがいます」


 紗夜はカナたち3人の「適合者」を見渡した。


「あなたたちは、あちら側の毒に触れ、それでも人の形を保っている唯一の存在。その体内のバグだけが、奴らの論理に干渉し、書き換えることができる」


「うう、まだ未成年の女の子達がこんな役回りをねえ、お兄さん。不憫で涙が止まらないよ」


「何を今更?椚さんキモいよ」


 莉子のツンとした一言を横目にカナは表情を崩さない。


「……わかってる」 カナは自分の左腕を、制服の上から強く握りしめた。そこにある痣が、微かに熱を持っている。


「私たちは、正義の味方じゃない。ただの修理屋よ」


 カナがそう呟くと、蓮治がニヤリと笑い、改造を終えたばかりのカナのガラケーを放り投げた。

 カナはそれを空中でキャッチする。

 バッテリーパックが交換され、アンテナの感度が調整された、相棒。


「その通りだ、深澄。世界を救うなんて大層なガラじゃない。俺たちはただ、俺たちの住むこの街が、わけのわからん連中に『上書き保存』されるのが気に食わねぇだけだ」


「……ふふ、そうだね」


 カナはガラケーを開き、サブディスプレイの日時を確認した。

 年明けて早…2001年、東京。

 この街は、私たちが守らなきゃいけない。

 たとえ誰にも知られず、誰にも賞賛されなくても。


「深澄、次の予兆が出ています」


 紗夜が資料をテーブルに広げた。

 そこに記されていた座標は、カナにとってあまりにも馴染みのある場所だった。


「……これ、私の学校の近く?」


「ええ。近日中に、大規模な位相ズレが発生する可能性があります。学校生活を維持しつつ、警戒を厳に」


「了解」


 カナは短く答え、MDプレーヤーのイヤホンを耳に戻した。 再生ボタンを押す。

 流れてきたのは、空間安定化プログラムのノイズではなく、流行りのJ-POPだった。


 それは、彼女がまだ「こちらの世界」に踏みとどまるための、ささやかなアンカーだった。

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